「今のところ体調に異常はないみたいでよかった」 「心配してくれてありがとう」 放課後。 私は風眞さんに会うために創司くんの家を尋ねた。 「創司くんに聞いたけど、化粧師の修行を始めたんだって?」 「修行・・・っていうのは大袈裟だけど、お母さんに化粧師の仕事を色々と教えてもらうことになったの」 「そうなんだ・・・・・どうして急に?」 「・・・・・・」 少し困ったような顔。 あまり話したくないのかな・・・ 「あ、いや、急にって事もあるある!!」 「・・・・・私は、私自身の可能性を伸ばしたいの」 「可能性・・・・・そっか、無理し過ぎないで頑張って!」 「ふふっ、粋ちゃんも創ちゃんも同じ心配をしてくれるのね」 「創司くんは何て言ってたの?」 「少しの無理は目を瞑るけど少しでも無茶するのはダメ!って。珍しく真面目な顔してたから今回はちゃんと言う事を聞いておくつもり」 「うん、ちゃんと言う事を聞いておくんだよ?絶対絶対、1人で何とかしようなんて背負いこんじゃダメだからね?私も出来る事があったら協力するんだから、遠慮しないでよ??」 「・・・・・ありがとう。ねぇ、粋ちゃん・・・・・何かあった?」 「う・・・・・・・・・」 「焔ちゃんの事」 「あ・・・・・う・・・・・・」 『焔さまの彼女は婚約者らしい』 『焔さまは噂に関して否定していない』 1日で高等部にまで広がった噂。 創司くんは私に何も言わなかった。 多分、気にするなって言っても気にしてしまうって分かってたからだと思う。 噂のこと。 彼女のこと。 焔くんのこと。 気になる。 気になって、そして、心の中に痛い感情が生まれてしまう。 イガイガでドロドロで汚い感情。 「私、焔くんに嫌われちゃったかもしれない・・・ううん、嫌われたと思う」 「・・・・・・どうしてそんな事を言うの?」 「それは・・・・・」 朝の出来事を話すと、焔くんの傷ついた哀しそうな目を思い出す。 どうして? どうしてあんな事を言ってしまったんだろう? 『焔くんを好きだなんて思った事ない』 「好き」 それは、何を意味する"好き"? 私は、本当は焔くんの事をどう思っているんだろう? 分からない。 分からなくて、痛い、苦しい、辛い・・・・・ 「ねぇ、粋ちゃん。余計な事かもしれないけれど、今の粋ちゃんの心の痛みの理由を知りたい?」 「えっ?あ・・・・・うん・・・・・」 小さく息を吐いて風眞さんがじっと私を見つめる。 な、何だろう・・・ 「嫉妬」 「嫉妬・・・・・って・・・う、うわぁぁぁぁ!!私、スゴく嫌な子だぁ・・・・」 ハッキリと言われてショックを受けてしまった。 自分の気持ちもよく分からないうちに嫉妬だけはするだなんて恥ずかしい。 「嫌な子なんかじゃないわ。感情があるんですもの、嫉妬だってするわ」 「でも、今までこんな気持ちになった事ないよ?こんな・・・汚い感情が自分にあるなんて・・・知らなかったもん・・・」 「それはね・・・・・・多分、粋ちゃんが焔ちゃんに・・・・・特別な感情を持ってしまったからだと思うわ」 「特別な感情・・・・・」 「恋愛感情」 「え、えぇぇぇぇ??!!」 「どういう事ですか?!」 「・・・・・・・」 「1番悔しいのは父さんなんだ、分かってやってくれよ」 新ブランド「ルナソル」の発表が無期限で延期になった。 理由は、ブランドイメージモデルの変更依頼に父さんが応じなかったから。 「西神が東雲のブランドにまで口を出してくるなんておかしいでしょう」 「ああ、おかしいな。だが、今は西神と問題を起こしたくない」 「・・・・・」 机の上に広げられたポスターを手に取る。 銀青色の髪、藍玉の瞳、雪のように白い肌、珊瑚色の唇。 儚げだけど見る人を引きつける強い魅力がある女性。 「青い月の光・・・・・癒しと未来への希望。空のメイク、聖さんの撮影技術、私のデザイン・・・それらは彼女の魅力を生かすほんの少しの力でしかない。彼女でなければダメなんだ。彼女以外に同じ事をしても完璧にはならない。ブランドイメージを壊すくらいなら発表なんてしない」 問題を起こしたくないが、イメージモデルの変更もしたくない。 ブランドの発表を無期限で延期にしてでも、自分の完璧を貫く父さんのプライド。 父さんのそういう所は嫌いじゃない。 「このポスター、頂いてもいいですか?」 「ああ、3種類あるから持っていくといい」 「ありがとうございます」 渡されたポスターを持って自室に戻る。 1枚目は雪の降る中で月を見上げる「彼女」。 2枚目は水面に映る月を見降ろす「彼女」。 そして、3枚目は月と太陽が交わる背景と見つめあう「彼女」と「僕」。 「発売されないなんて勿体ない、私も着たかったのになぁ」 「・・・・・・・」 とりあえず自由にさせているとはいえ、人の部屋に勝手に入って来るのはどうかと思う。 「それにしても良く出来てる。「彼女」にそっくりね」 「・・・・・・・」 西神茉莉が門の世界の記憶と能力を持っているのを僕が知っているという事を、彼女自身も知っている。 だから、彼女は記憶も能力も僕に隠そうとしない。 「彼女の中の「彼女」しか見ていない?それなら、「彼女」じゃなくなった彼女は貴方にとって意味がないのかしら?」 「そんな事はありません」 何を言おうとしている? 何を企んでいる? 「本当にそうかなぁ?ファルシエール様は違うと思うけど?」 「!!」 僕の顔を見ると、彼女はニヤリと笑って囁いた。 「戻してあげましょうか、「彼女」の記憶・・・・・」 恋 愛 感 情 ? ! わた、わた、私、焔くんの事、好き?! そ、そそそそそそんな!! 「す、粋ちゃん・・・」 「え、だ、うぇ??そ、そんなそんな、うわぁぁぁ!!!」 「落ち着いて、落ち着いてってば」 「ど、どどどどどどどどうしよう?!」 いつから?? いつから??!! わ、わわわわわわわわわ!!!! 「冷たいお水飲んで、ゆっくり息を吐いて」 「あ、りがと・・・」 氷の入った冷たいお水を一口飲んで、深呼吸深呼吸。 うーーー・・・・・少しは落ち着いた・・・かも・・・・ 「いつからとか、どうしてとか分からないわよね。恋って気が付いたら落ちてるものだから」 「風眞さんも?」 「え?」 「風眞さんも気がついたら創司くんを好きになっていたの?」 風眞さんと創司くんは小さい頃からずっと一緒に暮らしていたみたいだから、恋愛感情の境目ってすごく分かりづらかったと思うんだけど。 「そうねぇ・・・・・落ちていた・・・・わね。気が付いた時には誰よりも何よりも大切な存在になってた・・・あ、創ちゃんには私がこんな事を言ってたって内緒よ?」 ふんわりと微笑んで話す風眞さんは、とても綺麗だった。 これが、恋の力というものなのかな?? 「私の話はこれくらいにして、粋ちゃんね」 「う・・・・・」 「何か聞きたい事は?」 「ど、どうして嫉妬なんかしちゃったのかな。前に・・・・・失恋した時は・・・その・・・ショックはあったけど、自分の中で消化できたんだけど・・・」 創司くんの事を好きになって、風眞さんとの関係が分かって失恋して、熱を出したり泣いたりしたけれど今みたいな嫌な気持ちになることはなかった。 もし、私が焔くんに恋をしてるのだとしたら、どうしてこんな汚い気持ちを持ってしまったんだろう?? 「諦められない恋だから・・・・・じゃないかしら?」 「諦められない恋・・・・・」 「粋ちゃんが思っている以上に、その気持ちは育ってしまってたのね。強い気持ちが動けば痛みも強くなる、自分では抑えられなくなる・・・・・でもね、恋は痛いだけじゃないわ。優しくて幸せなものも沢山くれる。痛みが辛かったら、私でよかったら話して。粋ちゃんが私を心配してくれるように、私も粋ちゃんを心配してるんだから」 「風眞さん・・・・ありがとう、えへへ、お見舞いに来たのに心配してもらっちゃったね?」 「・・・・・・あのね、これから辛い事があるかもしれない。もっともっと苦しい気持ちにつぶされそうになるかもしれない。でもね、自分の本当の気持ちは見失わないで。そして・・・・・焔ちゃんを信じてあげて」 「・・・・・」 焔くんを信じる・・・ 創司くんも、風眞さんも同じ事を言う。 焔くん・・・ 私・・・ 「お願い、粋ちゃん・・・・・」 信じる・・・ 私の事を好きだと言ってくれる焔くんを・・・ 焔くんの気持ちを・・・ 「・・・・・うん」 信じる。 信じたい。 「記憶を戻す・・・そんな事・・・」 「不可能だと思う?私が竜の血を引かない唯の能力者だから?でも、今の私は貴方よりも能力面では上なんだけど?」 「・・・・・・」 確かに。 僕はあちらの世界での能力をほとんど使えない。 竜の血を強く引いている姉さんでさえ、人に影響を与える能力は使えなかったはず。 それなのに彼女は記憶操作を簡単に行っている。 何故・・・? 「貴方は別に水波さんなんてどうでもいいんでしょう?貴方の中のファルシエール様が水波さんの中の魂を求めているだけ」 「・・・・・・・」 「貴方に会ってから私も考えてみたの。こっちの世界で生きていくには別に貴方でも構わないかなって。将来的にも有望だし、見た目もいいしね」 「・・・・・・・」 「私が「彼女」の記憶を戻してあげる、その代わり、貴方は私に愛を捧げる。「彼女」という繋がりがなくなれば、あんなショボい娘は用済み、どうだってよくなるはずだもの」 「・・・・・・・」 「どう?悪くない話でしょう?」 |
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