みずのきおく・30






「ねぇ、お母さん」
「ん?」
「歌えなくなっちゃった事って・・・ある?」





歌えなくなって1ヶ月以上経って、ようやく私はお母さんに歌えなくなってしまった事を告白した。
心配をかけたくないって思って話さないでいたんだけど、 学園祭の準備で皆の一生懸命な姿を見てて、私も「歌」で皆に協力したいって思ったから・・・



「あるな」
「じゃ、じゃあ、どうやって又歌えるようになったの??」
「自然に歌えるようになった」
「へ・・・・・??」
ぽかんとする私に近づくと、お母さんはスッと目を細めて私を抱きしめてくれた。


「歌えなくなるのは辛いだろう。よく1人で我慢していたな」
「知ってたの・・・?」
「分かるさ。だが、頑張ってる粋の気持ちを考えて話してくれるまで待っていたんだ」
「お母さん・・・・・・」
「無理に歌おうとしても歌は戻ってこない。気持ちが動く時に自然に戻ってくるんだ」
「気持ちが動く・・・」


歌えなくなってからの私は、無理に自分の気持ちをコントロールしようとしていた。
それじゃダメなんだ。
気持ちは動かすものじゃない。
動くもの。
例えば、誰かを好きになる瞬間のように・・・



「この世界に沢山の音と気持ちが溢れている限り、歌は無くならない。大丈夫、時が来れば絶対に歌は粋の中に戻ってくる」
「・・・・・うん、信じてる」







学園祭まであと2日。
ギリギリまで考えてた軽食類のメニューがようやく固まった。


◆キッシュ
◆アップルパイ
◆マロンタルト
◆バニラシフォン
◆ブランマンジェ


「ブランマンジェは、こうしてお皿に乗せて・・・達弥、マドカ 、よーく見ておきなさいよ」
みくちゃんがアングレースソースとミックスベリーソースをお皿に数滴垂らしてスプーンをサラサラと動かすと綺麗な柄が描かれていった。
「憶えたわね?」
憶えた?
私の聞き間違いでしょうか??


「うん、まぁ。こんな感じかな」
祐月くんもスプーンにソースをすくってサラサラと手を動かすと、みくちゃんが描いたモノと全く同じ柄が描き出された。
「結局、こういうモンが出来ればええんやろ?」
九重くんはソースを垂らした後、竹串を皿の上で動かしてこれ又そっくり同じ柄を描いた。
「す、すごいっ!!」
・・・・・って感心してるのは私だけみたいなんですけど?


「ふふっ、こんなに驚いてもらえるなんて新鮮だね」
「感動やわ〜!本番も頑張らなって気になるわ、ホンマ」
「え?!だって、すごいよ!!見本を1回しか見てないのに・・・」
「僕は単純な作業に関しての物覚えがいいんだ。調理とか複雑な事になると動きのコピーができないけど、これ位なら1回見れば十分」
「途中経過はちゃうにしても、結果は完璧なモノを作り上げるのが細工師やねん。作り上げるモノを見られるチャンスは一瞬しかないかもしれんから、対象物の記憶っちゅうのは細工師の能力の基本なんよ」
説明してもらってもやっぱりスゴイ!
特待組の人達って本当にスゴイ!!



「ウチに言わせてもらったら水波ちゃんの方がよっぽどスゴイよ。どれもメッチャ美味しい!念願のケーキ類も出せるし、今年こそは優勝出来そう〜!!」
学園祭の発表作品は中・高等部の生徒達の投票によってベスト3まで発表される。
桜組は中学部1年の時から入賞はしていたらしいんだけど、最高2位までしかとったことがないらしい。
「優勝したからって特に何ってわけでもないんですがね」
「でもでも、優勝ってさ沢山の人にウチらの能力が認められたって感じがする。それってすっごく嬉しいよ!だからさ、今年も頑張ろー!!」
ケーキのフォークを持ってガッツポーズする和泉ちゃん。
何だか元気を分けてもらってる気がするな。



「でね、今年はこんなモノを用意してみたんだ。はい、これは水波ちゃんのね」
「ん・・・?ありがとう」
手渡されたのはトップに円柱型のクリアブルーの小さな容器が付いたチョーカー。
暫く掌に乗せていると、ふわぁっと爽やかで心が落ち着くようないい香りがしてきた。


「会場に流す香りのアロマオイルが入ってるんだ。肌に触れると香りが漂うようになってるの。学園祭当日にさ、皆で着けようよ」
「和泉に命令されて昨日作ったんよ。不具合があるようなら言うてな」
手作りだったですか?!
もう、感心する事が多すぎ・・・


「委員長と土浦ちゃんが緑、安積ちゃんと穂高ちゃんが黄、円ちゃんが紫、ウチと達弥が赤、ミクと水波ちゃんが青、それと・・・」
透明のトップのチョーカーが2本。
これは・・・???
「創司センセーと彼女・・・フーマちゃん?の分ね。ほら、ウチらの衣装用意してくれたじゃない。それのお礼に」
「あ・・・うん、ありがとう!渡しておくね」


一昨日の朝、創司くんが手渡してくれた大きな紙袋の中には色違いのウェイトレスさん用の服が3枚とカフェエプロンが7枚入っていた。
「当日、是非お会いして直接お礼を言いたいですね。昨年までは私達の衣装のことまでは特に気にしていなかったのでとても嬉しいです」
「本当だよね。こういう服、一度着てみたかったんだ〜!エプロンの裾の桜の刺繍の心遣いとか感動しちゃう」
皆喜んでいたんだけど、特に喜んだのが女子2人。
勿論、私もだけど。
3人でこっそり試着してみたら、サイズはピッタリだし袖とか丈は動きやすい長さに調節されてるし、何よりすっごく可愛いデザイン!!
「あのね、「学園祭には女の子達の仕上げをしたい」って風眞さんが言ってたの。だから、開場前に来てもらっても大丈夫?」
「仕上げですか・・・?はい、分かりました。西神さんにお待ちしてますと伝えておいて下さい」



※※※※※※※※※※※※※※※




「あと2日ね」
調理室でリンゴの皮を剥いていると、みくちゃんが声をかけてきた。
「そうだね。みくちゃんにはいっぱいお世話になっちゃったね、ありがとう。新しいレシピを憶えられたし、すごく楽しかったよ・・・って、未だ学園祭が始まってもいないのにこんな事言ったらおかしいね?」
あははっと笑うと、みくちゃんは安心したようにふわぁっと微笑んだ。
「・・・・よかった」
「ん?」
「スイちゃん、準備期間に入る少し前から元気なかったでしょ?何か考え込んでたり、見ていてすごく辛そうだった」
「あ・・・・えと・・・心配してもらってたんだ。全然気がつかなくてごめんなさい」
あの時は自分の中がいっぱいで、周りの人に心配をかけてるなんて気がつかなかった。
準備期間に入る少し前・・・
こんなに親しくなる前からみくちゃんは心配してくれてたの?
ただのクラスメイトなのに、優しいなぁ。


「謝らないで。アタシが勝手に見てただけなんだから」
「えと、じゃあ・・・心配してくれてありがとう。恥ずかしいな、私、自分のことばっかりだった。もっと大人にならなくちゃ、これじゃどっちが年上か分からないね?」
「・・・・・いつだって心配するよ。君の傷つく顔を見るくらいなら、いっそ僕が・・・」
俯いてボソボソと何か呟くみくちゃん。
何だろう??
神妙な顔をしてるけど。
「どうしたの?」
「え?あ・・・何でもないわよ?さ、準備、準備」
そう言うとみくちゃんは調理室の外へ行ってしまった。
どうしたんだろう??
変なの・・・



「そういえばさ、水波さんって美久の話し方について何とも思ってないみたいだね」
「せやな。怪訝な顔1つせんと、フツーに会話するオンナノコってインチョ以外じゃ初めてやわ」
みくちゃんが出て行った後、少し離れたテーブルでケーキの盛り付けの調整をしていた祐月くんと九重くんが話しかけてきた。
「あ・・・うん、別に・・・」
多分、みくちゃんにも事情があっての事なんじゃないかなって勝手に思ってたから。
話し方が人と少し違っても、そんなの個性だもんね。
この考え方自体は創司くんの受け売りだけど。
「美久って中1の時、大変だったんだよ」
「何かあったの?」
「色々あったんよ。話せば長い話を短く言うと、見た目で寄って来たオンナノコが次々に玉砕してったって話」
「?????」
わ、わかんない・・・



「ま、物事を上っ面だけで判断する人に美久は勿体ないけどね」
「見た目だけじゃなくて中身もええヤツなんやけどなぁ。なかなか分かってもらえへんのがホント残念やわ」
「分かるよ。親しくなって未だ1ヵ月も経ってないけど、優しくて繊細な人だって分かるよ。このクラスの皆に共通して言えるけど、自分の能力に誇りと情熱を持ってるってことも分かるよ。話し方だけで人の事を 判断するなんて、そんなの・・・」
「水波さん、人って大抵は表面で判断しちゃうものだよ。だって、その方が楽だもの」
いつものように穏やかで爽やかな祐月くん。
だけど、何処か冷めた口調で話している。
「ええやん、皆が皆分からんでも。ごめんな、みなみちゃん、つまらん話して。でも、みなみちゃんの考えを聞かしてもろてよかったわ。この場にミクがおったら喜んだと思うんやけど、肝心な時におらんのやから勿体ないことしたわ、アイツ」
「美久って要領とタイミングが悪いんだよね」
「そうなの?意外かも」
「そうや。例えば、好きになったオンナノコの名前を聞きそびれただけじゃなく、自分の名前も教えんかったとか・・・」



「アンタ達、スイちゃんの作業の邪魔してんじゃないわよ!!」
ガラっと扉を開けて入ってきたみくちゃんは、手近にあったスリッパを片手に持って九重くんの頭を叩いた。
スパーン!という軽快な音が調理室に響く・・・
だ、大丈夫かな・・・
「ほ・・・本気で叩きよった・・・」
「少し場を離れるとこれなんだから!余計なおしゃべりしてないで設営に行ってきなさいっ!!」
「はーい。じゃあね、水波さん」
「ほいじゃ」



調理室を出て行く2人を呆然と見送りみくちゃんを見ると、赤い顔で立ちつくしていた。
お、怒ってる??
「ご、ごめんね。おしゃべりしてて・・・」
「・・・・・・」
「みく・・・ちゃん・・・ごめんね・・・?」
恐る恐る手に触れると、はっとした顔をして、ざぁぁあぁっという音がしそうな程の勢いで後ずさりをされてしまった。
え、えぇぇ?!
「ご、ごめ、あの、スイちゃんは、悪くなくて、アイツらが余計なことを、えと・・・」
「も、もしかして、好きになった子の名前が・・・っていう・・・」



ボンっという音がしそうな程急激にみくちゃんの顔が更に真っ赤になった。
わ、わわわわわ!!
私、今、完全に地雷を踏みましたネ!
「ご、ごめん!もうしない。この話はもうしない!!」
慌ててそう言うと、みくちゃんは口の中で何かごにょごにょと言った後、深呼吸をして私の両肩に手を置いた。
「みくちゃん?」
「学園祭が終わったら・・・話すから。ちゃんと・・・話すから」
「え?あ・・・うん」
何を話すんだろう?と思いながら私は曖昧に頷いた。







「はじめまして、西神風眞です。本番前の忙しい時間にお邪魔してすみません」
「桜組の委員長の常盤です。衣装ありがとう御座いました。クラスの代表としてお礼を言わせて下さい」
「お礼なんていいんですよ。それじゃあ、早速ですが仕上げをしちゃいましょう。女子3人をお借りしますね、20分後をお楽しみに♪」
キラキラの微笑みで男子を一旦教室の外に追い出すと、風眞さんは更にニッコリと微笑んでカバンから箱を取り出した。
「さ、始めましょう。まずは・・・当麻さん・・・かしら?」
「え、あ、はい。ウチですか?」
「ええ、この間はチョーカーありがとう。早速着けさせてもらったわ」
「使ってくれてよかった!フーマちゃんも、ありがとうね。こんな可愛い格好できるなんて思わなかったからすっごく嬉しいよ」
「ふふふっ。そのままでも可愛いけど、私に仕上げをさせてね?」
風眞さんは和泉ちゃんを椅子に座らせると肩までの少し癖のある髪に大きめのカーラーを巻いていった。
「な、何??」
今までの優しい笑顔から一転して、風眞さんは静かで真剣な表情に変わった。



※※※※※※※※※※※※※※※




「お待たせしました。桜組の男子の皆さん」
風眞さんが扉を開けて男子を中に通すと、皆は私達を見てポカンとした顔になってしまった。
「何よ?」
「何や・・・ほら・・・孫にもヨイショ?」
「馬子にも衣装・・・って本人に言わすなぁ!!」
手近にあったお盆で力いっぱい叩かれている九重くん。
損な役回りだ・・・


ワインレッドの衣装の和泉ちゃん。
肩より少し上にクルっとカールした髪、オレンジ系のリップと目もとに少しのラメ入りのシャドウが明るくて元気な彼女の魅力を存分に引き出している。



「柊・・・その格好で居るの・・・?」
「はい、おかしいですか?」
「おかしいわけないよ。すごく可愛いよ。でも・・・」
「冥が可愛いと思ってくれるのなら、この格好でいさせて下さい」
「・・・・・」
複雑な表情の土浦くん。
「委員長って美人だよね。普段は全然飾らないから目だたないけどさ。あれじゃ冥も心配になるよ」
苦笑する祐月くん。
ははは・・・なるほど。


ビリジアンの衣装の常盤さん。
長い艶やかな黒髪のよさを生かしたいという風眞さんの考えで、仕事に邪魔にならないようにサイドの髪を編み込みにして後ろでまとめるだけにした髪型。
ローズ系のリップとグリーン系のシャドウ、長い睫毛を透明のマスカラでパッチリさせると、普段の物静かな大人っぽい表情じゃなくて清楚で可憐な魅力が引き出されている。



「可愛いわよ、スイちゃん。お人形さんみたい」
「ありがとう、みくちゃんもカッコいいよ!」
白いシャツに黒のパンツ、そして風眞さんから貰ったカフェエプロンを着けたみくちゃん。
その格好でリハーサルをしてもらったら誰も文句のつけようがない位カッコよかった。
動作がすっごい優雅で綺麗なんだ。


「スイちゃんって青が似合うのね」
「そうかな?好きな色だから、そう言ってもらえたら嬉しい」
「チョーカーも青ね。アタシと一緒」
「うん、お揃いだねっ」
笑ってお互いのチョーカーを見せあう。
すっかり仲良しになったなぁ。


因みに私の衣装はネイビーブルー。
髪は緩い三つ編みにして衣装と同じ布のリボンで結んでもらった。
メイクはパールピンクのリップと薄いブルーのシャドウ。
前にもつけてもらったんだけど、このリップの色、すっごく好き。



「おつかれ、初仕事だな」
「ふふっ・・・そうね・・・」
「・・・・・少し休もう」
「・・・・・・・」
「風眞さん?!」
創司くんに支えられるようにして立っている風眞さんは、少し顔色が悪く疲れているようだった。


「少し休めば・・・平気。粋ちゃん、笑って。笑顔は・・・最高の報酬なの・・・」
「西神・・・化粧師の能力を使っていただいたのですね。北杜センセイ、西神さんにはアレルギーがありますか?」
「いや、特にはないよ」
「分かりました。冥、これから言うモノを直ぐに調合して下さい。当麻さん、ラベンダーをメインにした精神安定のオイルを濡れタオルに数滴染み込ませて下さい。ミクさんは何か温かい飲み物を作ってください。安積くん、霧島くん、九重くん、祐月くん、水波さんは開場前の準備をお願いします。北杜センセイは暫く西神さんの様子を見てて下さい。以上」
全員に指示を出し、パンっと1回手を叩くと皆はそれぞれ自分のやるべき事へと動いた。
私もケーキの準備に入る。
風眞さん・・・早く元気になって・・・



「ごめんなさい・・・忙しい時に・・・」
「開場までは未だ充分に時間があるので気になさらないで下さい。はい、目薬です。これを点してこのタオルを目の上にあてておけば暫くすれば回復すると思います。落ち着いたらこのカップの飲み物をどうぞ」
「ありがとう」
「お礼を言うのはこちらです。メイクしてくれて嬉しかったです、本当です」
「よかった・・・明日も・・・やらせてね・・・?」
「・・・・・・はい、お願いします」



常盤さんから受け取った目薬を点してタオルを目に当てると、風眞さんは創司くんの肩を借りてクッタリとしてしまった。
「大丈夫よ、委員長のやる事に間違いないわ。それに、傍に一番信頼出来る人が居るんですもの、ね?」
「うん・・・・・」
みくちゃんのあったかい手が私の手を握る。
「西神さんの気持ちを大事にしましょう。彼女がアタシ達に頑張って欲しいって思ってくれてるのだから、アタシ達はそれに応えなくちゃ。最高の2日間にしましょ」
「うんっ!」
ぎゅっと手を握り返して時計を見る。
あと、15分。
いよいよ学園祭が始まる。









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