みずのきおく・22






小さな女の子の声がする。
「いっちゃだめなの、いかないで」
泣きながら繰り返し繰り返し・・・



いかないで



いかないで



いかないで、おかしゃま・・・・





◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆





「・・・・・・・」
「気分はどうですか、粋?」
「・・・・・・・おと・・・うさん・・・?!」
穏やかな笑顔。
優しい雰囲気。
聖さんにそっくりだけど・・・お父さんだ。
「お父さん!!」
ベッドから起き上がってぎゅうっと抱きしめてもらうと、石鹸のいい匂いがした。
あー・・・お父さんの匂いだ・・・
「久しぶりに会ったら、甘えん坊さんになってしまいましたか?」
「甘えん坊は前からだもん。お母さんと藍ちゃんは?2人も一緒に日本に来てるんでしょう?」


私が記憶している限り、お父さんは1人で一泊以上する外出をした事がない。
何処かに泊まる事になるようなら必ず家族を連れていく。
・・・・・だから、高校入学で半年も私が1人で住むのをほかでもないお父さんに薦められた時、お母さんと私はすっごく驚いたんだよね。
まぁ、後から創司くんに一緒に住んでもらうようにお願いしてたからだって分かったけど。


「未だスイスに居ますよ、今回は私だけ来たんです」
「そ・・・・う・・・・なんだ??」
珍しい・・・
っていうか、何で此処に居るんだろ??
此処って焔くんの家だよねぇ??




「粋ちゃん、気がついたのね!!」
「何処も痛くないか?気分は?」
「粋さん・・・・」
私とお父さんの話し声が聞こえたからか、3人が部屋に入ってきた。
3人ともすごく心配そうな顔で・・・・あ、あれれ??
風眞さん・・・泣きそうな顔になってる!?



「ご、ごめんね!心配かけちゃって・・・全然大丈夫だから、本当、ほらほら・・・・」
ベッドから降りようとした瞬間、グラリと頭の中が揺れた感じがして全身にうまく力が入らない事に気がついた。
お、おかしいな・・・
「ば、こら・・・急に動いたりしたらダメだって。5日間、眠りっぱなしだったんだから」
「えぇ?!」




撮影後、意識を失った私はそのまま今日まで5日間も眠ったままだったらしい。
下手に動かすのは危険だからって、ずっと焔くんの家に居たわけで・・・
うぅ・・・・・又もや迷惑をかけちゃった・・・
「そんな顔しないで下さい、誰も迷惑だなんて思ってませんからね」
「おとうさん・・・」
そうは言ってくれても・・・・お父さんは私には甘いから・・・



「そうよ、誰も迷惑だなんて思ってない。本当よ・・・?」
ぎゅうっといつものように抱きしめてくれる風眞さん。
・・・・いつものように、だけど少し力が強い。
「風眞さん・・・?」
「・・・・・・・」
わずかに肩を震わせて・・・・・泣いてる・・・?
「風眞さん・・・・・ごめんね、心配かけてごめんね・・・・」





「あ・・・・・俺達は外に出てるから。落ち着いた頃に又な」
創司くんが焔くんを促して部屋を出ていく。
「じゃあ、私も少し出ていますね。大人達と話をしてきます。風眞さん・・・・・ありがとうございます」
続いてお父さんも外へ。
2人だけになった部屋。
風眞さんは無言のまま。
「・・・・・・風眞さん」
私を抱きしめてくれている風眞さんの背中をそっとさすると、風眞さんは声を上げて泣き始めた。
「・・・・・・・目を覚まさなかったら・・・・どうしようって・・・・よかった・・・・」
「ありがとう・・・・いっぱい心配してくれて・・・・」
心配をかけてしまった事は申し訳ないけど、こんなに心配してくれた事が嬉しかった。
そして、知り合った時間は関係なく私にとって風眞さんはかけがえのない友達になっていたんだと今さらながらに感じていた。







「失礼しますね」
僕たちより少し遅れて応接間に入ってきた粋さんのお父さん、征さん。
聖さんの横に並んで座ると間に鏡があるようにそっくり・・・だけど、雰囲気が全く違う。
無表情で冷たい雰囲気の聖さん。
ふんわりと微笑んで温和そうな雰囲気の征さん。
こうして見ると、双子といっても姉さんと粋さんのそれぞれのお父さんだって分かるなぁ・・・。



「お前、相当怒ってるだろ」
隣に座る征さんをちらりと見て聖さんが声をかけた。
「そうですねぇ・・・・」
相変わらず穏やかな表情。
本当の感情が全く読めない。



「この度は申し訳ありませんでした。私の不注意で粋さんを危険な目に合わせてしまい、何とお詫びをすればよいのか・・・」
「皇さんが謝る必要はありませんよ、私は私の読みの甘さに少々怒りを感じているだけですから」
すうっと目を細め、自嘲気味に笑う征さん。
読みが甘かったって・・・どういう事?
疑問に思う僕の顔を見て、征さんは話を続けた。



「粋が1年遅れの学年になっている理由を聞いた事がありますか?」
「帰国子女だからではないんですか・・・?」
長い海外生活をしていた人は1学年遅れたクラスに入るというのは結構普通の話だけど。
他にも何か事情があるんだろうか・・・?
「粋は7年前、今回のように眠り続けていた事があったんです。半年もの間・・・」
「えっ・・・・・?」







征さんは静かに話し始めた。
7年前に何かあったのかを・・・


「私達は7年前まで日本に住んでいました。その頃、ちょうど妻が2人目の娘を妊娠していて定期検診で病院に通っていたんです。普段は私も付き添っていたのですが、その日は仕事の都合で病院に行くのが遅くなりそうだったので粋が学校帰りに病院に寄ってくれる事になっていました。そして・・・・・」
一度言葉を切ると、征さんは深く息を吐いた。
「嫌な予感がしたので仕事を早く切り上げて病院に行くと、妻が必死になって粋を探していました。病院の受付に聞くと粋の姿を見たけれどいつの間にか居なくなっていたと・・・・・」


征さんの表情を見ると何となく想像できる。
粋さんは迷子になったとか自分で何処かに行ってしまったんじゃない。
「使える手段は全て使ってようやく粋を見つけられたのがその日の深夜。狭い車のトランクに閉じ込められて・・・あの子は昔から暗い所が苦手なので余計に恐怖が増したのでしょう。ショックで気を失ったまま、何をしても目を覚ます事がありませんでした」
誘拐されかけただけじゃなく、そんなに酷い目に合わされていただなんて・・・


「犯人は?」
「分かりません。何となく見当はついていますが・・・見当がついているからこそ私達はその時は逃げなければならなかったんです。そして、私は妻と眠ったままの粋を連れてスイスに移住しました」
「スイス・・・・・あぁ、征さんの能力を生かすには適当な国ですね」
北杜さんの言葉に征さんが頷く。
「そういう事です。移住して半年後のある日の朝、粋はようやく目を覚ましました。でも、事件のショックで声を失っていました」
笑う事、話す事、歌う事が好きな粋さん。
その彼女が声を失うというのはどれ位の苦しみだったのだろう。


「それから2か月後、下の娘の藍が産まれました。そして奇跡が起きました。産まれたばっかりの小さな手が、粋の指を握った時、「おねえちゃんだよ」と自然に声が出るようになったのです」
「粋さんに関して聞きたい事があるのですが、いいですか?」
話を聞いていて、少し疑問に思う所があった。
「どうぞ」
「もしかして、粋さんはその事件の記憶を無くしていませんか?あと、そんな事件があったのに粋さんを1人で日本に来させた理由を教えて下さい」
そんなに恐ろしい目にあったのなら、1人でいる事が怖くなったり他人と接するのが怖くなったりするのが普通だろう。
それなのに、粋さんにはそんな様子が見られない。
そして、粋さんをとても大事にしているであろう征さんが、自分の目の届かない場所に半年も1人で生活させる(北杜さんが一緒だけど)なんて不自然だ。







「答える前に逆に聞きたいのですが。焔くん、創司くん、貴方達は「記憶」について何処まで知っているのですか?」
「!?」
「何処まで・・・って・・・」
征さんが言おうとしている事。
それは・・・


「大丈夫です、さっきの話の途中から皇さんと空さんには聞こえていません。だから、話しても大丈夫ですよ。火聖神、地聖神としての記憶を」
「俺達がどんな存在なのかは、分かっているんだろう?」
征さんと聖さんの身体が銀色の光に包まれる。
人であって人でない、恐ろしく強い威圧感。
実際に目の前にすると身体が強張ってしまう・・・


「俺達と同じくあっちの世界の魂の欠片を持った者、固有名で言えば白竜ですよね?俺の父さんと違ってこっちの世界では完全じゃない・・・だから、能力の使用も時間も限られている。完全な白竜ならば自分の大切な者を脅かすモノなんて存在自体を簡単に消し去る事が可能なのに、それが出来ない。父さん・・・天竜は世界の制約を受けないし、能力も際限なく使用できる。だけどあの人は世界の制約を受けない代わりに世界に関わってはいけない。敵にも味方にもならない・・・・・という事は分かってます」
「・・・・・思っていた以上に理解していて驚きましたよ」
「アマネの子供とは思えんな」
「そこまで分かってるって事です。「記憶」が何処まであるのか大体見当は付きますよね?」
北杜さんは「あっちの世界」と「こっちの世界」のどちらの情報もかなり理解している。
普段の姉さんとの絡みからは想像できないけど実は頼りになる人なんだよね。


「貴方達の考えている通り今の粋には事件の記憶がありません。しかし、記憶自体は粋の中に未だ残っています。この世界の私の能力では事件の記憶の時を粋の中に凍結させる事しか出来なかったのです」
「では、何かのきっかけで思い出してしまう可能性が・・・」
「ゼロではありません」
征さんの声は穏やかだけど、哀しげだ。
完全な能力があれば、事件そのものの時を無くす事だって出来るのに。


「事件の記憶とあっちの世界の記憶。粋には自分自身で分からない2つの記憶が競合してしまってる……その不自然さが粋の身体に影響を及ぼすかもしれない。だから、俺達に接触させる事によって出来るだけ自然な形であっちの世界の記憶を引き出させてバランスを取ろうとした……って事ですか」
「そうです。特に焔くん、貴方と関わる事で大きな変化が起きるはずだったのです……が…」
「・・・・・」
僕は粋さんに会った瞬間に「彼女」だと分かったのに、粋さんは僕の事が分からなかった。
少しずつ断片的な記憶は夢で見ているようだけど・・・


「気になる事があるんです。少し前、粋が記憶を見た後に「私は裏切られた」って言ってました。でも、その意味が俺達には分からないのです。俺達の記憶の中では、水聖神は・・・シイラは俺達が気が付いた時には既に魂を送られてしまっていました。何が彼女を裏切ったのか、それとも・・・」
「誰かが記憶を書き換えたのか・・・ですね。分かりました、私達の方でも調べてみましょう」


門に組み込まれ、ただの魔力の供給源になってしまった身体。
薄く開いた瞼の奥の光を宿さない瞳。


「僕」の記憶で何度見ても胸が締め付けられる場面。


「これからの事を・・・話しませんか。粋さんは僕達と違って記憶の整理が出来ていないのですから、酷く混乱すると思います。記憶の内容も・・・シイラしか知らない最後の部分が特に・・・辛いでしょうから・・・」


僕は「僕」のために「彼女」の記憶を引き出さなければならない。
粋さんが望む望まないに関係なく。
それが粋さんを苦しめると分かっていても。
他の何のためでもなく、僕は粋さんのためになる事なら何でもしたい。
請け負える苦しみなら全て請け負っても構わない。


「次に大きな動きがあるとすれば今年の秋、9月以降になると思います。勝手な話ではありますが、それまでの間は出来るだけ普通の生活をさせてあげたいのです」
「えぇと、それはつまり・・・」
「9月まで一緒にスイスに戻ろうと思っています。貴方達と離れている間はあちらの世界の記憶に変化は起きないはずですし、私の能力が強く発揮できる土地にいれば凍結された記憶が戻る事もありませんから」
「・・・・・」
9月まで・・・
2か月近く会えない・・・?
「焔くんには本当に申し訳ないと思っています。ですが・・・」
「・・・・・大丈夫です、粋さんのためですから。離れていてもいつも思っていますし・・・それに、離れている間に自分を磨く努力をします。告白した時に粋さんが迷わずオッケーしてくれるように」
「娘を溺愛してる父親の前でよく言えるもんだな」
「いずれ越えなくてはいけない壁ですもん、ね?」
ニコッと笑うと、征さんも同じようにニッコリと微笑んだ。
「怖ぇぇ・・・」
ぼそっと呟く北杜さんの声は、とりあえず聞こえなかったことにしておこう。







「私もスイスに行くの?」
「えぇ、9月になったら一緒に日本に戻りましょう」
「そっかぁ・・・」
折角仲良くなれたんだし、夏休みは皆といっぱい遊ぼうと思ってたんだけどな・・・
「残念かもしれませんが・・・」
「ううん、お母さんと藍ちゃんにも会いたいから。じゃあ、行く準備しないと・・・ってその前に、皇さんと空さんにお世話になったお礼を言ってこないとね」


客間を出て2人を探していると、バッタリと焔くんに会った。
ま、まぁ・・・焔くんの家だし・・・
「もう歩いても大丈夫なんですか?」
「うん、あ・・・えと・・・色々と迷惑をかけちゃってごめんなさい。あと、ありがとう」
「僕は、粋さんが無事ならいいんです。それに迷惑だなんて思っていませんよ?逆にずっと家に居て欲しいです。粋さんと1つ屋根の下で暮らす生活・・・憧れちゃいます」
「あぅ・・・」
ふわぁっと背景に花びらが舞うキラキラ笑顔。
私にでさえ分かるストレートな愛情表現。
この前の告白未遂(?)から何だかドキドキしちゃう。
私って本当に単純・・・。


「暫くスイスに行くそうですね」
「もう聞いたんだ?そうなの、皆と遊んだり出来ないのは残念だけど家族に心配かけられないし・・・」
じっと目を合わせて話しているのが何だか恥ずかしくて視線を逸らすと、焔くんは私に近寄ってぎゅっと抱きしめた。
う、うわぁぁぁ!!!
「ねぇ、粋さん。本当はね、僕は行って欲しくないんです。直ぐに駆けつけられない所に貴女を行かせたくないんです。こうして腕の中に閉じ込めて離さないでいられたら、どんなにいいでしょうね・・・」
「あ、あ・・・えと・・・」
モジモジバタバタして顔を上げると、赤茶色の瞳が優しく・・・少し熱っぽく見降ろしていた。
わ、わわわわわ!!!
もしや!
ま、また・・・チューとかされちゃう?!
ぎゅっと目を閉じると、焔くんの上体が前かがみになって・・・か、顔が近づいてきてる気配が・・・
心の準備、心の準備。
こ、こんなの軽いスキンシップですよ。
ええそう、うんうん。




*******************




「え・・・と・・・?」
額に一瞬柔らかい感触が???
「すっごい緊張してましたよね」
「う・・・・・」
おでこに軽く、チュッという感じで。
はぁ・・・びっくりした・・・・
「今はこれで我慢します。僕ってオトナでしょ?」
「・・・・・知らないもん」
余裕だぁ・・・
私ばっかり変に緊張して・・・・・恥ずかしいよ・・・



「でもね、9月になったら我慢出来るか分からないですよ?姉さんに負けないくらい沢山熱烈愛情表現をしちゃうかもしれません」
「えぇっ!?」
「戻ってきたら1番に会いに行きますからね?約束です」
「や、約束・・・」
風眞さんに負けないくらいの熱烈愛情表現って・・・
男の人と女の人って違うのに分かってるのかなぁ?



ぽやんとそんな事を考えてる私。
焔くんを男の人として考え始めていたのに気がつくのは、もう少し後のことだった。









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