そもそもの始まりは、約20年前。 空さんと皇さんが許婚となった時から。 当時、空さんは14歳、皇さんは15歳。 そして、西神家の当主の皐月さん・・・大叔母さんは37歳だった。 皐月さんは、20歳以上年下の皇さんに好意を持っていた。 だから、若くて美しい空さんを妬み憎んで家から追い出してしまった。 追い出された空さんは東雲系列のアパレル会社でモデルとして働き始めた。 そこで、出会ったのがカメラマンの聖さん。 空さんと聖さんは恋をして、やがて子供ができた。 そして産まれた子が風眞さん。 空さんが16歳の時。 皇さんは子供がいてもいい、許婚の関係を解消したくないって言ってきた。 聖さんは空さんと風眞さんの幸せを考えて、空さんと結婚をしなかった。 そこでそのまま空さんと風眞さんが東雲の家に行っていれば問題は起きなかった。 けれど・・・ 皐月さんは空さんを東雲の家に嫁がせるための条件を出してきた。 1つは風眞さんを自分の養女にすること。 空さんとはもう2度と会わない、口にも出さないと無理矢理約束させて。 そして、もう1つが・・・・・・ 自分と皇さんの子を体外受精させて、空さんに産ませること。 そして産まれた子が・・・・・・焔くんだった。 焔くんが家に帰った後、風眞さんと創司くんは自分達が知ってる事を話してくれた。 「俺の母親と空さんは仲がよかったんだ。でも、子供が産まれてから空さんと連絡が取れなくなって3年が経って・・・ようやく事情が分かった。それから直ぐに母さんが西神の家に風眞の様子を見に行くと・・・・・」 創司くんの顔が辛そうになる。 「・・・・・生きているのが不思議なくらいだったらしいわ。左目はダメになったまま放置されてたから酷い顔、発作を起こしてもロクな治療を受けさせてもらえなかったし、栄養状態が悪くて普通の子よりもうんと成長が遅れてた。2歳を過ぎても歩けなかったんですって。梨紅さん・・・創ちゃんのお母さんが頭を下げて「自分に治療をさせて欲しい」ってお願いしてくれたから今の私が在るの。感謝してる・・・すごく」 時は流れて。 空さんのように美しく成長していく風眞さん。 それに強い憎しみを抱く皐月さん。 まるで、白雪姫の継母のように・・・ 「・・・・・」 涙が止まらない。 皐月さんは酷い事をした。 だけど、皐月さんも・・・理由がなく酷い事をしてたわけじゃない。 『恋は幸せだけど苦しくて思い通りにいかなくて・・・難しい、ね』 前に空さんが話していたことは、自分自身の事だけじゃなくて皐月さんの事も言っていたんだ。 出口のない一方通行の心は迷って迷って・・・歪んでしまった。 歪んだ心は人を傷つけ更に歪んでいく。 終わらない。 心の中の無限の迷路。 「私達のドロドロした部分に巻き込んでごめんなさい」 「あやまらないでよぉ・・・はなしてくれて・・・ありがとぉ・・・」 思い出すのも辛いと思うのに、話してくれた事が嬉しかった。 風眞さん・・・ 一夜明けて、外は未だ雨。 風眞さんと創司くんは朝から西神の家に行った。 何か大切な話があるみたい。 留守番をしながら昨日の話を思い出していると、1つだけ気になる事があった。 聞けば本当の事を答えてくれるだろうって人の確信はある。 でも、本当の事を知ってしまっていいのかが分からない。 もし私の考えが正しいとしたら・・・あの人の心の傷は更に深くなるだろうから。 ピンポーン チャイムの音。 お客さんのわけないし・・・宅配便? 「はー・・・・い・・・・!!」 ドアを開けて、そこに居た人達は・・・ 今年57になる大叔母の見た目は綺麗。 梨紅さんに作らせた薬で肌は30代のようだし、西神家の能力「化粧師」を自分のために最大に使っているから見た目だけは本当に文句のつけようがない。 大叔母の2卵生の双子の兄、私のお祖父さんに当たる人は写真でしか見た事がないけれど男の人とは思えないほど綺麗な顔だった。 でも、妹である彼女は平凡な顔だった。 幼い頃から双子の兄と比較されていたけれど、兄の事は尊敬・・・崇拝していたらしい。 だから・・・ 兄が仕事で数年滞在していたドイツから帰国してきた時に連れて帰ってきた娘・・・兄に似て美しい姪を逆に憎んだ。 自分にないものを持っている、兄の娘。 美しく、それを誇らない、誰にでも愛される、自分の理想像。 「話って何かしら。手短に済まして頂戴」 目の前に座る女帝と呼ばれる人。 美しさを何よりも尊び、憎んでいる人。 哀しい人・・・ 「私との養子縁組を解消してください。書類は用意してあります」 イチかバチかで書類を目の前に差し出す。 「・・・・・・いいでしょう。私も別に好きで貴女の養親をやっていた訳ではありませんから。貴女ももう16ですし、身体を売るなり何なりして勝手に生きていけるでしょう」 本当に、哀しい人。 「・・・・・」 署名のされた書類を確認した後、それを創に渡して立ち上がる。 「もう貴女に会う事もないでしょうね」 嬉しそうな声。 それならもっと早く解放して欲しかったわ。 「1つ聞いていいですか」 「1つだけならいいでしょう」 「西神の後継は?」 「焔さんになってもらいます」 隣に黙って座っていた焔ちゃんの手を握って嬉しそうに答えている。 ・・・・・やっぱり。 ここ暫く一緒に居て、欲が出てきたって事ね。 「無理ですね」 「な・・・そんな事ないわよね、焔さん?貴方は私を自分の母親だと納得して、懐いて・・・」 懐く? どこをどう勘違いしたらそう思えるのかしら。 「貴女は僕の母親なんかじゃありません」 「焔ちゃん・・・」 「焔さん・・・何を・・・」 静かに冷たい声で話し続ける焔ちゃん。 大叔母は彼のこんな姿を見た事がないから唖然としている。 「DNAレベルの母だとか、産みの母だとか関係ありません。僕の母さんはこの世に1人、それは貴女じゃありませんよ、西神の女帝」 「そ、そんな、そんなの・・・違う、違うわ!貴方もあの淫乱女に騙されているの!!貴方の母親は私、貴方は私と皇さんの・・・」 「違いますよ、皐月さん」 柔らかい男の人の声。 「父さん・・・?」 「皇さん・・・」 そして、皇さんの後ろに居るのは粋ちゃんと・・・・お母さん・・・ 「息子が迷惑をかけたみたいですね、すみません」 「い、いいのよ、そんなの。この子は私の息子でもあるんだもの。それより、空・・・どうして貴女が此処に・・・」 「・・・本当の事を話しに来ました。ホムラ、フウマ、ソウシくん・・・・・そのまま聞いてて」 「本当の事?」 本当の事・・・ もしかして・・・・・ 「焔は体外受精しましたが、母親は空です。DNA鑑定でも何でもしてくれて結構です。そうすれば分かると思いますが、焔と貴女との血の繋がりは風眞ちゃんと同じ程度のはずですよ」 「そ・・・そんな・・・嘘、約束はどうしたの?!私は・・・」 皇さんの顔は優しく穏やかだ。 だけど・・・ 「私の愛する女性は唯1人。そして、愛する女性以外の子を作る気はありません。だから、空以外の女性と私の子なんていないんです。貴女と約束したのは「1人目の子は体外受精させる」という事だけですよ?」 そう言うと愛しそうにお母さんを抱き寄せた。 はっきりと分からせるように、見せ付けるように・・・ 「嘘・・・嘘・・・」 信じられないという顔で床に崩れるように座り込む大叔母。 それを見て創ちゃんが呟く。 「あんな優しそうで人のよさそうな見た目に皆騙されるけど、オッサンはあの東雲のトップに立っているんだ。自分の意思は通すし、大事なモノを守る為に容赦なんてしないんだよな・・・」 抜け殻のようになってしまった皐月さんを置いて、私達は西神の家を出た。 皐月さんは・・・一瞬のうちに老け込んでしまった。 こんな結末でよかったのかな・・・ さっき家を訪ねてきたのは皇さんと空さんだった。 2人は焔くんの最近の様子のおかしさが気になっていてコッソリ調べていたみたい。 何かを決意したような顔で今朝早く西神の家に行くのを見て、「本当の事」を話すために風眞さんを連れて西神の家に行こうと家に来たら・・・・・で、今に至ってる。 私が気になっていたのは、焔くんは本当に空さんの子じゃない?ってこと。 焔くんはどちらかというと皇さんに似ているから見た目ではハッキリと言えないんだけど、仕草とかちょっとした表情とかは空さんに似ていると思ってた。 それは後天的な物だといえばそうだけど、でも、ほとんど血が繋がってないなんて考えられなかった。 「いつか自分が体外受精だったって知る時が来たら、そうでなくても成人したら本当の事を話そうと思っていたんだが・・・」 「・・・・・すみません」 項垂れる焔くんの頭を優しく撫でる皇さん。 本当に大事な大事な息子って思ってるんだろうな。 「フウマ・・・・」 「・・・・・・・はじめまして、お母さん。ふふっ、お父さんも皇さんも超メンクイなのね。若い頃の写真はお父さんが沢山持っていたから見てたんだけど、あんまり綺麗だから合成かと思ってたの。実際いるのね、こんなに綺麗な女の人って。びっくり」 「フウマ!!」 「お母さん・・・」 優しく抱き合う2人。 16年かかって、やっと会えた2人。 よかった・・・本当に・・・ 「風眞ちゃんは西神と縁を切ったんでしょう?これからどうするの?」 「西神と・・・というか、大叔母の養子である事を解消しただけです。未だ西神の姓を使いますし、保護者は父が居るので大丈夫です。大叔母が何処までちゃんと読んだか分かりませんけど、書類は此処にありますから」 「本当は直ぐにでも北杜の姓を使って欲しいんですけど、法律がねぇ・・・俺の戸籍データ、ちょちょっといじってみるかなぁ・・・」 「・・・・・・・」 ふぅ〜と溜息をつく創司くんと、呆然とするその他一同。 「え?俺、何かおかしい事言った?」 「ううん・・・ちょっと、このタイミングを突いてくる創司くんに感心してただけ・・・」 「粋ちゃんには沢山助けてもらったね、ありがとう」 「え?私・・・何もしてないですよ?!逆に話を混乱させただけ・・・では・・・」 美両親と美姉弟の視線が私に集まり、ドキドキしてしまう。 本当に何もしていないのですが・・・ 「フウマの心を支えてくれたのも、ホムラがギリギリの所で憎しみに流されなかったのも、すいちゃんのお陰だよ」 「粋ちゃんが居なかったら、大叔母の言葉に潰されていたかもしれない。心を許せる友達が出来て・・・本当によかった・・・」 「粋さんが居なかったら、あの人にもっと酷い事をしていたと思います。憎しみは憎しみしか生み出さないという事も気がつかないで・・・」 ぎゅうっと空さんと風眞さんに熱烈抱擁される。 美女と美少女に熱烈抱擁・・・世の中の男の人のロマンの中心に居る私・・・ 「大好きよ、粋ちゃん」 「・・・・・私も、大好き!!」 笑顔で見上げた雨上がりの空には、大きな虹の橋が架かっていた。 「おとーさん、おかーさん!!」 「おにーちゃん、おねーちゃん!!」 東雲家に到着すると、玄関先で待っていた双子ちゃん達が駆け寄ってきた。 「みんないっしょ」 「おねーちゃんもいっしょ!!」 ゆうきちゃんとのぞむくんは分かっていたんだ。 そういえば私は「すいちゃん」なのに風眞さんには最初から「ふーまおねえちゃん」って言ってた。 うーん、ミラクル双子パワー。 「姉さん・・・か。僕も西神さんをそう呼んだ方がいいんでしょうか」 風眞さんにジャれる2人の様子を見ながら焔くんが呟く。 「・・・そうだね。慣れたら・・・そう呼んであげたらいいんじゃないかな?」 美姉弟、美姉弟、美姉弟・・・・うぅ〜ん、目の保養。 「粋さん」 「ん?」 「来週末、中間が終わるんですけど・・・その・・・」 ごにょごにょと口ごもってる。 はて? 「中等部の中間が終わったら、水泳大会だってさ」 「え?そうなの?!」 「粋ちゃん、泳ぐの好きだって言ってたわよね」 「うん、大好き!!」 「・・・・・・・・・はぁ」 ガクリと溜息をつく焔くん。 「焔くんは泳ぐの苦手なの?」 「いえ・・・普通には・・・・・」 はてはて?? 軽く落ち込んでる? 「水泳大会は6月末だったね。じゃあ、私もスケジュールを調整して見学に行くよ」 爽やかな笑顔の皇さん。 素敵笑顔デス!! 水泳大会、がんばりまっす!! 「変な事を考えてたら、お仕置きだからね・・・」 「是非来ないで下さい、エロオヤジ」 「「おとーさん、えろおやじなの?」」 ???? 「見なくていいのよ、粋ちゃん」 「あれは東雲一家特有のコミニュケーションだから・・・」 風眞さんと創司くんは私の肩をポンポンっと叩いて、東雲一家の様子を遠い目で見つめる。 「はぁ・・・・あ!!!」 こんなタイミングで何ですが。 言わねば言わねばと思っていた事、今こそ言わねば。 「焔くん!!」 「はい?」 「こ、この前、体育祭の時・・・酷い事言ってごめんなさい!!」 がばっと頭を下げると、焔くんが近づいてきて私の前で立ち止まった。 「・・・・・気にしてなんかいませんよ。でも、粋さん、気にしてくれてありがとうございます。顔を上げてくれませんか?」 顔? 頭でなく? 言われた通りに顔を上げると・・・ 「ちゅーしたっ!」 「おにーちゃん、すいちゃんにちゅー!!」 「ははは、焔も盛んだなぁ」 「若いねぇ」 「・・・・・・・脳内ピンク小僧」 「いいなぁ・・・・」 「!!!!!!★☆★☆★☆★☆★☆!!!!!!」 ちゅー・・・・されました・・・ みんなの前で・・・ 口に・・・・ちゅう・・・ 「謝らないでいいですよね?」 キラキラの天使の笑顔。 う、う、う・・・・ 「ほむらくんの、ばっかぁーーーー!!!!!!」 その場から、私は(私的全速力で)家まで逃げ帰った・・・。 |
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