みずのきおく・43






「こんばんは」
この声、赤茶色の瞳。
顔は全然違うけど・・・・
「茉莉・・・・さん・・・?」
目の前の女の子は睨むような視線で、口だけニヤリと上がった。



「よく分かったわね。こんなに地味でつまんない顔なのに」
「あ・・・・・あの・・・・・どうして・・・・・?」
この子はやっぱり茉莉さんらしい。
でも、どうして違う顔をしてるんだろう?
メイクで変えてる?
何のために?
今晩は何か大事な話があったはずなのに。
そうだ!
話はどうなったの?!



「何、マヌケな顔してるの。全く、こんな・・・・・こんな、守られてるだけで何も出来ない小娘が・・・・・・」
「な・・・・・あ・・・・・・い、痛・・・・・・」
茉莉さんの瞳の中心がオレンジ色に光った途端に、立っていられない程の激しい頭痛が私を襲った。
「ほら、思い出しなさいよ。アンタが皆に必要とされるのはアンタがあの小娘の魂を持っているからなのよ。あの小娘の魂を引き剥がしたら、アンタなんか誰にも相手にされないんだわ。早く思い出しなさい・・・・・思い出した瞬間にあの小娘・・・・・シイラの魂は頂くわ・・・・・」
「シイラ・・・・・?」
記憶。
思い出す。
シイラ・・・・・
私は・・・・・・・・・・







「アマネさんは?」
「父さんは今日は何があっても何にも関わらない。連絡も出来ない」
「聖さんは?」
「念の為に西神の家の近くに居てもらってるわ」
征さんは仕事で県外に出ているらしい。
あっちの世界に関わりがある人は、今、粋さんの近くに居ない。
最悪だ。
粋さんが無事じゃなきゃ今までやってきた事の意味がなくなってしまうのに。



「アイちゃん・・・・・」
「はい?」
ポツリと言葉を漏らし、厳しい顔になる姉さん。
藍ちゃんがどうしたんだろう?
「・・・・・・・」
口をつぐんだまま厳しい顔を崩さない。
「何ですか。何か知ってる事があるのなら教えて下さい」
「詳しい事はよく分からないのだけれど、アイちゃんもあっちの世界の記憶と能力があるみたいなの。でも、少し私達とは違うのよね・・・・・」
「そ、そうなんですか?!」
全然気がつかなかった。
でも、何で?
あっちの世界の・・・・・・誰なんだ?
粋さんの近くに居るって事は???



「シイラと粋ちゃんの為に在る・・・・・アイちゃんは・・・・・あぁっ、あそこで引かないでちゃんと聞いておけばよかったっ!!」
強く拳を握ってイライラとする姉さんの頭を北杜さんが撫でてなだめている。
姉さんが感情的になるなんて珍しい。
「俺は藍の能力を見たことがないからちゃんとした事は言えないけど・・・・・あれ?藍ってこっちの世界では能力あるんだっけか?」
「お子様達の能力は未だハッキリと分からないと思ってたわ」
「そうですよね。あ、でも・・・・・有希は・・・・・」
茉莉さんの顔を「けばけば」と言ってたくらいだから何かしらの能力はあるはず。
いや、今は有希のことは置いておいて。



「どこまで本当か分からないけど、「ミナミ」の能力は1番最初の子供に引き継がれるって話だから。粋が「ミナミ」なら藍は因子は持っていてもこっちの世界では特別な能力がないって考えるべきなのか。だとしたら、あんなに小さいのにあっちの世界の能力を使うのは危険かもしれない。記憶と能力がある・・・・・藍は一体何者なんだ?」







「次はないと忠告したはずだが、足りない頭では憶えていられなかったか」
頭を締め付けるような痛みが急に解けた。
何・・・・・今の・・・・・



「っ・・・・・化け物が・・・・・」
「お互い様だろう」
私の前に立つ小さな身体。
何で・・・・・?
この声は・・・・・でも・・・・・・
あいちゃん・・・・・
「お姉ちゃんの前ではいい子でいたかったんじゃないの」
「・・・・・・」
「あい・・・・・ちゃ・・・・・?」
状況がよく分からない。
あいちゃんなのに、あいちゃんじゃないみたい。



「すいちゃんはおくにいってて?」
「でも・・・・・」
「早く行って!!此処は私が何とかするから・・・・・私は、粋ちゃんを守る為に在るんだから・・・・・」
すごくすごく心配だけど、あいちゃんの必死な様子を見て素直に言う事を聞くことにした。
電話・・・・・
誰かに・・・・・この場合警察でも大丈夫なの?
とにかく、連絡しなくちゃ。




※※※※※※※※※※※※※※※





「後で、なんて余裕じゃない。水の能力者は自主的な攻撃能力がないはずよ」
「あぁ、普通はそうだな。だが、残念ながら私は普通ではない」
「氷結・・・・・」
「・・・・・・・」
藍の瞳が冷たく輝くと、茉莉の足元が白く凍りついていった。
足元から靴へだんだんと霜が上がっていく。



「・・・・・これは、このままいくと私は凍ってしまうのかしら?」
「そういう事だな」
「・・・・・そう。貴女は西神茉莉を殺すのね?」
「・・・・・」
藍の視線が揺らぐ。
同時に凍る速度が弱まったのを見ると、茉莉は靴を脱いで藍の腹部を蹴り上げた。
「形・勢・逆・転♪ 甘いのよ、お嬢ちゃん。守るってどうやって守るつもり?こうしてしまえば精神集中も出来ないから能力も使えないでしょう?」
茉莉が床に倒れた小さな身体を踏みつけ体重をかけると、藍の顔が苦痛に歪んだ。
倒れた時にぶつけた口の端に血が滲む。
「さぁ、言う事聞かない悪い子はどうしましょうか?貴女には攻撃魔法は効かないのよねぇ・・・・・じゃあ、あの女みたいに肌を焼いてみるのはどうかしら?・・・・・大丈夫よぉ、お姉ちゃんも後でやっておいてあげるから。仲良し姉妹ですものねぇ?」
「・・・・・・っ」
茉莉の右手の人差し指の先に火が灯る。
「おしおきよ」



「汚い足をどけなさい、気狂い女」
藍の前髪が僅かに焼けたところで火が消えた。
否、消された。
「2匹目の化け物?」
「グレ・・・・・・」
揺らめく火を見つめているように両の瞳が真っ赤に輝く紅蓮。
静かな口調に反して怒りの感情は隠そうとしていない。
「言ってる事の意味が分かりませんでしたか?私はお願いをしているのではありません、命令しているのです」
「おバカさんね、今の状況が分かって言ってるの?私に命令出来る立場じゃないのよ。私がもう少し足に力を入れたらどうなるかしら?内蔵とか潰れちゃったりして♪」
茉莉がニヤリと笑うと、藍は苦しそうに咳き込んだ。



「・・・・・・・外道」
「ダメだ・・・・・グレ・・・・・」
藍の制止を聞かずに紅蓮の身体が動く。
「なっ・・・・・・・ぐっ!!」
身構えるよりも早く鳩尾に拳と蹴りが入り、茉莉の身体が壁に叩きつけられた。
「優しい紅蓮ちゃんだったら女には手を出せなかっただろうに・・・・・バカなヤツだぜ」
「い、痛・・・・・や・・・・・」
「うるせえなぁ、声出すなよ。耳障りだ」
紅蓮に腕を捻り上げられ、茉莉が悲鳴を上げる。



「待て、グレ、その辺で止めるんだ」
「腕の一本や二本ダメになっても生きていけんだろ?このババァのやった事に比べりゃ大した事ねぇ・・・・・よっと」
グキリという鈍い音の後、茉莉の右腕は変な方向に曲がった。
声も上げられず痛がる姿を冷やかに見下ろす紅蓮。
普段の温和で控えめな姿は何処にも見る事が出来ない。
「こいつはやっちゃいけねぇ一線を越えちまった。許しを与える必要はない、罪咎には罰が必要だ。こんなクズに藍の手は汚させねぇ・・・・・つーの」



「止めて!!」







受話器をとっても何処にも繋がらない。
携帯も使えなくなってる。
嫌な予感。
何かが起ころうとしている?
不安な気持ちが心に広がってきたところへ、大きな音と悲鳴が聞こえた。



何が起きているんだろう。
あいちゃんはどうしただろう。
奥に行っててって言われたけど・・・・・私はあいちゃんのお姉ちゃんだもの。
あいちゃんが心配。
すごく心配!!



急いで玄関に戻ると紅蓮くんが・・・・・紅蓮くんが?!
信じられないけど紅蓮くんが茉莉さんを壁に押し付けて・・・・あ、あぁ?!
あんな事したら腕が・・・・・



「止めて!!」
思わず叫ぶとお腹を押さえたあいちゃんと茉莉さんの腕を掴んだ紅蓮くんが私を見上げた。
「すいちゃん・・・・・」
酷く顔色が悪くなっているあいちゃんを抱きしめると、小刻みに震えていた。
怖かったのね。
・・・・・?
口に血が付いてるし前髪が焦げてる。
「あいちゃん・・・・・」



「っ・・・・・っく・・・・・」
「ま、茉莉さん?!」
「近づくな」
茉莉さんの腕を掴んだまま紅蓮くんが静かな・・・・・でも何だか凄味のある声で近寄ろうとした私を止めた。
「紅蓮くん、手を離して。茉莉さん痛がってる」
「藍を連れて自分の部屋に行ってろ」
紅蓮くん?
何だかおかしいよ。
「でも・・・・・」
「そんな憐みの目で見るな・・・・・私は・・・・・っっ!!」
「きゃぁ!!」
目の前に火花が散って頬に熱さと痛みが走った。
今のは・・・・・



「粋に手ぇ出すんじゃねぇよ。やっぱもう1本いっとくか?」
「!!!」
茉莉さんの左腕が曲がるべきじゃない方向に曲げられる。
多分、壮絶な痛みなんだろう。
茉莉さんは声が出ない悲鳴を上げている。
ダメだ。
こんなことをしちゃ・・・・・
「ダメ、ダメだよ紅蓮くん。痛みを痛みで返しちゃダメ、痛みや憎しみを連鎖させちゃダメなんだよ。私は・・・・・私が止めるから」
「こんなクズに何をしても無駄だ」
「無駄なんかじゃない、無駄なんてない!!」



紅蓮くんは手を緩めてくれない。
紅蓮くんは藍ちゃんと私を守るためにしてるから止めないんだ。
私は守られてるだけでいいの?
違う。
茉莉さんには私を憎む理由があって、私はそれを知らなくてはならない。
私は、私を知らなくてはならない。




『 私達を助けてくれますよね? 』

『 だめなの、いかないで、いかないで、おかしゃま!! 』

『 キミの身1つで世界が救われるんだよ、慈愛の女神様・・・・・ 』




「お願い、私が相手をしなくちゃいけないの。私は・・・・・・・私は、シイラだから」



頭の中でカチリと何かが外れる音がした。







「粋さん!!」
「粋ちゃん!!」
「粋っっ!!」
鍵のかかっていないドアを開けると、茉莉さんが玄関を上がってすぐの床に座りこんでいた。
やっぱり此処に来ていたのか。



「心配しないで下さい、今は眠らせているので流石に何もしてこないと思います。無計画に能力を多用したので、精神力も限界で暫くは目を覚まさないでしょう」
「紅蓮?どうして・・・・・って、今はそれどころじゃない。粋さんは?粋さんはどうしてるの?!」
紅蓮が居る事も能力〜とか言ってるのもおかしいけれど、何より今は粋さんが心配だ。
「粋さんはリビングで藍さんの手当てをしています」
「手当てって・・・・・藍ちゃん怪我をしたの?!」
姉さんが驚いた声で尋ねると、紅蓮は下唇を噛んで眉を寄せた。



「・・・・・・大した事はありません。明日になったら話せる事は話しますから、今晩は遅いのでお帰り願えませんか。その女性を始末して頂ければ有難いですが、無理ならば僕が何とかしておきますので放置しておいても構いません。藍さんと粋さんは僕が責任を持ってお守りします」
小学生とは思えない妙な迫力だ。
でも、ここで引くわけにはいかない。
「紅蓮だけに任せるわけにはいかないよ。僕達も手伝うから、兎に角、粋さんに会わせて」
「・・・・・・・うるせぇなぁ」
「紅蓮・・・・・?」
紅蓮の口調が変わった。
何だか酷く荒っぽい。



「明日話すって言ってんだから黙って帰れよ。あっちの世界の能力は俺様の方が格段に上なんだ、アンタらが居た所で役に立たねぇってハッキリ言わねぇと分っかんねーのか?」
紅蓮も能力を使える・・・・・
紅蓮も、何者なんだ?
「・・・・・・・分かった。じゃあ、彼女は連れて行くから・・・・・粋と藍の事、頼んだよ」
北杜さんは茉莉さんの身体を抱き上げて外へ行ってしまった。
おいおい、何を納得しているんですかい?!



「粋さん、粋さん!!僕です、焔です。危険な目に合わせてすみませんでした。ちゃんと・・・・・ちゃんと顔を見て謝らせて下さい。お願いです、粋さん、顔を見せて・・・・・い、痛っ!!」
ガクンと後ろに身体が倒れそうな勢いをつけて姉さんが僕の腕を引っ張った。
「紅蓮ちゃん、明日・・・・・明日必ず話してね。粋ちゃんと藍ちゃんを宜しく・・・・・でも、何かあったら無理はしないで連絡を頂戴。直ぐに手伝いに来るから」
「何かあったらじゃ遅いんだよ、姉さん。姉さん手を離して、離して下さいっ!!」
「・・・・・・焔くん、風眞さん」
藍ちゃんと手を繋いで奥から出てきた粋さんは、やるせない表情で僕達を見つめた。
右の頬の大きな絆創膏は・・・・・



「怪我・・・・・あの女がしたんですね?!すみません、沢山嫌な目に合わせて・・・・・でも、もうこれ以上はありませんから。僕が守るから、絶対・・・・・」
「・・・・・・・ありがとう・・・・・あの、何か色々あってわけ分かんなくて・・・・・ごめんね、今日は帰ってもらってもいいかな・・・・・」
「嫌です」
「焔くん・・・・・」
僕の腕を握る姉さんの手の力が僅かに弱まった。



「もう嫌なんです。僕が知らない所で粋さんが傷つけられるのは嫌なんです。わけが分からない事に巻き込まれて傷つけられて嫌な思いをして・・・・・それでも優しすぎる粋さんは、我慢して1人で泣くんだ」
「そんな事ない、私、大丈夫・・・・・」
「僕は・・・・・僕達は粋さんの為だったら何でもする。知らないせいで何も出来なくて、それで後悔するのはもう嫌なんだ!!」
「・・・・・・・」
ボロっと大粒の涙が粋さんの瞳から零れ落ちる。
やっぱり、我慢の限界だったんだよね?



「帰って下さい」
「今日はもう無理です、休ませてあげて下さい」
粋さんの前に藍ちゃんと紅蓮が立ちふさがる。
2人は粋さんを守る事が絶対の使命のようだ。
「粋さ・・・・・」
「粋ちゃん、今日は帰るけど・・・・明日になったらちゃんと話しましょうね?おやすみなさい」
それでも話を続けようとした僕の腕を引っ張って、姉さんは玄関を出て行った。




※※※※※※※※※※※※※※※





「・・・・・はい、それでは宜しくお願いします」
姉さんと外に出ると北杜さんが丁度電話を切るところだった。
「皇さんに西神ん家に連絡してもらうように言っておいた。今日はお嬢様は家に泊まってもらおう、聖さんも呼んでおいたから・・・・・帰ろう」
引くのが早かったけど、やる事も早い。
北杜さんには何か考えがあるのだろうか。



「紅蓮は「明日話せる事は話す」と言っていた。揚げ足を取るようだけど、だったら話せない事もあるのかって話。藍と紅蓮はあっちの世界の能力者で・・・・・多分、あっちの世界の人格がある。このお嬢様と同じで俺達とは違う、その理由が分かればいいんだけど・・・・・一番の問題は粋があっちの世界の能力を見てしまったか、そして」
「記憶が戻った・・・・・」
「それはない、それは絶対ないです」
年長者2人の意見に逆らうけれど、でも、記憶が戻って「僕」が分からないわけがない。
そんなわけないんだ。



「絶対ないとは言えないわ。貴方や創ちゃんみたいに昔から記憶があれば話は別だけど、違う世界の記憶が突然鮮明に思い出されたら戸惑うし混乱するのが普通よ。拒否しているのに今これ以上話をするのは粋ちゃんを辛い目に合わせるだけじゃないかしら。ねぇ、焔ちゃん、言いたくないけれど・・・・・」
「何?」
「もしも記憶が戻っているとしたら、これから粋ちゃんを泣かせるのは他の誰でもなく貴方だと思うわ」
そう言うと姉さんは歩き始めてしまった。
僕が粋さんを泣かせる?



「どうして僕が?そんなわけないじゃないですか、僕達はあっちの世界でもこの世界でも気持ちが通じ合っているんですよ?」
粋さんは僕の事を友達の好きじゃなくて、恋愛対象として好きだと言ってくれた。
僕の気持ちもちゃんと理解してくれた。
西神の障害が無くなれば傍に居られる時間だって増やせるんだから、困ったり悩んだりしたら相談に乗ることだって出来る。
なのに、何故そんな事を言うのだろう?



「分からなければ、分かる努力をしなさい」
姉さんはいつも謎かけのような事を言うけれど、今回のは特に意味不明だ。
意地悪で言っている?
そんなまさか。
「焔が焔の意識をしっかりと持っていればいいって事」
「僕の、意識・・・・・」
北杜さんの言葉もヒントだか何だか微妙だ。



粋さんはどうして僕達と話そうとしなかったんだろう?
どうして僕達に何も聞いてこなかったんだろう?
混乱しているから?
本当にそれだけかな?
釈然としない気持ちで僕も仕方なく家に戻った。







「おはようございます、昨晩は妹と弟がお世話になりました。ありがとうございます」
「おはよう、焔くん」
次の日の朝、久しぶりに家まで粋さんを迎えに行った。
少し早い時間に行けばゆっくり学校に行けるし話も出来るかと思っていたんだけど・・・・・



「もう行ってしまったんですか?!」
「あぁ、今朝は随分早くにクラスの友達が来てくれたんだ」
「クラスの友達・・・・・?」
誰だろう。
粋さんのクラスの女子は電車通学だから早い時間に来そうもない。
じゃあ・・・・・



「何て名前だったかな・・・・・クリスマス会で迎えに来てくれた・・・・・」
「祐月さんですか?」
「そうだ、祐月くんだ。粋も来るのが分かっていたみたいだったな」
来るのが分かっていた?
祐月さんは昨日、粋さんを家まで送ってくれたらしいからその時に約束していたんだろうか。
有難いような余計な事をしてくれたような・・・・・



「征さんはいらっしゃいますか?」
「今は藍の様子をみている」
「どうかしたんですか?」
「熱を出してしまったんだ。有希ちゃんと望くんはとても心配してくれたのだが、うつると申し訳ないので学校に行ってもらったよ」
熱の原因は風邪ではなく昨晩の件だろう。
征さんがついているとはいえ心配だ。



「そうですか・・・・・帰りにお見舞いに伺わせて下さい」
「ありがとう。あ、焔くん、今日は学校で粋に会うだろうか?」
「はい、そのつもりです。何か?」
「これ・・・・・このペンダント、玄関に落ちていたと粋に伝えて欲しいんだ。とても大事にしていたから無くしたと心配しているのではないかと思って」
海さんの手の上に乗っていたのは、僕が粋さんにあげたアクアマリンのペンダントだった。
鎖が切れているようだけど、落ちていたのは偶然なんだろうか?
考え過ぎかもしれないけど嫌な予感がする。



「僕の方から渡しておきましょうか」
「それは・・・・・いや、そうだな。お願いするよ」
「はい、それでは失礼致します」
手渡されたペンダントをハンカチに包んで上着のポケットにしまう。
何もなければいい。
もう、何も起きて欲しくない。




※※※※※※※※※※※※※※※





東雲学園高等部 桜組。
クラスメイトの未だ来ていない教室で向かいあって座る粋と祐月。
「・・・・・貴方は誰なの?」
「僕は僕だよ、逆に聞くけどキミは誰なの?」
粋の顔が強張り、それを見て祐月が笑う。



「ほっぺの傷、治した方がいいんじゃないかな?キミだったら出来るんでしょ?女の子が顔に傷なんてよろしくないと思うけどな」
「・・・・・自分の傷は治せないの。それより祐月くん・・・・・」
「ストップ。頭の中で情報が錯綜しているんだろうからさ、続きは放課後にしよう。おはよう委員長、昨日はチョコありがとうね」



いつもと変わらない朝の教室の風景の中、粋は右の頬を押さえて俯いた。









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