みずのきおく・49(閑話)






「そもそもの話。あっちの世界の魂の欠片を持っていても、そっから記憶を引っ張り出せるヤツと出せないヤツの違いって分かる?」
「う………なんと……なく?あっちの世界で竜の血が混ざっている人は、こっちの世界でも記憶を共有出来ているような……」
「その通り、よくできました。竜の血が濃ければ濃い程、他の世界でも記憶と一部の能力を生かす事ができる。超例外としては俺の両親。母さんは記憶は消去されるけれど元々の魂のまま色々な世界に転生するし、父さんは肉体も魂も不変のまま母さんが転生した世界に移動するんだ。んで、その世界の母さんを見つけて付け回す。世界の決まりとか制約とか完全無視して母さんの為に能力を使いまくる」
「そ、それは………」
「とんでもない話だよな。ドン引きするほどの自己中ストーカーっぷり」
「ノーコメントでお願いします」
いくら気のいい粋でも何と言ったらいいのか分からないようだ。
俺も息子としてフォローしようがない。



「まぁ、あの人達は置いておいて話を戻すぞ。あっちの世界の記憶を生まれた時から理解しているヤツとそうでないヤツの違いは分かるか?」
「う……ん……それも竜の血が関係………ある??あれ?でも……」
「そう。サイとメールディアは兎も角、ファルシエールは竜の血が薄いから他の世界で記憶を発現出来るかどうか微妙だった。それなのにこの世界の主人格である焔の記憶に強い影響を与えている。何かおかしいだろ?」
戸惑いながら粋が頷く。
何とは分からないけれど、おかしいのには理由があるのは分かるのだろう。
「ファルシエールの記憶をこの世界で発現させる為、メールディアが自分の力の大半を与えたんだ。その為にメールディアはこの世界の器に自力で記憶を発現させられなくなった」
「でも今の風眞さんは記憶を理解している。それは、創司くんが風眞さんの中のメールディアさんの記憶を解放したから……なんだね」



「この世界に魂の欠片を飛ばす前、サイはメールディアに約束をしていた。他の世界では能力が制限される。だから、自分の器がメールディアの器を守れると思った時に記憶を解放するって」
「そうだったんだ………事情は分かったけど、どうしてこの話を風眞さんに聞かせたくなかったの?」
「………」
ここまでの話だったら別に聞かれても構わない。
問題は……この先。



「あ、いいよいいよ。これ以上は話さないでも……」
粋が気にしてしまう程、顔に感情が現れていたようだ。
「俺と風眞の誕生日が同じだっていうのは知ってるだろ?」
「え?うん、すごい偶然だよね」
「偶然じゃない。そうなるべくしてなったんだ」
「そうなるべくしてなった……?」
「サイとメールディアの魂が離れた場所に居ても引き寄せ合ったから。そのせいで風眞は予定日よりも1月以上早く生まれた。ただでさえ丈夫な身体じゃないのに……俺が先に生まれたせいで風眞の身体に負担を与えたんだ」
「そんな……そんなの創司くんのせいじゃないよ。自分がいつ生まれるか分かって生まれてくる人なんていないもん」
「それだけじゃない。生まれた後、風眞があんな目に合ったのも俺のせいなんだ」
「それこそ創司くんのせいじゃ……」
俺のせいじゃないと粋が言ってくれると思って俺は話しているんだろうか?
心のどこかでそう思っているのを否定できない。



「……俺が抵抗しなければ風眞は左目を失う事もなかった。身体を痛めつけられ火傷を負わされる事もなかった。人を怖がる事もなかった。風眞をあんなにした直接の原因は西神のババァだけど、本当なら止められたんだ」
「創司くん……」







この世界に生まれてからずっと、俺は自分の中にもう1人の俺が居る事を知っていた。
そいつが探している人の事も知っていた。
だからといって俺は特に何も行動を起こさなかった。
頭で分かっていても1歳2歳のガキに出来る事はないと思っていたから。
時々襲ってくる言い様のない不安が煩わしいと思って無視してた。



でも、あの時………今から丁度15年前、2歳の2月。
酷い胸騒ぎがして、母さんに無理を言って西神の家に付いて行った。
そこで俺は自分の罪に向き合った。
血の臭いがする薄暗い牢獄みたいな部屋の角で、熱にうなされ震えながら自分の身体を抱きしめている子。
先に部屋に入った母さんはその子の顔を見ると、苦しそうな表情で『今はこの子を見ないであげて下さい』と言って小さな……本当に小さくて痩せた身体を抱き上げた。



『どうして……どうして小さな子供がこんなに酷い目に合わなければならなかったんでしょう……』
最初の治療を終えた後、母さんはそう言って静かに泣いた。
『リクを泣かしたおバカちゃんに制裁を!!』と言う父さんを止めていた聖さんは、怒りと後悔で顔色が真っ白になっていた。
俺は自分が許せなかった。
俺が耳を閉じ目を背けていた時間の分だけ、メールディアの器である子は傷ついたのだから。



風眞は1人ではほとんど動けなかったし言葉も話せなかった。
そして、人を怖がっていた。
触れられると身を固くしてジッと動かなくなるし、見られると目を合わせないように両手で顔を覆った。
人から与えられるのは痛みばかりだったから、生きていくために憶えた自衛手段だったんだろう。
未だ3歳にもならない子供があまりに哀しすぎる。
俺は自分が出来る事は何でもやろうと思った……けれど、頭では何をするべきか分かっていても身体がそれについていけなかった。
結局、俺に出来たのは傍に居て体調の変化があったら母さんに報告することくらいだった。



そんな日が10ヶ月くらい続いて年末に差しかかってきた頃、風眞は普段よりも高い熱を出した。
その時、よりによって大人達が誰も家に居なかった。
だから母さんを呼ぶため電話をかけに行こうとベッド脇の椅子から立ち上がった瞬間、風眞は俺の手を無意識に掴んだ。
今まで自分から他人に触れようとしなかったのに……そんな小さな変化が嬉しかった。
普通に考えれば手を離して電話をかけに行くところを、俺は大人達が帰ってくるまで手を握り返して待つ事を選んだ。
思考よりも感情を優先させたのはその時が初めてだったと思う。



その時を境に風眞は少しずつだけど俺に心を開いてくれるようになった。
自己主張はないけれどこちらから「して欲しいであろう事」を聞くと頷くし、触れても緊張しなくなった。



何年もかかってゆっくりだけど確実に風眞は心も身体も回復していった。
発作の回数も減ったし普通の生活が送れるくらいの体力もついた。
それは治療の成果だけじゃない。
風眞が精一杯の努力を続けた結果が大きい。
そんな様子を傍で見ていた俺は、風眞の身体に異常が起きたら自分の手で処置出来るよう医者になろうと思った。
最短で3年間は風眞と離れる事になっても、その先に在る時間の為に。







「それで、3年後にお医者さんになって、風眞さんを守れる自信がついたから記憶を解放したんだね」
「まぁ、そう」
「そっか………頑張ったんだね、創司くん」
「風眞の頑張りとは比にもならないけどな」
「2人がお互いの為に頑張ろうと思った結果でしょう?自分の精一杯の頑張りは他と比べるものじゃないよ」
「あぁ……」
粋には能力とは無関係に人を癒す力がある。
暗く沈んだ心を引き上げ暖かい光で包み込むような力が。
今まで粋に救われてきた人達の気持ちがよく分かるな…



「ねぇ、創司くんはどうやって風眞さんの記憶の解放をしたの?その……何か合図というか決めごとがあったのかな?」
「サイの眞名が鍵で、後はお互いの血を混ぜた……って、あ、怖い想像するなよ?指先をちょっと針で刺したくらいだから」
「う………うん」
血というだけで怖い想像をしてしまったらしく粋の顔は少し青ざめていた。



「前から少し思っていたんだけど、シイラは粋に何か記憶を呼び出すようなヒントを夢の中に出していないか?」
「ヒント………って言われてもなぁ……」
「シイラは竜の血が濃いから、いくら第3者に魂を飛ばされたとしても器に記憶を発現させる事は比較的容易に出来ると思ってる。シイラの記憶が上手く出てこないのには引き出すための条件があるからなんじゃないか?」
「うーーん……」
何か思うところがあるのだろうか。
粋は暫く考え込むと、ハッとして俺の顔を見上げた。



「最近は見てなかったけど……多分……『もしもその思い出が深い場所にしまわれてしまっていたら、・・・・をしたら思い出すわ』ってシイラが言ってた」
「肝心な所が不鮮明なんだな。ありがちな話だけど」
「うー………ごめん……」
「粋が謝る事じゃないよ。何かがシイラから粋への伝言を邪魔してるのかもしれない。記憶の凍結も可能性の1つだけど、粋が全ての記憶を手に入れたら不都合なヤツの仕業かもしれない。あくまで推論だから、あまり心配するなよ。俺達が一緒に解決してやるから」
ふわふわとした薄茶色の髪を撫でて指に絡めると、桃色の頬がパァッと赤く染まった。
また「子供扱いする!」って怒ったか?



「ごめんごめん、粋は可愛いからつい頭を撫でたくなるんだよな」
赤い頬を指で摘まむと意外にも頬肉があってむにむにして気持ちがいい。
これは……風眞じゃなくてもハマる……
むにむに……
「むぅー!創司くんもなのー?!ほっぺたぽっちゃりなの気にしてるのにー!!」
「ごめんごめん。もう少し………痛ぁ!!」
嫌がる粋をからかっていると両サイドの後頭部に激痛が走った。



「何……してるんですか……僕の……粋さんに……」
「私が居ない間に浮気かしらぁ?うふふふふっ……」
気が付くと俺の背後には似たような恐ろしい笑顔の風眞と焔が立っていた。
戻ってきたなら一声かけて欲しい…。
「う、浮気なんかじゃないよ!!」
「ち、違うって。今のは己の欲望に流され快楽に溺れていただけで……」
「表現が卑猥です」
「確かにね」
えー?!こんな所できょうだいパワー発揮して意見を一致させなくても…



「あ……私、お茶淹れてくるね!」
「僕も手伝います!」
不穏な空気から逃げるようにキッチンへ向かった粋を追いかけて焔もこの場から退場した。
残った風眞は何となく不機嫌な感じ。
「浮気なんかしてませんよ?」
「………分かってるわよ」
分かってるわりにはムッとしてるんだけど。



「さっきも言おうとして止められたけど、いくら粋がカワユくても性的欲求を満たそうとかいう気にはならないから。全然心配する事ないよ」
「もぅ!性的とか言わないでよ!創ちゃんはそういう所が理系脳なんだから!」
怒ってるのか恥ずかしいのか、どっちもなのか。
兎に角、赤くなった風眞は俺の対面に座って顔を背けた。
これってやっぱり俺が悪いのか?



※※※※※※※※※※※※※※※




「こっち向いて?」
「イ・ヤ・で・す」
「風眞に冷たくされたら俺、枯れちゃうよ?」
「そんなに簡単に枯れません。枯れそうになったら粋ちゃんのほっぺ触って補給すればいいでしょ?」
「………ま、まさか!!本当の本当に妬いてくれてる?!」
「妬いてなんかいません」
少し頬を膨らませて口を尖らせといてその言葉を言う?
ヤバい。
今のはキュンときた!
「風眞ってば超カワイイ!」
思わず手を伸ばして抱き寄せると、後頭部を再びポカリとやられた。
さっきよりは全然痛くないんだけれど。



「粋ちゃんに話はしたの?」
「あぁ、うん」
「そう……」
暫くの沈黙。
俺達はお互いに何を考えているんだろう?



「あのさ、……」
「あのねっ……」
声が重なり一瞬息を飲むと、2人で同時に大きく息を吐いた。
「ごめん、先にいいよ」
「創ちゃんの方から先に言って」
「じゃぁ…………今さらだけど、話してよかったんだよな?」
「もちろん……とは言っても全部は話していないんでしょう?私の代わりにモルモットにされた事、とか」
「アレはグロいからなぁ〜。粋がびびって泣いちゃうかもしんないじゃん?」
「それが理由って事にしちゃうんだ?カッコつけなんだから。私が居ない所で話したのは、私に情けない顔を見られたくなかったからなんでしょうし?」
「ははは……」
直球で言われると笑うしかない。



「追い目に感じる事ないのに。私は創ちゃんに感謝はするけど恨んでなんかいないんだから」
「違うよ風眞、俺は……」
責任を放棄していた俺には非がある。
それはこれから先もずっと心に留めておかなくちゃいけない。
「それとも、負い目があるから私と付き合っているの?好きだって言葉は愛情じゃなくて同情?」
本気じゃない、それは分かっているけれどどうしてそんな事を言うのか確かめたくて顔を近づけると緑の瞳がじぃっと俺を見つめてきた。
気のせいじゃなければ目が潤んでる……涙?!



「風眞?」
「バカね。自分で言っておいて不安になって…」
「俺、風眞を不安にさせるような態度とってた?」
首を横に振って風眞は答えた。
「創ちゃんは悪くないわ。不安に思うのは私のせい。皐月さんの言う通り欠陥品の身体だし、この先だってどうなるか……あ、ご、ごめんなさい。今は……粋ちゃんとシイラの事よね。余計な事を考えてる暇なんてないのに……」
「余計な事なんかじゃない。あと、自分の身体を悪く言うのは絶対にダメだ。その身体は風眞を苦しめる事もあるけど、風眞を生かしてくれているものだから。風眞そのものなんだから」
固く握った手に触れると普段よりもずっと冷たかった。



「あっちの世界の事、粋とシイラの事、それも大事だよ。だけど、俺は風眞の事が一番大事だ。色んな事を並行して処理できる能力があるから全部同じように対応してるけど、その中でどうしても1つ選ばなくちゃいけないなら迷わず風眞を選ぶ」
「そんなのダメよ。創ちゃんを必要とする人は沢山いるのに…」
「ダメじゃない。俺はずっと風眞をもっと早く救えなかった事を悔やんできた。悔やんでも悔やんでも過去を変える事なんて出来やしない。だから、やらなかった事で後悔するんだったら自分の出来るだけの事をして後悔したい」
「創ちゃん…」
「……っていっても、俺ってやれば出来る子だからやった事に関して後悔なんてしないんだけど」
「んもぅ!どうして最後にオチを付けるのかしら。途中までちょっといい話だったのに」
「よしよし、涙は引っ込んだ。泣くのは悪い事じゃないけれど出来れば泣かせたくないんだ。身体の事を不安に思うのは当然だよ。だけど俺が絶対に治すから、信じて待ってて。天才の本気ってヤツは不可能と言われてる事を可能にしちゃうんですよ」
そう言って右目の端から唇へ口づけると、ほんの数秒で顔を離された。
あれ?怒らせるような事、また何かしちゃった?



「と、時と場所ってものを考えてよ!見られたらどうするの?」
「粋と焔に?別にいいじゃん。俺達の仲を知ってるんだし」
「そういう事じゃないで………!!」
ビクッとした風眞に「なになに?」とたずねると、ぎゅうっと目を閉じ頭を抱え込んだ。
「ど、どうした?!」
「……ておくれ」
「は?」
弱々しく指をさす方向に目をやると、面白い物を見たという表情を隠していない焔と所在なさそうに顔を赤くして立ちつくしている粋。
……バッチリ見られていたわけね。



「お茶…おじゃ…お邪魔……しま…しましま…」
「ふふっ、どうぞどうぞ、僕達に遠慮しないで続けて下さい。僕達は僕達で愛を深めて来ますので。行こう、粋さん♪」
「えっ!?」
「どさくさに紛れるなっ、破廉恥中坊!!」
ビュンッ!という音が聞こえそうな勢いで粋の横に高速移動した風眞は、野獣から守らんと小さな身体をガッツリと抱きしめた。
妬けるくらい粋の事がとびきり大好きだなぁ。



「姉さんは北杜さんとイチャイチャしてればいいじゃないか。どうして僕達の邪魔をするの?」
「大事なお友達を魔の手から守るのは当然よ。あ、粋ちゃん、お茶の準備をしてくれたのね?嬉しい♪一緒に飲みに行きましょう?」
「ふふっ、くすぐったいよぅ〜」
粋のむにむにほっぺに自分の頬をすり寄せると、風眞は嬉しそうに笑った。
あ、自分で楽しむ分にはいいのね。
そして、粋の方も風眞に触られるのは嫌がらないのね。
「なっ!何という羨ましい事を……」
「ふふっ……同じ事をやってごらんなさいよ?お姉ちゃんが鉄拳制裁してあげるから」
地団駄を踏む焔を置いて女子2人はキッチンへ向かった。
切ないねぇ。



「あ、創司くんもお茶……」
「サンキュ。今いく」









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