みずのきおく・50






「はい、これ。粋ちゃんの服よ」
「どうもありがとう。あの、お金……」
渡された袋の中には替えの下着だけじゃなくて洋服一揃いとルームウェアが入っていた。
どれも風眞さんの趣味全開でとってもかわゆい。
「焔ちゃんの必要経費から落ちるから気にしないでいいのよ♪」
「え……っと、」
それはどうなんだろうと思って焔くんを見ると、ニコニコとしながら頷かれた。
「そんなのダメ」って言ってもきっと笑顔で流されるんだよね…
「あ、ありがとう、焔くん。今度好きなお菓子を作ってお礼するからね」
「うん、楽しみにしてる」
うーん……エビタイというやつかもしれない。



「頼まれていた食材は冷蔵庫に入れておいたけど、どうしましょうか?もうお夕飯の準備始めちゃう?」
「そうだね。少し早いけど温めれば直ぐに食べられるようにしておけば後で楽だし」
「粋って時々所帯染みた事を言うなぁ」
「うっ…」
それは自分でもちょっと思ったよ。 思ったけれど人に言われると切ないね……
「言い方にデリカシーがない人ねぇ。粋ちゃん、いいお嫁さんになるわよ。家にお嫁にいらっしゃい♪」
「う、うん。私でよければ……」
「よくなーい!粋さんは姉さんに渡さないんだから!それと、粋さんは安易に返事しちゃダメ!」
「あ、はい」
冗談なのにムキになる焔くんはちょっと可愛い。



「何よ、ケチくさい男ね」
「ケチとかそういう問題じゃないでしょう?!姉さんには北杜さんがいるんですから、それで我慢して下さい」
「俺って我慢な人なのか…」
「えーと……」
そっとしておこう。
私まで加わると話の迷走が加速する気がするもんね。







「かいどうしいら……かいどう……海堂……?」
粋さんと姉さんが食事の準備をしている間、僕はさっき聞いた話を北杜さんにしていた。
「北杜さんは名前じゃなくて苗字の方が気にかかるんですか?」
「あぁ、うん。名前は勿論だけど……」
歯切れの悪い返事が何となく気になる。
「かいどう」で思い出す事って……?



「かいどうって海堂化学とか?」
「ああ」
海堂化学は医療分野の大手企業で、総合病院の経営や新薬開発に力を入れている。
北杜さんは医療関係に詳しいから何か引っかかるところがあるんだろうか?
「海堂化学に何か不審なところがあるんですか?」
「いや、何でもない。明日は粋とその…「かいどうしいら」が通っていた小学校に行ってみるか」
「そうですね。日曜だから開いていないでしょうし簡単に入れそうもないでしょうから、父さんに話を通しておいてもらいますよ」
「東雲の理事長なら何とかなりそうだな。まぁ、困った時にはオマエさんのキラキラスマイルで強行突破すりゃいいか」
「………それは最終手段にして下さい」
僕の見た目って、一体…。



「その子はシイラにすごく似てるんだよな?」
「そうらしいです。ルナソルの広告を見た人が彼女だと断定していましたので」
「ふぅん……」
その後、特に話を続けるわけでもなく北杜さんは左耳のピアスをいじりながら黙ってしまった。
そういえば。



「今まで気にしてませんでしたけど、北杜さんがピアスしてるのって何だか意外ですね」
「そっか?」
「ええ。何か意味でもあるんですか?」
「首輪」
「え?」
軽い気持ちで聞いたのに、返ってきた答えに耳を疑った。
首輪!?



「あ、いや、これ風眞から貰ったんだ。だから、愛の首輪的な?」
「は、はぁ……」
冗談……だろう。
でも、何でこんな冗談を言うんだ?
北杜さんらしくないような気がするけれど。



「何だ?焔も今頃ようやく他人に興味が出てきた?」
「そういうわけでは……っていうのもおかしいですが、そう色々と詮索つもりはありませんよ」
「ほー」
「……何ですか」
「いーや、何でも。ま、このピアスを風眞に貰ったってのは本当だよ」
「そうなんですか」
「さーてと、俺はちょちょっと調べ物をしてくるからオマエさんは粋と風眞の手伝いをしてきなさいな」
「あ、はい……」
そう言って北杜さんは奥の部屋へと行ってしまった。
本当に調べ物があるんだろうけど話を切り上げたいっていうのもあったんだろう。
もしかしたらピアスの件は鬼門だった……のか?



「ぼーっとしてるなら手伝いなさいよね、気が利かない子」
「ちょ、ちょっと考え事をしていただけです。えと、何を手伝えばいいですか?」
「テーブルセッティングしてちょうだい。キッチンは私と粋ちゃんで定員オーバーだから来なくていいわ」
ふふん、と鼻で笑われた。
これは絶対に僕が悔しがると思っているんだ!(いや、実際悔しいけど)
でも、僕だって日々学習しているんだからね。
いつまでも姉さんのオモチャじゃないんだ!!



「そうですか、残念ですけど仕方ありませんね。僕は頼まれた仕事をしますよ。何を運べばいいですか?」
「あら、つまらない。もっと面白い顔で悔しがると思ったのに」
やっぱりだった!
引っかからなくてよかった!
「残念ねぇ」
「僕だってそう何回も姉さんの思うツボにはまりません」
「鞭の後に飴をあげようと思ったのに、残念」
「………は?」
ニヤリと笑って姉さんはキッチンに戻って行った。
鞭の後の飴って……何?
嫌な予感しかしないんだけど。



「粋ちゃん、焔ちゃんはお夕飯までの楽しみにとっておきたいから味見したくないんですって。困ったわねぇ」
何ですか、その話は?!
粋さんも騙されないでー!!!
「そうなんだ。じゃあ、創司くんにお願いしようか」
「そうねぇ。あーん、とかしてあげちゃったらどうかしら〜」
「それは風眞さんの役目でしょ〜?」
「うふふっ、私よりも粋ちゃんがやった方が焔ちゃんが面白いのよう」
「え〜?何それ〜??」
「!!!!!」
これが……鞭と飴か……!!!
姉さん……これは、いたずらとか可愛いモノじゃなくて……嫌がらせです。







「くっ、くっ、くっ……おかし……すぎ……」
「風眞さん……笑い過ぎ……」
部屋に入った途端、風眞さんはベッドに突っ伏して笑い始めた。
何がそんなにツボに入ったんだか、実は私の方は分かっていなかったりする。
「ごめんなさい。焔ちゃんの反応がいちいち面白おかし過ぎて…」
「焔くんが?うーん、私には面白ポイントが発見出来なかったんだけど?」
「私にからかわれてイライラ〜っとしているのに粋ちゃんの前ではいい格好したいから我慢してる所とか、私が粋ちゃんとベタベタしているのを羨ましいんだけどそんな桃色の欲望を粋ちゃんに悟られたくなくて我慢してる所とか、ガキんちょのくせに大人のふりしてる所が面白いのよう。あ、私がここでしゃべっちゃったら焔ちゃんの我慢が台無しね。うふふっ」
「………こう言ったら何だけど、焔くんって風眞さんのオモチャだよね」
「生意気で可愛いんだもの。遊びたくなっちゃうのよう」
これは……愛情の裏返しってやつなのかな、多分。



「ふふっ」
「どうしたの?」
「何だかすっかり仲良しきょうだいなんだなぁって」
「そうかしら」
「うん。風眞さんも焔くんも自分を押さえこんじゃう所があるでしょう?でも、風眞さんと焔くんの間は遠慮がないじゃない。それって仲がいいからだよねぇ」
「さぁ、どうかしら。あの子が今一番おもしろいオモチャだっていうのは確実なんだけど」
「あはは……」
本気なのか、冗談なのか。



「焔ちゃんの事は置いておいて、ちょっと真面目な話」
「うん」
起き上がって座り直して、風眞さんは私を見つめた。
何の話をしたいのか予想はついているから私もちゃんと風眞さんに向かい合った。
「かいどうしいらって名前には心当たりないのよね?」
「………うん」
私よりもシイラさんに似ていて、「しいら」という名前の子がいるらしい。
その話を聞いてきた焔くんと風眞さんも詳しい事はよく分かっていないから明日みんなで調査に行く事になったんだけど……。



「正直なところ粋ちゃんはどう思ってる?」
「……偶然にしては出来過ぎてるって、思う」
「そうね。彼女の噂を今まで聞かなかった事も不思議だわ」
「不思議かなぁ?」
「ええ。粋ちゃんが思っているよりもずっと世の中はあの広告の女の子に興味があるの。だから東雲は情報が漏れないように注意しているし、間違った情報が広がらないように情報を集めているわ。東雲の情報収集能力は四家でも最高よ。それなのに彼女の情報が上がってきていないっていうのは不思議な事なの」
「へぇ……」
不思議な事が重なるのは不自然だ。
不自然って事には理由がある?
私が分からない記憶に関係があったりする……?



「分からないだらけで不安になっていても仕方ないわね。自分から話を振っておいて何だけど、この話はここまで。折角のお泊りなんだから女子的な話をしましょう、そうしましょう」
「女子的……」
って、やはりここは恋話?
風眞さんが創司くんとの恋話をしてくるなんて滅多にないから超楽しみ!!
「粋ちゃん…?何でそんなに目を輝かせているのかしら…?」
「え?だって、風眞さんと創司くんの恋話を聞かせてくれるんでしょ〜?」
「ん?」
「ん?って?」
「いえ、だって、ねぇ?私の話なんて、ねぇ?そう大したものじゃないし、ねぇ?」
「恋話……」
じぃぃぃっと見つめると風眞さんも根負けてくれたらしい。
うーんと唸ってからコホンと1つ咳払いをして背筋を伸ばした。



「そんなにトキメキそうな話はないと思うわよ?付き合いが長いからほとんど家族だし…」
「ほとんど家族!すごいね……完成されている感じ……」
家族……っていうか、夫婦?
分かる!そういう雰囲気出てるもんね!!
「家族って言葉だけでトキメけてるの……かしら?」
「うん!」
「じゃあ、これで私の話は終了って事で……」
「ノォーーーー!!」
「えーーーー?!」
そんなんじゃ満足できないのです。
恋話は聞ける時には貪欲に!なのです。



「じゃあ、じゃあ、前に聞いて途中になっちゃった話ね」
「な、何の話…かしら?」
「創司くんに告白された時、どうだった?」
「え……っと?」
「小さい頃から一緒に居てお互いに大好きなのは分かってるけど、改めて彼女になってって言われるのはどういう気持ちなのかなぁと思いまして」
「うぅ……」
顔が真っ赤だ。
風眞さんってばカワイイ〜!



「大丈夫、創司くんに言ったりしないから」
「約束よ?」
「了解であります。約束、約束」
「………お、」
「お?」
「お嫁さんに……彼女っていう特別な場所に居れたら、いつか創ちゃんのお嫁さんになれるかなって……思って……嬉しかった……わ」
「お、お、お……」
こ、ここここ、これは……
予想以上の回答キター!!



「風眞さん」
「え?」
「創司くんにそれ、言った方がいいってば」
「えぇっ?!無理、絶対無理!!」
「だって、喜ぶよ?創司くんって風眞さんの事になるとハジけちゃうもんね。この事を聞いたらどんなに喜ぶか……」
「喜んでハジけた時に私が大変なので勘弁して、お願い」
「あ……成程……」
天才の行動は凡人には予想できないもんね。
でも、色々と落ち着いたら教えてあげればいいのになぁって思うんだけど。



「はぁ……恥ずかしいついでに粋ちゃんにだけ話しちゃおうかしら」
「何、何??」
「小さい頃からの私の夢」
「化粧師になるって事じゃなく?」
「それは最近になってからの事だもの。もっとずっと前から、今も……捨てきれない、夢。誰にも、創ちゃんにも言えなかったし、これからも言うつもりはないわ」
「へぇ……でも、私が聞いてもいいの?」
「誰にも言えないけれど、誰かに聞いて欲しかったの。じゃないと、私の中でいつか消えてしまいそうだったから」
風眞さんの表情は優しくて、少し悲しそうだった。



「じゃあ、教えてくれる?」
「えぇ、あのね、」



※※※※※※※※※※※※※※※




「おはよう、粋さん。昨日の夜は姉さんに変な事されなかった?!」
「変な事??」
「そういう事を聞くアンタが変なのよ、脳内桃色リアルチューボー。私と粋ちゃんは楽しくおしゃべりしてぇ、仲良く一緒のベッドで眠ったのよねぇ?」
「うん」
ダブルベッドだからねぇ。
2人並んで仲良く寝ましたとも。
「くぅっ……」
焔くん、自分であの部屋を勧めてくれたのに何でそんなに悔しそうな顔をするの??



「はよっす。朝から元気だなぁ」
「元気じゃありません!」
「いやいや、そんだけ叫べりゃ元気だろ。ん?どうした、粋。俺に何か用か?」
「あ、ううん。おはよう、創司くん。みんな揃ったし直ぐに朝ごはんの用意をするね」
私って本当に秘密事の出来ない子だ…。
昨日の風眞さんの話を思い出してつい創司くんを見てしまったよ。



「粋ちゃん」
「は、はひっ!」
「どうしたの、粋さん?まさか、姉さんに変な所触られて驚いたとか……」
「変なのはアンタの頭の中だけよ。さぁ、粋ちゃん、一緒に朝ごはん用意しに行きましょう」
「あ、うん」



『小さい頃からの私の夢は、ね、』



風眞さんの夢は意外といえば意外なものだった。
あまりに普通で……でも、普通だと思った自分には風眞さんにとってその夢がどれだけ大きなものなのか本当の意味で分かってあげられてないんだと思う。



『叶わないって自分が一番よく分かってるの』



シイラさんの記憶を理解するようになってから、私は少しだけあっちの世界の能力を使えるようになった。
もし全ての記憶が分かればもっと大きな力を使えるようになるかもしれない。
そしたら風眞さんの夢を叶えるための手伝いが出来るはず。
可能性はゼロじゃない。
頑張ろう、頑張って記憶を……



「粋ちゃん、昨日の話を気にしてるの?だったらごめんなさい。やっぱりあんな事を話すんじゃなかったわね」
「違うよ、謝らないで。話してくれて嬉しかったよ。ちょっとね、今、自分に気合を入れてた所なのです」
「自分に気合……?」
「そうなのです。気合をいれて頑張るのです」
記憶さえあれば色々と上手くいく……そう思った私だけれど、そう遠くない未来、記憶を巡って大きな選択を強いられる。
勿論、今の私にはそんな事は分かるはずがないのだった。









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