みずのきおく・26






何だろう。
胸の奥がギスギスする。


「待って、待って下さい。粋さんっ!!」
後ろから聞こえる焔くんの声を無視して早足で歩く。
今、私はきっと酷く可愛くない女の子の顔をしている。


「・・・・・・・粋さんっ!!」
人気の少ない道に入って、後ろから腕をつかまれた。
でも、振り向くことができない。
「・・・・・・・」
「あの、勘違いしないで欲しいんです。あの人は・・・」
「別に・・・気にしてなんかいないよ。ちょっと・・・・・びっくりしたけど」
気にしてない・・・・・つもりだけど、胸の奥のギスギスとモヤモヤとした気持ちが取れない。
どうして?
自分で自分の気持ちをコントロールできない。


「僕の話を聞いてください。あの人は僕と関係なんてありません。変な噂が広がってますけど、あんなの・・・」
「・・・・・・・私に、何か言う権利ってあるのかな」
下唇を噛んで地面を見つめて呟く。
私は焔くんの彼女でも何でもない。
それに、焔くんへの気持ちもハッキリ出せていない。
「粋さん・・・?」
つかまれた手を振り払って焔くんと距離を取る。


「もういいよ。焔くんの話を聞いても、私には何もできないもん。焔くんと誰かが付き合っててもそんなの仕方ないもん」
胸のギスギスが酷くなっていく。
私、何でこんな事言ってるんだろう?
言葉で焔くんと自分を傷つけてるって分かっているのに。


「それに、噂が嘘でも本当でも・・・あんなに綺麗な子だったらいいじゃない。焔くんとお似合いだし・・・私なんかより・・・ずっと・・・」
「僕の気持ちを知ってるのに、どうしてそんな事を言うの?」
哀しそうな焔くんの声。
苦しい、苦しい、苦しい・・・・
「人の気持ちなんて変わるもん」
「変わらないっ!!」


背中からぎゅっと強く抱きしめられる。
「離して」
「・・・・・僕の気持ちは変わらない。僕は粋さんが好きで好きで・・・・・失う事を考えたら狂ってしまいそうな程に好きなんだ」
抱きしめる腕の力が強くなる。
背中に当たる焔くんの胸から鼓動を感じるくらい。
「気持ちの証明が必要?このまま口づけて身体を重ね合わせれば信じてくれる?」
「離してよ・・・」
「僕はね、すごく醜いものを持っているんだ。本当は、君を僕の檻に閉じ込めて僕以外の人の目に曝されることがないようにしたい。清潔な笑顔をしている僕の頭の中で、君がいつもどんな事をされてるか考えたことある?」
耳元で熱っぽい声で囁かれる言葉は、普段の焔くんからは想像できない事で。
少し・・・怖い・・・
「痛い・・・痛いよ・・・離して・・・」
「僕はね、君以外の存在はどうだっていいんだ。そう・・・世界だって犠牲にしても構わないくらい・・・」
「止めて、お願い・・・」




デンワだよ、デンワだよ




「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・出て・・・・いいかな?」
「・・・・・・・・・どうぞ」
ゆるゆると腕の拘束が解かれていく。
小さく溜息をついて、焔くんは少し離れた場所に下がっていった。



「もしもし?」
『粋ちゃん、今、平気?』
「風眞さん!!今、何処に居るの?」
『創ちゃんの家に戻ってるわ。心配かけてごめんなさいね』
「無事ならよかった。どうしたの?何かあったの?」
『・・・・・・今から、創ちゃんの家に来てくれるかしら。少し・・・話をしたいの』
「うん、分かった。じゃあ、直ぐに行くから少し待っててね」



「・・・・・・あ、あの・・・粋さん・・・」
「私、これから創司くんの家に行ってくるね」
「じゃあ、僕も・・・」
「焔、探したぞ。直ぐに家に戻りなさい」
「父さん・・・」
「皇さん・・・」
皇さんには珍しく少し乱れた髪。
この辺りで焔くんを探していたみたい。
「ああ、粋ちゃん、こんにちは。ごめんね、今日は焔を貸してもらっていいかな?」
「ちょ・・・待ってよ、僕は・・・」
「はい、あの・・・又、明日ね。さようなら・・・」
「粋さん・・・・・後で、連絡します」
「・・・・・・・・・無理しないでいいよ」
皇さんに会釈して創司くんの家へと向かう。
結局、焔くんとは目を合わして話せなかった。



焔くんは悪くない。
焔くんだって困ってる。
それは分かっているのに、優しく接してあげられない。
逆に酷い事を言って傷つけてしまった。
辛い。
でも、私は私の中で渦巻く嫌な気持ちをコントロール出来ない。
どうして?
こんな気持ち・・・知らない・・・。







それから私は急いで創司くんの家に向かった。
「悪いな、わざわざ」
「風眞さんは?」
「ん・・・・・とりあえず上がって」
リビングには天さんが何処を見ているか分からない様子で隅の方に立っていた。
・・・・・・あれ?
風眞さんは??
「風眞は奥の部屋で休んでる。空さんと母さんが傍についてるよ」
ん???
そういう時って創司くんが傍に居るのかと思ったんだけど。
「・・・・風眞さん、どうかしたの?創司くんが傍に居なくて大丈夫なの?」
「・・・・・いつもの発作とは違うから、俺は追い出されたんだ」
「いつもと違うんだったら、余計心配じゃない。風眞さんだって創司くんに傍に居て欲しいって・・・・」



「残念だけど、そうは思わないよ。今はね・・・」
「空さん?」
奥の部屋から少し疲れた顔の空さんと梨紅さんが出てきた。
「来てくれてありがとう、スイちゃん。フウマが話をしたいって言ってるんだけど、行ってあげてくれる?」
「え、ええ。でも、体調は・・・?」
「ちゃんと回復しましたよ。もしも、万が一の事があったら直ぐに私が行きますから」
「廊下を出て一番奥の部屋だから。・・・・・・・・フウマを・・・・よろしくね」
「はい・・・・・?」
どうしたんだろう。
どうしてそんなに辛そうな顔をしてるんだろう・・・







部屋のドアをノックして中に入ると、薄暗い部屋で風眞さんは椅子に座って頬杖をついていた。
「ごめんなさい、部屋が暗くて」
「ううん、大丈夫だよ。それより、疲れているんでしょう?横になっていた方がいいんじゃないかな」
「気にしてくれてありがとう、疲れはとれたから大丈夫よ。・・・・・・・少し、話をしていいかしら?」
「勿論」
すすめられた椅子に腰かけると、風眞さんは静かに話し始めた。
「前に話した事があったと思うんだけど、梨紅さんに助けてもらった時の私ってね、左目がダメになったまま放置されてたから目の周りの皮膚が壊死して酷い顔だったの。でも、今はそんなになっていたなんて分からないでしょう?」
「うん・・・・・」
女の子だもん、顔に残るような痕があったら辛いよね。
「・・・・・今から電気をつけるわね」
立ち上がって電気をつけた風眞さんは、俯いていた顔をゆっくりと上げた。
「あ・・・・・」





※※※※※※※※※※※※※※※





「ソウシくん、フウマの能力の事は知っているよね?」
「空さんと同じ化粧師の能力があるって事は知ってます。実際に使っている所は見たことありませんけど」
「使っている所は見た事がなくても効果は見ている、もう何年も・・・・そうでしょう?」
「・・・・・・・・はい」



風眞に化粧師の能力があるって気が付いたのは俺たちが7歳の頃だ。



風眞は生まれた時から左目を失明していたわけじゃない。
本当は・・・西神の家に無理矢理引き取られた後、2歳になるかならないかの頃に虐待による怪我が元で視力を失ったんだ。
その時に出来た傷の治療をされずに放置されていたせいで、俺の家に引き取られた時は眼球だけじゃなく目の周りの皮膚の壊死も酷かった。
未だ小さかったから皮膚の移植や整形手術はかなり上手くいった・・・けれど、いくら上手くいったと言っても手術の範囲が大きかったせいで皮膚の色とか引きつりは痛々しいほど目立っていた。


成長するにつれて、男だとか女だとか分かるようになって自分の顔をよく見るようになってから、段々と風眞は俯いて話すようになっていった。
俺も母さんも、それ以上に風眞はすごく辛い時期だったと思う。


ある日、見かねた母さんが空さんに連絡すると箱が1つ家に届いた。
中身は化粧道具と1冊のノート。
それらを風眞に持って行った時から、風眞の能力が明らかになった。


「イチかバチかだったんだけどね、フウマも化粧師だったのはラッキーだったとしか言えない。西神の血を引く者の全てが化粧師になれるわけじゃないから。まぁ、普通の人に比べてメイク技術が高いから、そういう仕事についてる人が多いけどね。化粧師と呼べるのは今、アタシと皐月さんとフウマの3人だけなんだ」
風眞は整形や薬でも治せなかった傷痕を、化粧師の能力で隠せるようになった。
そして、能力が使えるようになってから俺は1度も風眞の素顔を見たことがない。


「化粧師はね、集中力と精神力をバカみたいに消費する。自分の顔とか見知った人を相手にする場合はそうでもないけどね。アタシは特殊な体質だからそんなに酷く疲れはしないけど、普通の人だったら1日に2,3人のお客さんで限界じゃないかな。更にフウマの場合・・・・・左目が無い分、右目の視神経にかかる負担が大きい。1日1人を相手にするのでもやっとだろうね」
「風眞は能力を西神に明かしていません。本人も化粧師になるつもりはないって言ってます」
自分の身体の事を理解しているから、化粧師にはなれない。
風眞はそう言っていたし、俺もそう思っている。
正常な右目を酷使する事によって、視力の低下を招く可能性が高いからだ。
「うん・・・・・そうだよね。アタシも今までそう聞いていた・・・だけど・・・」
空さんの顔が暗くなる。
「空さん・・・・・」
隣に座っている母さんが気遣うように声をかけると、空さんは小さく微笑んで言葉を続けた。
「化粧師として西神の後継者になりたいって、さっきフウマに言われたんだ」
「そ・・・・んな・・・・・」





※※※※※※※※※※※※※※※





「これが、私の素顔。もう何年も誰にも・・・創ちゃんにも見せたことがないわ」
風眞さんの顔は、閉じた左目の周りの皮膚が他の白い肌と違う色をしていて、少し引きつっていた。
「未だ小さい頃に皮膚移植と整形手術をしてもらったから、この位で済んでいるの。でも、結構気持ち悪いでしょ?私も化粧師の能力があったから、普段は隠せているんだけど」
「どうして・・・・私に・・・・?」
「・・・・・・・私はこれからも私を隠し続けるけど、誰かに・・・ううん、誰かじゃない。一番大事な友達の粋ちゃんに私を知ってて欲しかったの。自分勝手な話でごめんなさい、こんなの見せられても困っちゃうわよね?」
普段の風眞さんにはない弱々しい笑顔。
普段の・・・・・普段の方が無理をしていたのかもしれない。



「困らないよ、風眞さんは風眞さんだもん。私の一番大事な友達だもん」
いつもとは逆に私の方から風眞さんを抱き締める。
柔らかくてお花のいい香りがする風眞さん。
「粋ちゃん・・・・・」
「顔の事はこれからも隠してて。女の子だもん、顔の傷は人に見られたくないよ。でもね、辛い気持ちや哀しい気持ちは我慢して隠さないで欲しい。泣いて楽になるなら泣けばいいよ、話して楽になるなら話せばいいよ。私も創司くんも、風眞さんが大事で大好きな人は皆、風眞さんの為に何か出来ればいいなって思ってるからね」
「粋ちゃん・・・・・あのね、覚えていてね。私は、粋ちゃんが粋ちゃんだから好きなのよ。他の誰も、粋ちゃんの代わりにはなれないの」
「風眞さん・・・・・?」
「今は分からないかもしれないけれど、覚えていて忘れないで」
その言葉にどんな意味があるのか分からない。
だけど、風眞さんの真剣な表情からとても大切なことだっていうのは分かったから。
「うん、忘れないよ。風眞さんも私が風眞さんのこと大好きだって覚えていてね?」
「ええ・・・・・ありがとう」







「心配かけたわね」
「・・・・・風眞」
風眞を心配する粋と空さんを母さんが送っていくといって家を出て行ってから、風眞はリビングに現れた。
今、この場に居るのは俺と父さん、そして。
「・・・・・・・・」
3人と入れ替わりに家に来た聖さん。


「お忙しい所を申し訳ありません。至急、お願いしたい事がありましたので」
「このメンバーって事は門の世界の話だろ?悪いけど俺は世界に関われないからさ、風眞ちゃんのお願いでも聞けないよ?」
天竜である父さんは世界に関われない。
それはルールだから仕方ない。
風眞も知っているはずだけど・・・


「どうやったのか分かりませんが、門の世界の能力と記憶を完全に持ったままこの世界に生まれ変わった人に会いました。西神 茉莉・・・・・彼女の能力は『記憶操作』・・・・・ブレイズ家の得意分野ですね」
「彼女・・・・・もしかしてあの噂の相手って・・・・」
風眞が頷く。
「門の世界でファルシエールに好意を持っていたブレイズ家の子よ」



「焔に彼女ができた」という噂が異様な速さで学園に広まった理由は分かった。
でも何でそんな事を・・・・・
「彼女が居るのに焔ちゃんと親しくする粋ちゃんを見て、周りの人はどう思うかしら?」
「・・・・・・そういう事か」
焔に好意がある人間のほとんどは、粋に対してあまりいい感情を持たないだろう。
バカバカしい話だけど、そんな事で嫌がらせをしてくるヤツも現れるかもしれない。
「嫌な方法で焔ちゃんと粋ちゃんの間を裂こうとしてきたわね。まぁ・・・これは未だ手始めって所でしょうけど。もう1つ、厄介なことがあるわ。西神の本家が彼女と焔ちゃんとの婚約の話を進めているの。目的は・・・・・・次代の化粧師を誕生させること」
「・・・・・・・・!!」





※※※※※※※※※※※※※※※





「天さんには、私達の周囲の人・・・梨紅さんやお母さん達が記憶操作されないようにして欲しいんです。梨紅さんの記憶が誰かの手で操作されるなんて我慢できませんよね?それに、お母さんに何かあったら・・・梨紅さん哀しむと思います」
「リクに手を出すようなおバカちゃんは、消しちゃってもいいんじゃないの・・・?」
「ダメ」
世界に関わるどころか犯罪だろうが。
何を考えてるんだ、俺の父上様は。
まぁでも、母さんが関われば父さんは確実に協力するからなぁ・・・


「お父さんは西神茉莉の生まれ変わりについて調べてくれませんか」
「ルールを無視した転生か・・・分かった」
竜の血を引かない普通の能力者が転生の目的地を選んだり能力や記憶を持ったまま転生するなんて通常では考えられない。
例え竜の血を引いていたとしても「完全」でいられるのは天竜以外不可能のはずだ。
ありえないが実際に起きてしまっているルール外の転生。
冥の能力を持っている聖さんなら何か手掛かりを掴めるだろう。




風眞の話が終わり、父さんと聖さんは外出してしまった。
「俺にお願いはないの?」
さっきは何1つ俺に話が振られなかったんだよなぁ。
「・・・・・・じゃあ、今まで通りでお願い。全てが終わるまで私は倒れるわけにはいかないから・・・」
裏を返せば、全てが終わったら倒れても構わない。
自分の体力をギリギリまで酷使して自分の出来る事をしようとしている。
「あのさ・・・・・これは俺の推測だけど、『風眞』を犠牲にしてこの世界の大事な人を救おうとしてない?」
「・・・・・・」
この場合の沈黙は肯定。
やっぱり・・・



「頑張り屋で我慢強くて少し不器用で・・・・・すっっっごく寂しがり屋の風眞さん、ちょっと俺を見てくれますか?」
「・・・・・・」
透きとおった翠の瞳に俺の顔が映る。
「俺って何の為にいつも傍に居ると思う?俺と風眞の中の門の世界の魂がお互いに求め繋がっているように、この世界の俺自身はこの世界の風眞と生きるために居るんだよ?人よりも少し違った能力を持っている事も、風眞の助けになる為なんだよ?えーと、もっと頼ってって言ってもきっと無理なんだよね、今までの経験上。だからさ、俺からお願いする。俺の存在意味を作って欲しい」


瞳に映る俺の顔がユラリと揺れる。
「そう・・・ちゃん・・・」
「はいはい?」
「お願い・・・・私・・・達を・・・・・・助けて」
がくりと力が抜けて震える身体を支える。
「了解デス。本気出しちゃうから安心して、今日はとりあえず眠りなさい・・・ね?」
胸元に押しつけた顔を離して俺を見上げるその額に軽く口づけると、泣きそうな顔をして風眞は静かに目を閉じた。









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