おっきくなっちゃった⇔小さくなりました(11)








「おはよう、ルー」
「おぁよー、アース。あれぇ?ここどこぉ?」
同じ質問をされたのは3回目なわけだが、アースは呆れた顔もせずに同じ答えを返した。
「ホリーさんのお兄さんのお家だよ」
「ホリーしゃんのぉ〜おにぃしゃんのぉ〜おうち〜〜あ、おもいだしたよ!ルーたちおとまりしたんだ!!」
「そうそう、ちゃんと思い出してよかった。さ、みんなのところに朝の挨拶に行こう」
「あい」
話している間もテキパキとルナソルの身なりを整え、2人は仲良く皆の待つ食堂へ向かった。



「おはよごじゃます」
「おはようございます」
「おはようございます。身体の調子は如何ですか?」
「あい、ルーはいっぱいねたのでおなかぺこぺこです!!」
元気よくルナソルが答えると、ホリーは穏やかに微笑んで温かいミルクの入ったカップをテーブルに置いた。



「朝起きてお腹が空いてるっていうのは元気な証拠だよ。いっぱい食べてね」
メイプルは焼きたてパンがどっさり入ったカゴをテーブルの中央に置いた。
「うわぁ……」
ふわっふわのオムレツ。
こんがり焼いたソーセージ。
新鮮な野菜のサラダの上には真っ赤に熟したトマトが沢山。
パンにつけるジャムなんて5種類もある!
ルナソルのお腹の虫は、早く食べよう!と大騒ぎ。
「いただきますしよー!!」
それを合図に皆でいただきます。
ノースガルド滞在最終日(予定)の朝は和やかに始まった。







「落ち着いたら始めましょうか。昼前には終わらせたいですから」
「そうですね」
朝食が終わりサイとウィローは万全を期すために綿密な相談を始めた。
失敗は被害の拡大に繋がる。
何としてでも次の1回で元通りにならなければならないのだ。



「俺は部屋の準備をしておくからさ、ホリー達は此処で休んでいなよ」
「じゅんびですか。ルーもてつだいます」
ルナソルの手伝いは手伝いになるのか怪しい。
一生懸命が空回りして悪ければ新たな事件の火種になる可能性が高い。
普段はフォローに努めるアースだったが、今回は事が事なので未然に防げるものなら防いだ方がいいと判断した。



「ルーは後で一番大事な役割があるんだから、今は此処で休ませてもらおうよ。すみません、メイプルさん。お言葉に甘えさせて頂きます」
「うん、準備の方は気にしないでいいからね。ゆっくりしてて」
メイプルが部屋を出て行き、残されたのはデコボコ4人衆。
準備万端になるまで「待て」状態。



「ルーげんきだからやすまないでだいじょぶなのになぁ」
「まぁまぁ、メイプルさんの手順ってもんもあるんだろうしさ。下手に手伝って邪………あでっ!!」
さらりと「邪魔」という言葉を発しそうになったプルートの足を、ホリーは穏やかな笑顔のまま蹴り飛ばした。
「無神経」
その言葉に蹴られた痛さ以上の精神的ダメージを受け、プルートはしょんぼりと肩を落とした。



「ぷーしゃんどしましたか?おなかいたいですか?」
「いや……何でもない……と、とりあえずさ、何か話しよ?黙って座っててもつまんねーし」
「ルーおはなしだいすきです!あのね、おとしゃまとおかしゃまはルーのおはなしだいすきなのです。いっぱいおはなしするとにこにこなのです」
「そっか、そんじゃ家に帰ったら此処での話もいっぱいしてあげなくちゃなぁ?」
「あい。ぷーしゃんのおはなしもします」
和やかに話しているルナソルとプルートの傍で、アースは嫌な想像をしていた。



「(ルーはファルシエールさんに、プルートさんの事を何て話すんだろう……)」



『ぷーしゃんとおともだちなったの』
『ぷーしゃんとてつないでおかいものいったよ』
『ぷーしゃんからくてすーすーするのくれてね、ルーなきしょになったけどがまんしたよ』
『ぷーしゃんぴんくのうしゃぎしゃんぷれじぇんとしてくれたの。ふぁふぁでルーだいすき!』
『ぷーしゃんおにしゃんだよ、なんで?』



言いそうな事を考え、更にそれを聞いたファルシエールの反応を……



『お父さん、ちょっと出かけてくるね………』



「(………プルートさんが危ない!!!)」
超娘ラブではなく超娘バカは、あっという間にプルートの元へ転移し迷惑破壊行為を気が済むまでやってしまうに違いない。
ルナソルに余計な事を言わせないようにしなければ。
想像が現実になってしまう!!!



じっと黙って悶々としているアースの肩に手を乗せると、ホリーは苦笑いをしながら「大丈夫ですよ」と声をかけた。
アースの心配が何だか分かっているようだ。
「でも、ホリーさん……」
「プルートが此処……ノースガルドに居る限りは大丈夫です。此処は特別指定地区で、許可がおりていない人の立ち入りは出来ませんから」
「でも、相手はあの方ですから。「どうせ後で許可がおりるなら、今入っても問題ない」って言い切った上に無理を通しそうです」
「…………でも、大丈夫です。此処は良くも悪くも例外が通じない場所なんです」
「そうですか……あ、プルートさんってお仕事で此処を出る時もあるんですよね?その時に運悪く当たってしまったら……なぁんて……?」
「………」
「………」
「………大丈夫です。地の民は物凄く身体が丈夫ですから。ねぇ、プルート?」
暫くの沈黙の後、ホリーはそう言いニコリと微笑んだ。



「え、え、え???何、何、何???」
ねぇ?と言われて何かと思えば、ホリーが自分に微笑みかけている!!
プルートのピュアピュアハートはピンク色に点滅し始めた。
「プルートは身体が丈夫だってアースさんに教えてあげていたんです」
プルート限定ではなく地の民という括りだったけど……と思いながらアースは曖昧に首を縦に振った。



「ぷーしゃんからだじょうぶですか。ルーもじょうぶだけがとりえです」
「「だけ」は余計だからね……」
「しょなの?」
ルナソルには言葉の意味が正しく分かっていなかったようだ。
「私もかなり頑丈ですが、プルートには敵いませんね。子供の頃に崖から転落した時の事なんですが、足に小枝が数本刺さってる状態で血だらけになって崖をよじ登って来て、更にその小枝を全部自分で引き抜いて3日後には自己再生で完治したんです。あれは驚きでしたね。普通なら10日はかかるんですが」
「自己再生で3日……」
結構な怪我だったら治療魔法を使った方が身体の負担にならないのに……と、アースは疑問に思った。



「あぁ、気になりましたよね。ノースガルドには治療魔法を使える能力者がほとんどいないんです。その代わりに、医術と薬学が外よりも進んでいます。地の民は能力者でなくても長命で身体回復能力が高いので、治療に関しては魔法に頼る事は滅多にないんですよ」
「そうなんですか……」
「しょなんですかぁ??」
アースの真似をして頷いているがルナソルは当然よく分かっていない。
極小さな傷だって超心配性の父が目ざとく見つけ、最高ランクの水の能力者で治療魔法のエキスパートの母が綺麗に治してしまうのだから。



「魔法も薬も患部の回復能力を高めるって事は一緒なんだけど、大きな違いは治った後だな。魔法の場合は傷痕が残らないけれど、薬の場合は怪我の状態によっては痕が残るから。ほら、こんな風に」
プルートは左足のふくらはぎを子供達に見せた。
先ほどのホリーの話にあった怪我が原因なのか、そこには縫い痕や裂けたような痕が無数に残っていた。
「ふぁぁ……ぷーしゃんいたくないですか?」
「痛くはないよ。色が違うのは怪我の部分だけ新しい細胞に置き換わったからだし」
「おかしゃまきれーにできます!ぷーしゃんのいたしょだからきれーにしてっておねがいします!!」
「ん?あぁ、ルーの母さんって水の能力者なんだっけか。でも、いくら治療魔法でも時間が経ち過ぎてるから綺麗にはならないんだ。気持ちだけ、ありがとな」
治療魔法といっても万能ではない。
効果は術者のセンスと気質に大きく左右されてしまうし、時間の経過した傷は魔法といえども元通りに出来ないのだ。



「いくら時間が経っていても綺麗になりますよ。ルーのお母さんは再生能力を持っているんです」
「再生能力………ルーのお母さんという人はもしかして慈愛の聖女様だったりする?!」
「???」
目をパチクリさせているルナソルの代わりにアースがその問いに答えた。
「はい、恐らくプルートさんが想像なさってる人です」
「そっかぁ……ちょっとタイプが違うから気付かなかった。っていうか、あの人に子供がいたとはなぁ……」
「あら、シイラさんを知っているのですか?」
「うん、7年くらい前に……」
「準備出来たよ。皆、こっちに来てくれる?」
絶妙なタイミングで話の腰を折られたプルートは、苦笑しながらルナソルを連れて呼ばれた部屋へと向かった。



「シイラさんと何かあったんでしょうか。だったら尚の事、プルートさんの話題は……」
「………ほとぼりが冷めるまではノースガルドから出ない方がいいかもしれませんね。シイラさんも関わってくるとレベルが違いますから」
コソコソと話すアースとホリーの心配性コンビ。
本来の今日やるべき事と同じくらいの悩みを抱え、ゲンナリとしながらプルート達の後に続いた。







「じゃあ、おさらいしような。アースが「いいよ」って言ったらルナはこれを飲むんだよ。頭がぐるぐるしてきたら、アースと融合する時の事を考えてごらん。そしたら後はアースが一緒に頑張ってくれるから」
ゆっくりとした口調で話しかけ、小さな杯にほんの一口分だけ琥珀色の液体を注ぐと、サイはそれをルナソルの手にしっかりと握らせた。
「あい。いいよでごっくんして、ぐりゅぐりゅしたらふぃよーんってかんがえます」
真面目な顔で話しているのだが、聞いている方が何だか心配になってくる言い方だ。



「今回は能力を調整するよりも、融合の時みたいにルーの意識を捕まえる方に集中すればいいんですね?」
「そうそう。無理に能力を操作するよりもそっちの方が確実だろうと思うんだ。オマエさん達の繋がりは他の誰より何よりも強くて確実なものだから、信じてやれば大丈夫だよ」
「はい、頑張ります」
真っすぐな目でアースが頷くと、サイはガシガシと息子の頭を撫で、ホリーとプルートへ身体を向けた。
「あと少しの辛抱だから宜しくね」
「はい」
「はいはい」
「な・ん・で・す・か・そ・の・言い方は!!!」
「あでででででで」
ぎゅむっとプルートの頬を引っ張るホリー。
その様子を見てサイは楽しそうに笑った。



「え、あ、あの、私、着替えの確認をしてきますっ!!」
サイに笑われ急に恥ずかしくなったホリーは、かぁぁっと赤くなり着替えが置いてある少し離れた場所へチョコチョコと小走りに向かっていった。
「何だよ、人の不幸見て笑うなよな」
「ごめんごめん。2人があんまり仲良しで微笑ましくってさ。若いっていいね」
「若いって……能力者に年齢なんて関係ないじゃん?」
「あははっ、そういえばそうだよね。実際、本当の歳なんていくつだかもう分かんないし……」
「は?!」
爽やかな笑顔に騙されそうになったが変な事を言っていたのではと聞き返すと、サイはポンっとプルートの肩を叩いた。
「なーんてね!リラックスした所でそろそろ本番いってみよ。アース、父さんが外に出て天の力が発動されたら始めて」
「はい」



「何をボーっとしているんですか。シャンとしなさい」
「……あ、うん……」
冗談めいた口調だったがアレは本当の事だ。
直感でそう思ったプルートの頭は混乱していた。
「(リラックスになってねぇし!!)」



※ ※ ※ ※ ※




「準備はいいのですか?」
「あ、はい。えぇと、全部終わったらドアが開くんでそれまで少し離れた所で待っていて下さい。それでは後ほど」
ニコっと笑うとサイは天の力を解放し、姿を消した。



「何処に行ったの?」
「異空間だそうです。あのドアの向こうを彼が作りだした空間で包み込むんだそうですよ。彼は…………何なのでしょうか」
ウィローは額を押さえて呟いた。
「天と地の能力者、あの髪と瞳の色、『サンクタム』の竜主、ノースガルドとの繋がり……普通ではありませんし怪しい事が多すぎます」
「……それでも、ホリー達を助けてくれようとしてるじゃん。怪しかろうが何だろうが、そこん所は本当なんだからさ、他の事は知ろうとしなくてもいいんじゃないの?とりあえず今は」
椅子に腰かけメイプルはウィローに笑いかけた。



「兄貴が心配性なのはすっごくいい所だと思うよ。でもさ、流されないと動かない時ってあるんだよ。今がその時じゃない?実際、彼の協力がないと困っちゃうわけだし。まぁ、ホリーがちっちゃいままでも俺はいいけどね〜」
「………そうですね。分かってはいるのですが……性分です」
困ったように笑うとウィローも椅子に腰かけ、閉じたドアをジッと見つめた。



※ ※ ※ ※ ※




「…………」
異空間の中でサイは子供達の様子を見守っていた。


『ほぇ〜〜〜???』
『…………』
ルナソルの手を握り固く目を閉じて、アースは歪んだ魔力の中からルナソルの意識を探していた。
姿形が変わっても、唯一かけがえのない絶対の絆。
融合が出来なくなっていようが2人の繋がりは切れていない。
そう確信すれば迷ったり悩んだりする必要なんてない。
『……すぅ………』
『…………居た』



アースが目を開くと同時に部屋の中は強い銀の光に包まれた。
そして……




「上手くいったようですね。ルナソルがお世話になりました」
「俺は大した事してませんよ。お久しぶりです、ネオさん」
「はい、お久しぶりです」
穏やかに微笑む銀髪の青年、時の白竜ネオ。
時の管理人である彼は「時の狭間」から出る事は滅多にない。
にも関わらずこんな所に現れるのは、サイにだけどうしても会わなければならない理由があるとしか考えられなかった。



「えぇと、俺に何か用ですか?」
「はい」
頷くとネオは一冊の本をサイに手渡した。
表紙に鍵がかかり中を見る事が出来ない本。
流石のサイにも意味が分からずネオを見返し尋ねた。
「………何ですか、これ」
「貴方のご両親……主に母親に関する過去が記されています」
「っ!?」



明らかに顔色が悪くなったサイにネオは穏やかな声で話し続けた。
「貴方が望めばその本は開きます。知る事も知らないでいる事も、後は貴方の意思に任せます」
「任せるって……いらないですよ。お袋の事は大体聞いて知ってますし、今さら別に……」
「聞いた、だけでしょう。人の介入によって事実は歪み真実は隠されるものです。それは貴方も分かっているはずですが」
「………うーん………俺が「苦手」だって分かっててあえて渡しますかぁ……」
サイはガクリと首を垂れ、額に本を押しつけた。



「はい。そして、渡したのでもう戻ります」
「温厚そうに見えて鬼ですねぇ。そうだ、シイラに何か伝言ありますか?」
「私達はいつも貴女達を見守ってますと伝えて頂ければ有難いですね」
「了解です。それじゃ、次はいつ会えるか分かりませんけどお元気で」
「もう若くないですからね、私達」
静かに笑って姿を消したネオ。
消えた場所に1枚の紙が残っていた。
紙の正体は楽譜。
それを拾い上げるとサイは苦笑いした。



「自分の用事もちゃんと押しつけてんじゃん」



楽譜の裏に書かれた両親から離れた場所に居る娘への手紙。
内容は読まずにそれを丁寧にたたみ、胸のポケットへしまった。







「おっとしゃーん!!」
異空間から戻ってきたサイはチビッ子ルナソルの強烈なタックルの餌食になった。



「お、元に戻ったな」
「あい!ルーちっちゃいからだっこしてほしいです!」
「りょーかい。ほら、おいで」
足元でぴょんぴょんと跳ねるルナソルを抱き上げると、サイは残りの元に戻ったメンバーの所に向かった。



「おつかれさん」
「本当に……この度はお世話になりました。何とお礼を言ったらいいのか……」
「ありがとな………って、いでっ、痛ぇってっっ!!」
キッと鋭い目つきでプルートの耳を引っ張るホリー。
姿が元に戻っても彼に対してだけは言葉よりも先に手が出てしまうようだ。



「お父さん……ありがとうございました」
「よく頑張ったなぁ、時の能力を上手くコントロール出来たみたいでよかった」
「あ、はい。その……ホリーさんとプルートさんって同じ歳でよかったんですよね?」
「ん??」
確か昨日の話では、「プルートは2つも年下」とホリーが言っていたはず。
そう思い出していると、アースの表情は段々と暗くなっていった。
サイの返事がない事で「間違えた」と思ったのだ。



「ど、どうしよう……すみませんホリーさん、プルートさん。僕……」
「どうしたんですか??何か謝られるような事がありましたか??」
「そ、そうだよ。僕達ちゃんと元に戻れてるし問題ないじゃん」
「違うんです、元に戻ってないんです。僕、思いこみでお二人の実年齢を同じにしてしまったんです……僕とルーの年齢を引いた残りの年齢を半分にしたから……」
ホリーがプルートにとる態度は他の人と違う→仲がいい幼馴染→同じ歳。
プルートの実年齢を知らなかったアースは、思いこみでそう連想してしまっていたのだ。



「そ、そんな、頭を上げて下さい。ほら、見た目は全然変わってませんし。能力者に年齢なんてあまり関係ないんですから。ねぇ、プルート?」
一日前に言ってた事と大違いである。
「あ、うん。僕は別に気にしてないというか寧ろ有難いというか」
プルートにとっては願ってもない事だが、あまり喜びを露わにするとホリーに何をされるか分からないので大人しくしていた。



「みなしゃんこまったですか?もっかいときまほーつかいますか?」
「お気遣いは有難いのですが……」
「今のままで大丈夫」
「気持ちだけ受け取っておくね」
事態の巻き戻しではなく悪化に繋がりそうな提案に全員一致で遠慮した。
「………だってさ。そんじゃオールオッケーって事で、そろそろ帰りますか。個人的にシイラの事が実はすっげぇ心配なのよ」
自分の目の届かない場所に行ってしまった愛する娘の事を思い迷惑行為の限りを尽くしそうなファルシエールを小さな身1つで抑え込んでいるシイラを思い、ホリーとアースは遠い目になった。
「………早急に帰りましょう」
「そうですよね。飛んで帰りたいくらいですよね……」
昨日の昼間からウザウザ状態のファルシエールから放して貰えてないんだろうとか、昨日から今日にかけて重傷患者が出てないといいんだけどとか2人の悪い想像は後から後から湧いて出てきた。



「おとしゃん、おかしゃましんぱいなんで?」
心配の原因は「おとしゃま」だとは言えるはずがない。
「ルナが心配で心配でご飯も食べられないんじゃないかと思って」
「しょっかー。しょれじゃはやくかえらないとだね。おかしゃまおなかぺこぺこだよ!!」
真剣な顔でそう言うと、ルナソルはモゾモゾとサイの腕の中から抜け出し床にしっかと足をつけた。
やる気で本気な所を表明しているようだ。



「ルー……張り切らなくていいからね……」
「なんで?」
「なんでも!!」
ルナソルの張り切り=事件発生フラグ。
流石のアースもこれ以上の刺激は「勘弁してくれ」のようだ。







「色々とお世話になりました」
「ありがとうございました」
「あがとごじゃました」
「今度は遊びに来てね。いっぱい御馳走作って待ってるから」
明るい笑顔を見せるメイプルとは対照的に、ウィローの表情は暗く時折ホリーの方をチラチラと見ていた。
ホリーはホリーで兄の態度に気が付いてはいるが無視を決め込んでいる。
2人の間だけ妙に空気が重い。



「………ホリー」
暫く様子を見ていたサイだったが、状況があまり良くない事を悟ると優しく声をかけた。
「………すみません。帰りましょう」
「いやいや、そうじゃなくて」
サイは歩き始めようとするホリーを引きとめると、耳元に口を近づけた。
「なっ………!?」
かぁぁっとホリーの顔が真っ赤になったのもお構いなしにサイは話を続けた。



「ちゃーんと仲直りしてから帰んなきゃ。お兄さんも可哀想だけど、ホリーだって後悔するよ?」
「だ、大丈夫です」
「でもね、家族って歪を作らない方がいいと思うんだ。存在が近い分、仲直りのタイミングを逃しちゃって気まずい関係が長引くかもしれないしね」
「…………」
「どうかな、ホリー?」
「…………上司命令ですね………」
「え???そんなつもりじゃ……」
暫くの沈黙の後ホリーはポツリと呟き、ツカツカとウィローの目の前まで近づいて行った。



「ホリー……」
「年明けには帰ってきますから。お土産用のジャムでも作って待ってて下さいねっ!」
「は……はい!!ホリーの好きな杏のジャムを沢山作っておきますからっ!!」
「いえ……あの、私用に沢山作ってとは言ってないんですけど……」
パァァァっと一瞬で明るい表情になった兄を見てゲンナリとした様子を見せながらも、ホリーの表情は柔らかく優しく微笑んでいた。



※ ※ ※ ※ ※




「ところで、プルート」
「なになに??」
「貴方、いつまでついて来るんですか?」
「えぇぇっ!?何、その冷たい言葉!!」
ホリーの兄の家を出発して小1時間。
ルナソルと手を繋いで歩いているプルートに、ホリーは素朴というか淡白な質問をした。



「色々めんど……じゃなかった、ややこしい……でもないですね……兎に角、帰り道は分かっているのでついて来なくてもいいです。寧ろついて来るなという感じです」
「あぅ……」
見た目年齢が戻りホリーよりも頭1つ分大きくなったというのに、しょんぼりと肩を落としている姿はとても小さく見える。
嗚呼、不憫すぎるプルート。



「ぷーしゃんおかしゃまにこんにちはするんだよ。だからいっしょいくんだよねぇ?」
「ルーの母さんが慈愛の女神様だっていうんなら、言いそびれてたお礼を言わないとなんないし」
「お礼?あ、7年前に会った事があるとか……」
話の腰を折られて途中でうやむやになっていたが、確かプルートはシイラと面識があるような事を言っていた。
「……ホリーさん」
「……ええ」
プルートは少し女顔で線が細いが一般男子だ。
愛娘と手を繋いでいるに飽き足らず、妻と会話をしようだなんて!!と思う輩が約1名。



プ ル ー ト の 命 が 危 な い ! !



「悪い事は言いません。シイラさんにご挨拶するのは折を見て……10年後くらいにして、今日はお帰りなさい。そして当分……5年くらいは外に出て来ない方がいいです。そうです、そうしなさい」
「えーー!?僕に仕事するなって言ってんの!?」
「いえ、悪気があって言ってるんじゃないんです。これはプルートさんの為なんです」
「全然意味分かんないし」
ルナソルの前で理由を話すわけにもいかず。
かといって今の状況でファルシエールに会わせるのは危険極まりない。
どうにもこうにも参ってしまったアースとホリーは、頼みの綱に「どうしよう?!」の視線を送った。



「うーん………一緒に帰ってもいいんじゃないかな」
「「え……えぇっ?!」」
「彼」をよく知る人のものとは思えない言葉にポカーンとする2人。
「大丈夫、大丈夫。俺達じゃどうにも出来なくても、何とかなるから」
いつも通りの笑顔でそう答えると、悩む2人を促し歩みを進めた。
「何とかなるものなのでしょうか……」
「お父さんがそう言うなら………なると思います……多分」
急がなければ更に恐ろしい事が起こりそうだというのも容易に想像出来る。
何とかならなければプルートの回復力頼みと思うしかないのだった。







「おーとーしゃーまぁー!!!」
「るぅーなーそーるぅー!!!」
用意周到なメールディアが人払いをしていた為に被害者は出ていないが、周囲の人達をメロメロにしてしまう迷惑フェロモンを大放出してルナソルとファルシエールは再会を喜んだ。
「ただいまです。おとしゃまもしんぱいしておなかぺこぺこ?」
「ぺこぺこ???………そう、ルナソルをたーくさん心配して、お父さんは身体の中からルナソルが不足してぺこぺこだよ!!補充するのにいっぱいチュウしちゃうよっ!」
何とも勝手な解釈をしてファルシエールは愛する娘を「もう放すもんか!」とばかり抱き上げ頬ずりをした。


「あ……の……人が……父さん……??」
「直接見ない方がいいです。慣れてない人には刺激が強すぎるので……」
キラキラ空間に耐性のないプルートの為に、残りのメンバーは父娘の愛の劇場から少し離れた場所に避難していた。
「ごめんなさいね、迷惑な子で」
「お帰りなさい、みんな。ルナソルの事を見てくれてどうもありがとう」
「ただいま帰りました。シイラさん、その……大丈夫でしたか?」
アースとホリーが心配そうに見つめると、シイラはふわふわとした笑顔を見せた。



「心配してくれて有難う。私なら大丈夫だよ。普段と何も変わりないもの」
「でも、その……あの……」
普段より更にグレードアップした暴走王を押さえておくというのは、ルナソルの発生させる事件を解決していく事よりも難度が高いはず。
気を使って大丈夫と言っているだけでは?と、2人の心配は更に増した。
「今日はお休み貰ったけど、昨日はファルも私も普段と同じようにするべき仕事はしたし」
「仕事になったんですか?!」
失礼とは思いながらも驚きを隠せない。
普段でも仕事のやる気にムラがあるファルシエールが、娘不在という日に仕事をしていたというのが信じ難い事だったのだ。



「あ……えーと……「いつも通りの事をしないと、お父さんダラしない!ってルナソルに言われちゃうよ」って言ったからかなぁ……多分。みんなが出発してから全然放してくれなくて……私の方に急患が入っちゃったからのんびりも出来なくて、ちょっとキツく言っちゃったんだよねぇ」
「へ、へぇ……」
2人が考えていたよりもシイラの方が上手だった。



「あら、お母さんの心配はしてくれないの?アースもお父さんも居なくて寂しかったんだけどな」
「あ、その、心配かけてごめんなさい……」
アースが近づいて行くと、メールディアは両腕をいっぱいに開いて抱きしめた。
こちらは感動の母息子愛の劇場。
「ちょっ……あの人が……???」
「うん、俺の奥さん。綺麗でしょ?」
「アンタ……恵まれすぎだよ……」
サラリと言っているが、メールディアは確かに綺麗というか超綺麗だった。
冷血鉄仮面の異名を持っている彼女は普段も綺麗だったが、笑顔を追加するとその美しさは数倍にも跳ね上がるのだ!



「ところで、サイの隣に居る人は何方?」
「あぁ……」
今頃かい!という突っ込みがないのはそこは慣れ。
シイラ達に自己紹介してもらおうとプルートの肩を叩いたところでホリーの動きが止まった。
「プルートです。プルート・グランクリーク。本業は薬師で医師もやってます。7年くらい前にお世話になったんですけど憶えてませんか、慈愛の聖女様?」
「7年……もしかして……」



「そんな記憶あるわけないじゃない。何ですか、貴方。僕の妻があまりにかわいいからってナンパしようものなら消炭にしますよ?」
一瞬前まで娘とイチャイチャ上機嫌だったのは何処に消えてしまったのか、ファルシエールは背筋が凍るような冷たい微笑を湛え、突如プルートの目の前に現れた。
………ルナソルを抱きかかえたまま。



「ナ、ナンパ?!っていうか、え、えと、この人は……何でこんなに殺意剥き出しなの???」
「確かに……確かにシイラはこの上なく最高に可愛くて可愛くて可愛いけどそれは僕だけが知っていればいいから。他の男共に下心のある目で見られるの耐えられないからムカつくからそういう訳で消していい?」
「ちょ、ちょっとファル、止め……」
「シイラ、直ぐに終わるから安心してね?」
シイラの止める声を声援に脳内変換し、妙なやる気を見せ始めている。
アースとホリーの恐れていた事態が当に今、現実となろうとしていた。



「ル、ルー!!友達のピンチだよ!!お父さんを止めて!!!」
「ぴんち?」
恐ろしい状態のファルシエールの腕の中でルナソルはきょとんとした顔で答えた。
究極のマイペース。
「何でもいいから!お父さんにお話してっ!!!」
「あい?ねぇねぇ、おとしゃま」
「なぁに?」
小さな手でファルシエールの頬をぺちぺち触ると、殺気が僅かに和らいだ。



「おとしゃま、ぷーしゃんはルーのおともだちなったのよ。てつないでかえってきたの」
「………ぷーしゃん?」
「ぷーしゃん」
ルナソルはコクコクと頷き、ぐるんとプルートの方へ顔を向けた。
「………ルナソルにも手を出していたんですか………」
「(逆効果!!!!)」
状況としては火に油を注いだ状態。
烈火のごとく怒りのオーラを纏い一触即発。
もはや、プルートに明日はないと思われた瞬間。



スパーン!!!



小気味よい音がファルシエールの後頭部から響いた。



「人の話はちゃんと聞きなさい。彼はルナちゃんのお友達なんでしょう?お友達を嫌な目に合わせたら、「お父さんなんて嫌い!!」って言われても仕方ないのよ。分かってる?」
「…………きらい?おとうさん…………きらい……???」
ガタガタと震えながら腕の中を覗き込むと、ルナソルはそんな父の様子に気付かずニコーっと笑って言った。
「ルーおとしゃまだいすきー!!」
「お、お、お、お父さんもだよぉぉぉぉ!!!」
愛の劇場再公演。
なんだかなぁという空気の中で、父と娘は熱い抱擁を交わした。



「ほら、何とかなったでしょ?」
「え、えぇ……」
「何だったんだ?今の???」
「お母さん……調教師みたい……」



※ ※ ※ ※ ※




「取り乱して済みませんでした。この度は娘がお世話になったようで有難う御座いました」
「あ、いえいえ。こちらこそ」
殺意の対象にされていた相手だが、老若男女悩殺フェロモンを出されているお陰で怒る気にもなれない。
当にやられ損。



「あ、あのね、話を蒸し返すようでごめんなさい。さっき言ってた7年前の事なんだけど、私……貴方の事、よく思い出せなくて……」
「気にしないでいいですよ。多分、一方的に知ってるだけですから」
「ストーカー!?」
「あほぅ」
クワッと表情を変えたファルシエールの後頭部を、メールディアの目にも止まらぬスーパー突っ込みが入った。



「ただ、あの時はちゃんとお礼を言わなかったから言いたかっただけなんです。僕の方こそすみません」
「ぷーしゃんどしておかしゃまにあやまってるの?めーしたの?」
「してないと思う……とりあえずルーはちょっと黙ってようね?」
「あい」
話が混乱しないようにアースが予防線を張ると、ルナソルは素直に頷き両手で口を塞いだ。
やり過ぎ感はあるがルナソルには丁度いい。



「挨拶も出来たし、家族団らんを邪魔するのも悪いからもう帰りますね」
「かえっちゃうですか?」
「うん、また遊ぼう。約束げんまん」
「げんまん!やくしょくげんまん!!」
ブンブンと勢いよく腕を振って約束を交わすと、プルートはノースガルドの門へと向かった。



「しつこくついて来たくせにあっさりしてますね……仕方ありません、私は最後まで見送って来ますから皆さんはお帰りになって下さい。この度は本当にありがとうございました」
ぺこりとお辞儀をしてプルートの後を追いかけるホリー。
それに気付いたプルートが歓喜を全身で表現しホリーは呆れたように冷たくあしらう……それを見たシイラは驚いたように呟いた。



「あの人ってホリーさんの恋人なのかな?ホリーさんがあんなにくだけた感じになってるの初めて見た……」
「いや、彼は……」
幼馴染……とサイが言おうとした瞬間、ファルシエールが口を挟んだ。
「きっとそうだよ!!プルートさんはホリーさんの恋人だから、2人で会ったりしたらダメなんだからね、ルナソル!!」
弾け飛んでる言葉に一同が唖然とする中、ルナソルだけが元気に発言した。
「ルーしってる!オトナのこいびとはけっこんしておとしゃまとおかしゃまになるんだよね!!だからないしょであったらうわきでめーなのよ!」



アースの頭の中で小さな事件発生フラグがヒラヒラとはためいた。







「お疲れ様。大変な3日間だったわね」
「まぁ、それなりに」
その後。
身体年齢の急激な変化による疲れが一気に出たのか、アースとルナソルは早々に眠ってしまった。
とりあえず家に帰って今日くらいはノンビリしようという事で、サイとメールディアはようやく椅子に座ったところだった。



「……悩み事?」
「……うん」
ボーっとした様子で頷くサイの頭を抱いて、メールディアは彼の黒緑色の髪に指を通した。
「貴方は自分で決断をするでしょう?私は何も言わない、ただ、貴方の傍に居る。それでいい?」
「……ありがとう……」
「さぁ、眠って。私が貴方を守るから。夢からも、過去からも……誰にも何にも貴方を傷つけたりはさせないから」
「…………」



サイの身体から力が抜け、生命活動を示すものが最低限まで落ちていった。
呼吸も心音もほとんど無くなる仮死に近い状態。
世界で唯一の本当に心を許した相手の前でしかしない彼の特有な睡眠。



「………私も無力だわ」



眠るサイを抱き、メールディアは静かに涙を落とした。









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