忘れないで。 例え、別の世界に生まれても、 貴方との思い出は、ずっと私の中に存在し続けるから。 だけど、もしもその思い出が深い場所にしまわれてしまっていたら、 ・・・・をしたら思い出すわ。 だから、お願い。 忘れないで。 私達は確かに愛し合っていたという事を・・・
「・・・・・」 夢の中で繰り返される言葉。 「忘れないで」 日本に帰ってきて1週間。 毎日のようにみる夢。 誰かに「忘れないで」と言うのは私。 でも、当の私は誰に言っているのかが分からない。 私は何かを思い出さなければならない? ゴシゴシと目を擦って、枕元の目覚まし時計を手に取り愕然。 「うっそん・・・」 絶望的に寝過ごしましたよ、私・・・ トホホという表現が相応しい顔をして私的全速力で走ってはみるものの。 亀ですから。 鈍亀さんですから。 体育の実技は「がんばりましょう」ですから。 ううう・・・自分でそれを分かってるのに大事な日に寝過ごすなんてアホっ子だよぉ。 宇宙的レベルで考えても、高校の入学式に遅刻しそうな新入生っていないと思うのです。 ええ、そんな漫画的出来事なんて滅多に発生しないと思うのです。 これだけ漫画的ならいっその事、カッコイイ男の子とぶつかって運命的出会いとかしちゃいたいくらいですよ!! ・・・なーんて余計な事を考えていたおかげさまで、超お約束にも道路の段差に蹴躓き。 「あ、あわわわわっっ」 瞬間的な事なのに、妙に思考がスローなんですが。 転びます、転びますよ! いい歳して膝擦りむいちゃったりしますよほぉぉぉ!!! 「っと・・・大丈夫か?」 転びませんでした。 ぐいっと身体を抱き寄せられたようです。 はて? この状況は・・・ 「ふぇ??」 し、知らない男の人の胸に顔を埋めているではありませんか! ちらっと目を上げてその人を見てみると、 かなり長身で(私がチビッ子っていうのもあるかもしれないケド)スポーツドリンクのCMに出てきそうな爽やかでカッコイイ人だぁ。 「痛い所とかないか?」 「あ、は、はい。だいじょぶです。ありがとうございました」 「よかった。あれ?その制服って東雲学園の高等部の特待クラスだよな?」 にっこりと笑って話しかけてくるその人の姿をよく見てみると、私が着てる制服と生地が同じでして。 コスプレじゃなければ同じ学校って事かな。 「はい、そう・・・ですねぇ・・・」 うっひゃぁ・・・漫画的運命的出会いってヤツですか?? 「リボンの色が同じだから新入生・・・って事は、同じく入学式遅刻寸前なわけって事だ。あははー」 「あはは・・・・って、笑ってる場合じゃないってばー!!」 頭をシャキーンと切り替えて再び走り出そうとした私の腕を、くいっと引っ張って止める。 何でー!? 「まぁ、遅れるもんは仕方ないって。何とかなるから歩いていきましょ」 「はいー?」 東雲学園は幼稚部から大学まで一貫教育で、一芸に秀でた子や特殊な能力を持った子の特待クラスとワケありな家庭の子(芸能人とか政治家とか大企業の子ね)の選抜クラスの2クラス少人数制の学校。 この学校の特徴はマスコミ関係の立ち入り禁止とスキップ進学制度の導入。 他にも特待クラスでも特に優秀な生徒は授業を受け持ったり・・・とか結構変わった学校みたい。 学園を経営しているのは世界レベルで多方面に活躍している東雲グループだっていうので有名かな。 私は高等部からの途中編入で一芸で特待クラスに入学するっていう珍しいケース。 暫く日本で1人で暮らす事になるから、お父さんが心配して知り合いの学校に・・・って話だったんだけど、お父さんの知り合いって一体どんな人なんだろ?? 「あー悪い、自己紹介してなかった。俺の名前は北杜創司、これから3年間同じクラスになるんだよな。ヨロシク」 差し出された手を握り返すと、何だか胸がドキンとした。 え、えぇ?? 今のって・・・何?? 「わ、私は水波粋・・・です」 「水波・・・か。あぁ、タメ口でいいよ?俺もタメ口で話すし。後、名前、粋って呼んでいい?」 「あ、うん。あの、よろしくね?」 かぁっと顔が熱くなる。 何、何、何?? もしかして、これって・・・ 「さて、と。一応学校には到着しましたな。とりあえず職員室に行くか」 「うん」 さっきから何となく繋いだままの手が・・・どうしよう今さら解くのもタイミングが難しい・・・ でも、北杜くんの手ってあったかくて大きくて何だか懐かしくて、解きたくないって気持ちもあるんだなぁ。 「粋は何の特技があるんだ?」 「え、えと・・・特待に入った理由を聞いてるんだよね?」 「そうそう」 「多分、こんなので入学する人いないと思うんだけど・・・歌声なの」 私は「歌声」で入学できたんだけど、この学校の「一芸」の判断基準の幅広さには驚いちゃう。 他の人はもっと何というか社会的に役に立つ能力で入学してるみたいなんだけど。 「・・・・・歌声。そっか、よかったら今度聞かせて欲しいなぁ」 一瞬だけど、北杜くんは何かを考えるように眉を寄せた。 どうしたのかな? 「いいよ、歌うの大好きだから。北杜くんは?どんな特技があるの?」 「俺はねぇ〜特技ってほどのもんじゃないんだ。ま、いずれ分かるよ」 「うーん、じゃあ、楽しみは取っておくよ」 どんな特技なんだろう? 気になる・・・ 「北杜くんと水波さんですね、今朝はどうしたのですか?」 高等部主任の神代先生は、キチッとしたスーツを着た50代くらいの女の人だった。 うう・・・目が怖い・・・ 「昨晩日本に戻ってきたばかりで学園までの道を充分に確認できず迷ってしまい・・・こちらの水波さんが声をかけてくれたのですが、手間取る事などあり・・・彼女も巻き込んで遅れてしまいました。本当にすみません。水波さん、ありがとう」 「え・・・あ・・・いえ・・・」 北杜くん・・・何気に演技派なんだね・・・ 「そうですか、事情は分かりました。それでは担任には私の方から話をしておきましょう。貴方達はそちらで資料に目を通しておきなさい。後で担任に向かえに来させますから」 「はい、ありがとうございます」 「よろしくお願いします」 カツカツと靴音を立てて、神代先生は生徒指導室から出て行った。 入学初日に生徒指導室ってのも・・・ハハハ。 「とりあえず上手くいった感じ?」 「うん、ありがと。すごいねぇ、それっぽい話をよく考えたねぇ」 「ん?まぁ、半分は本当だから。日本に帰ってきたの、昨日の夜だし。6年ぶりとは思えないほど日本に馴染んでるけどねぇ」 「そうなんだ。私も1週間前に日本に帰ってきたばかりなの。あ・・・でも、見た目がこんなだから、日本語で話しかけられない事が多いんだけど・・・最初に会った時によく日本語で話しかけてくれたね?」 思い返せば不思議。 私ってスウェーデン人のおばあちゃんの血が濃く出たみたいで、見た目は全然日本人じゃないから滅多に日本語で話しかけられないんだ。 「んーあんまし顔見えてなかったからそこまで深く考えてなかった。日本語通じなかったとしても、そんなにマニアックな言語じゃない限り話せるし〜」 「はい?」 今、スゴイ事を言ってませんでしたか? 北杜くんって・・・何者? その後、担任の一宮先生に連れられて特待クラスへ。 生徒数が少ないって話だったけど、学年で10人しかいないっていうのには驚き。 選抜クラスも30人だっていうし、本当に少ないんだ・・・ クラスの席は自由だったみたいなんだけど、遅れて来た私達は強制的に後ろの席で隣同士になった。 ラッキー! 「それでは、今日はここまで。皆さん、明日からの高校生活を充実したものにして下さいね」 遅れてきたせいもあると思うけど、HRはアッという間に終わった。 私達以外の子は馴染みの顔ばかりだったみたいで直ぐにガヤガヤと教室を出ていってしまい、ポツーンと残された2人。 どうしようかな、声かけてもいいかな・・・ 「じゃ、俺達も帰るとしましょかね」 「そ、そだね」 嬉しい〜。 途中までだけど一緒に帰れる〜 ・・・とか思っていたけど。 途中まで、というレベルを超えて一緒に歩いているんだけど?? 「北杜くん、家の近所に住んでいるの?」 「いやぁ、近所というか・・・」 あぁ、家が見えて来た。 「私の家はあそこなんだよ。よかったらお茶でも飲んでいかない?」 「ありがと、あのさ、今さら言うのも遅いっちゃ遅いんだけど・・・」 あ、家の前に宅配便の車が止まってる。 「ごめんね、宅配便が来てるみたいだから・・・」 「俺も行く・・・っていうか、俺が行かないと分からないかも」 頭の中にいくつも疑問詞を出しながら家に急ぐ。 もちろん、鈍亀な速さで。 「すみません、水波です。今、判を押しますね」 かばんの中をゴソゴソとやっていると。 「それ、水波様方 北杜宛になってますよね?」 「はい、そうなってます」 「はい?」 幾つかのダンボール箱が玄関の前に置かれていく。 これは・・・・・ 「本当に今さらなんだけど。これから暫くの間、一緒に住むことになったんで。改めてヨロシクな」 「はいー?!」 私の高校生活は第1日目から大混乱です。 |
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