みずのきおく・32






「歌えるよ〜」
ほにゃら〜んとした声が教室に響く。
霧島くん・・・?
「予感じゃない・・・確信・・・」
安積くんが窓の外を見ている。
木の枝に沢山の鳥。
窓辺には・・・数匹の猫。
あっ、シマさんも居る・・・



「水波ちゃんが元気出せるような香り、作ってみたんだよ」
ふぁんとイチゴのような甘い香りがフロアに流れる。
「演出もバッチリや。上を見てみ、力作やで」
ふわふわと舞い降りてくる小さな氷の粒が、光を受けてキラキラと輝く。
教室の隅で和泉ちゃんと九重くんが手を振って笑ってる。



「水波さん、これを飲んで下さい」
常盤さんがお茶の入った小さなカップを手渡してくれる。
「喉にいいお茶。柊と一緒に水波の為にって考えたんだから、感謝してよね」
土浦くんは常盤さんの腕をとるとニッと笑った。



「ここはヒーリングスペースだよ?皆、癒されたくて来てるんだよね?じゃあ、少しの間だけ心を鎮めてみてくれるかな?僕たちの空間を楽しんでよ」
祐月くんの言葉にお客さん達のざわめきが収まっていく。



「粋ちゃん、耳を澄まして。きっと歌は直ぐ傍にいるわ」
「『みなみ』の歌は歌に愛される者の歌。粋、大丈夫だよ」
風眞さんと創司くんが背中から声をかけてくれる。



「大丈夫、大丈夫よ」
みくちゃんの温かい手がぎゅっと私の手を握る。



皆・・・・・
・・・・・どうしよう、涙が出そう・・・・・
顔を上げて焔くんを見ると、茉莉さんに気づかれないように軽く頷いてくれた。



目を閉じて深呼吸。
歌いたい。
歌わせて欲しい。
皆のために。
皆の気持ちに応えるために。




何も聞こえない。
何も聞こえない。
何も・・・・
・・・・・・




歌が、
聞こえた。







「天使の歌声ってホンマにあるんやなぁ」
「ウチ、感動して泣いちゃったよ」



あの後、私は気がついたら歌っていた。
まるで私の中から歌が溢れ出て来るように。



「みんな・・・喜んでくれて・・・よかった・・・」
「終わりよければ〜すべてよし〜?」



1日目にトラブルはあったけどその後は問題なく。
寧ろ私達のクラスは大盛況で学園祭は終了した。



「騒ぎの割には変な噂が流れなかったね。普段の行いがいいからかな」
「・・・・・恐らくですが、東雲くんのお陰だと思います」



私もそう思う。
こんな事を考えたら悪いけど、あの後、茉莉さんが何かするんじゃないかって少し心配だった。
でも、何もなくて・・・きっと何もなかったようにしてくれたのは焔くんが力を貸してくれたんだと思う。
会えないし連絡も出来ないから確かめる事も出来ないけれど。



「水波さん、暗い顔しないで。これから念願の優勝祝いと半年遅れの歓迎会なんだから。北杜くんと西神さんが来られなかったのは残念だけど、今日は楽しもう?」



今日は皆でみくちゃんの家に招待されている。
「何でも好きな料理を作ってあげる」って言われたから考えてたら、「水波ちゃんだけズルイ!!」って事になって結局全員分のリクエストを作ることになったんだっけ・・・



「やっと着いた。ミクも幼稚部の頃から毎日よく通ってるよね」
「此処・・・デスカ・・・?」
学校から電車で30分。
更に駅から徒歩15分。
そして、到着したお家は・・・
・・・・・・・・
・・・・・・・・個人のお家ですか?
っていうか、お家ですか?
門の大きさからいってテーマパークみたいなんですけど??



「いらっしゃい、中に入って」
ニコニコしながら立派な門を開けて出てきたわけですが。
やっぱり、個人のお家なのですか・・・
「初めて来ると驚くよね。委員長とか達弥の家も凄いけど、帝の本家だけあって美久の家は想像を遥かに超える大豪邸だから」
「ふはぁ・・・・・」
皆が中に入って行くのをポカーンと見ていると、クイっと手を引っ張られた。
「ちょっと変な家だけど、怖くないわよ?」
「い、いやいや。怖いとかじゃなくてね・・・」
「じゃあ、来て。姉さんもスイちゃんに会えるの楽しみにしてたのよ」
「お姉さん・・・・・?」



※※※※※※※※※※※※※※※




「ほえぁぁ〜」
どうして日本庭園(公園レベルの広さ)の片隅に、高原のお洒落なレストランがあるんでしょうか。
そして、テーブルの上に並べられた御馳走の数々・・・
此処は何処の夢の国ですか?
「ふふっ、久しぶりに張り切って作ったら作りすぎちゃった♪」
「大丈夫!!ウチら食べ専だからっっ!!」



案内された席に座ってグラスに入ったお茶が置かれると、常盤さんが立ち上がって挨拶を始めた。
「学園祭お疲れ様でした。皆の頑張りが評価された事をとても嬉しく思っています。それと、遅くなりましたが私達の新しい仲間の水波さんと今日は来られませんでしたが北杜くんを歓迎するという事で、今日は食事をしながら楽しい時を過ごしましょう」
乾杯の後、いよいよ食事。
噂のみくちゃんの料理って・・・・・・



「・・・・・・・」


「お味はどう?」
「美味しいっ!!」
こ・・・こんなに美味しい料理食べたことない!!
もうね、もうね、何ていうか夢のような味?
料理が口の中でふぁぁんって踊って、しゅわわわわーんって味が広がって、幸せな気持ちでいっぱいになっちゃう。



「ミク、一人前にならんでええわ。ずっとオレ達の為に食事作ってや」
「その代わり可愛いお嫁さんの分までウチらが一生養ってあげるからさ!!」
「アンタ達、アホでしょ・・・」
同時にぐっと親指を立てる2人を見てガックリと項垂れるみくちゃん。
いいトリオだよね。



暫く美味しい料理を堪能していると、祐月くんはきっと皆が疑問に思っていた事を口にした。
「そういえばさ、あの時の女の子・・・西神茉莉ちゃんだっけ?・・・どうしてケーキの味がしないなんておかしな事を言ったんだろうね?」
本当に、どうしてだろう。
言いがかりじゃなくて本当に味がしないみたいだった。
でも・・・隣に座ってた女の子は何ともなかったみたいだし・・・
「・・・・・運が悪かったんでしょうね」



表情を変えずにお茶を飲む常盤さんの代わりに、土浦くんが説明してくれる。
「あの女の注文したお茶とケーキの組み合わせのせいだよ。ある特定の香辛料が合わさると一時的に味覚を麻痺させるんだ。あの女用にブレンドしたお茶とケーキにたまたま紛れ込んだ香辛料がその現象を起こしたってわけ。偶然ってあるもんだね、気をつけないと!」
うわぁ・・・それは不幸・・・
でも・・・・・常盤さんがそれに気がつかないなんて事、あるのかな・・・?



「あのお客様にも言いましたが、私達は誇りと責任を持って営業をしています。その誇りを汚す事、そして、大事な仲間を侮辱する事は許せません、それだけです。それに、味覚を麻痺していなくてもあのお客様には水波さんのケーキの味は分からないと思いますよ」
「委員長って冷静に見えて熱い人だよね」
「おっしゃってる意味が分かりません」
わぁ・・・ほんの少しだけど赤くなった・・・
「照れてる・・・」
「委員長〜か〜わい〜い〜」
「うるさい、うるさい!!柊に可愛いって言っていいのは僕だけなんだ!!」
皆、本当に仲がいい。
それにいい人達ばっかり・・・



「あ、あの・・・ありがとう。あんな問題を起こしたのに優しくしてくれて・・・又、歌えるようになったのも皆のお陰だし・・・どれだけお礼を言っても足りないよ」
「・・・・・いつ、水波さんが問題を起こしたんですか?」
「え・・・?だって、あんな騒ぎ・・・」
私が居たから文句をつけられたんだもん。
私のせいだよね??



「あれは放火と同じだよね」
「自然災害・・・」
「当たり屋〜?」
「クレーマー」
「可愛い顔してんのに気の毒やなぁ、妄想癖があるなんて」
「僕、バカな女って嫌〜い」
「食事を楽しむ場所には相応しくない子ね」
「・・・・・そういう事です。水波さんに非はありません、だから気にする事もありません。それより歌っていただけませんか?水波さんの歌、皆、聞きたいと思ってるはずですから」



皆・・・・
う・・・又・・・涙腺が・・・
「えと・・・えと・・・どんな歌がいいかな?」
「楽しい気分になる歌!!」
「えと・・・じゃあ・・・」



※※※※※※※※※※※※※※※




皆からリクエストを貰って何曲か歌った後、パチパチと拍手をしながらオトナな雰囲気の女性が部屋へ入って来た。
「姉さん」
「お姉さん・・・?」
お姉さん、お姉さん・・・ここはみくちゃんの家だから・・・ ああ〜〜納得。
みくちゃんと似てる和風美人さん。


・・・・・ん??
似てるとかの問題じゃなくて、何処かで会った事あるかも・・・
何処か・・・日本じゃなくて・・・
・・・・・・フランス・・・?



「はじめまして、水波さん。美久の姉の花梨です。お母様と同じ素晴らしい歌声でした、聞かせてくれてありがとうございます」
「初めまして、水波です。母をご存知なんですか?」
何年も日本では活動してないんだけどな・・・
「ええ、4年前に大事な人の為に歌って頂きました」
4年前・・・
「もしかして、フランスで?」
「ええ」
や、やっぱり。
私はお姉さんに会った事あるんだ。
みくちゃんを間近で見た時の既視感はお姉さんだったんだ。



4年前。
お母さんとお父さんがお仕事をしているのをアイちゃんと待っている時のこと。
長い黒髪の可愛い女の子が静かに涙を流して私達の近くにボンヤリと歩いてきた。


「どうしたの?」
「・・・死んじゃった・・・もう・・・会えない・・もう・・・いない・・・」


大事な人を亡くした哀しみに心が潰されそうだったその子の為に、私は歌を歌った。



・・・・はれ??



でも、その子・・・私と同じくらいの年齢に見えたなぁ。
お姉さんの4年前・・・じゃない・・・。
(多分、お姉さんは4年前でも20歳くらいだと思うし・・・)
でも、お姉さんは4年前にフランスでお母さんの歌を聞いてる。
ど、どういう事??
偶然?
それとも、4年で急成長・・・・・んなわけない!
もしかして妹さん・・・・とか・・・・かも??



「悩んでるみたいだね」
「ん?」
悶々としている私を見かねたのか、祐月くんが声をかけてくれた。
「4年前に水波さんが会ったのは花梨さんじゃなくて美久だよ」
「うえぇっ?!」
いやいや、流石の私でもそこまで記憶の改ざんはしませんよ。
確かにみくちゃんは女の子でも通用するくらい綺麗な顔してるけど、あの子は女の子だったもん。
黒いワンピース着て、長い黒髪で・・・



「ミクは生まれてから小学部卒業するまで女の子として育てられてたんよ」
「因みに達弥の初恋の女の子はミク。男の子って知った時に熱出したよね」
そうは言われてもイマイチ理解が出来ずにいると、和泉ちゃんがニコニコ(ニヤニヤ?)しながら1枚の写真を差し出した。



「・・・・・か、かわいい・・・」
「ウチらの七五三の時の写真だよ」
赤い着物の女の子が2人と羽織袴の男の子が1人。
和泉ちゃんと九重くんと・・・・・消去法でいくとみくちゃんだ。
本当に女の子みたい・・・っていうか女の子だよ・・・



「4年前に美久と会った事がある・・・あぁ、水波さんが美久の天使だったのね?」
「天使?」
「ね・・・・・う・・・・もがっ!!」
九重くんは何かを言おうとしたみくちゃんの口を押さえて部屋の外へと連れていってしまった。
な・・・何ですか・・・??
「そうだ、水波ちゃん。ミクに温室を見せてもらったら?綺麗なお花が沢山咲いてるよ」
「え?」
「せやせや、若いもん同士でゆっくりしてき」
「は?」
部屋に戻って来た九重くんはニコニコニコ〜っと笑って私も部屋の外に連れ出した。



「え・・・・と?」
「・・・・・・・はぁ・・・・・・」
閉じたドアの前、理由も分からず立ち尽くす私と膝を抱えて溜め息をつくみくちゃん。
この状況は一体・・・
「あ・・・・えぇと、みくちゃん?」
「アイツら・・・」
うーん・・・何かブツブツ言ってるなぁ・・・
「おーい」
「僕だって・・・」
聞こえてないみたい。
「みーくちゃーん?」
「ぅ・・・・あぁぁぁぁ?!」


ゴンッ!!


真っ正面の至近距離まで近づいて声をかけてようやく気がついてもらえたものの、ずざざざざざざ・・・という後ずさりをして後ろ頭を壁に大激突。
だ、大丈夫かな・・・
「ご、ごめんね・・・急に近くで声をかけたからビックリしちゃったよね・・・」
「だ、大丈夫・・・・・あはは・・・ご、ごめんなさい。ぼーっとしちゃって」
「大丈夫ならいいけど・・・・・えーと、閉め出されちゃったね」
「アイツら・・・・・余計なことを・・・」
「余計なこと?」
「な、何でもないっ!そ、それより・・・えーと・・・えーと・・・ど、どうしましょうね?庭でも案内しましょうか?」
何でそんなに慌ててるんだろ?
「それじゃあ温室を見せてもらってもいいかな?綺麗なお花が沢山あるって和泉ちゃんが言ってたの」
「ええ。でも、少し歩くわよ。それでもいい?」
「うん・・・・・?」
少し歩く・・・
今、私、お友達の「家」に来てるんだよね?
一体、どんだけ広いお家なんだろう・・・







「帝が怒ったの見るのってあの時が初めてだったかも。話し方も違ってたし正直ビックリしたよ」
「波風立てるの・・・嫌い・・・なのに・・・」
「ミクは〜変わろうと〜してる〜かも〜?」


「水波さんに気がついてもらえるように・・・って結構ハードル高いみたいだね。彼女は天然な所も可愛いけど、ふふっ」
「手ぇ出したらアカンで、円。みなみちゃんはミクとしゃーわせになってもらうんやから」
「幸せの定義は人によって違うものですが・・・ミクさんと水波さんの幸せが繋がるといいですね」


「水波さんは・・・美久をどう思ってくれているのかしら」
全員でドアを何となく見つめる。
「水波ちゃんの気持ちがミクに向いてくれたら、全てが上手くいきそうなんだけどな・・・」









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