※※からきました・未来編








「戻りましたか……」
清潔な布団の敷かれたベッドで目覚めたルナソルは、自分の身体を見てポツリと呟いた。
「………ここは………何処なのでしょう」
記憶が途切れる前の事を思い出す。
依頼終了の報告をしに行き、食事を御馳走になり、食後にとても美味しいジュースを飲んだら身体が熱く頭がグルグルとなって………



「………お酒だったんですねぇ」
溜息をついて額を押さえ猛反省する。
小さい時とは色々な部分が変わったが極端に酒に弱い体質だけは変わらなかった為、普段から注意はしていたのだ。
「アース達に何かしていないといいのですが」
恐らく過去のルナソルがこの身体に入っていたはずだが、今のルナソルにはその時の記憶は欠片もなかった。
それ故に心配だった。
ルナソル本人が思うのもアレだが、チビッ子ルナソルはぶっちぎりゴーマイウェイで何をしでかすか分からないのだから。



「おはよう。気分はどう?」
「あ………はい……あの……ここは何処でしょうか?」
「依頼主さんのお家だよ。沢山歌った後に眠っちゃったからベッドをお借りしたんだ」
先に部屋に入ってきた金髪の少年は緑柱石の目を細め笑って答えた。
「歌う………私が、ですか?」
「憶えてないの?あんなにすごかったのに」
何がすごかったのだろうかと考えていると、金髪の少年の後ろから茶髪の少年が顔をのぞかせ言った。
「歌を聴くのに町中の人が集まって来たんだよ。もぉ、そういう特技があるなら早く言ってよねぇ。これからは危険な依頼で金稼ぎしなくても街角リサイタルで何とかなりそうじゃーん!」
「その………そうですか………すみません、ご迷惑をおかけしました」
何と言っていいかよく分からず謝ると少年達は不思議そうな顔をした。



「何で謝るの?」
「謝るような事してないじゃん」
「はぁ………すみません」
「だから、謝らなくていいんだってば!」
類稀な呪歌の才能を持つルナソルは呪歌を歌えるだけでなく、その時の気分によって即興の歌でも周囲に凄まじい影響を及ぼす事が出来る。
ただ、ルナソルはある時を境に人前で歌う事を止めてしまったため、今まで自分の能力に気付かないでいたのだ。



「あのぅ……私、歌う以外は変な事をしませんでしたか?恥ずかしながら記憶がないので教えて頂ければ有難いのですが」
そうルナソルがたずねると金髪の少年の顔がみるみるうちに赤く染まっていった。
「な、何も。何もしてないよっ!!」
「そうですか………」
金髪の少年の様子は明らかにおかしかったが、ルナソルは気付かずひとまず安堵した。
………が。



「嘘つきだなぁ、ちゃんと教えてあげなよ。ルナっちがアーさんにしたあんな事やこんな事……」
「な、何でもないんだからねっ!本当に、ルナソルは何もしてないんだからねっ!!」
ニヤニヤと笑う茶髪の少年の口を押さえ慌てる金髪の少年を見ると、流石のルナソルでも何かをしでかしてしまった事を悟った。
「アースさん、私に気を使わないで下さい。何をしてしまったのか教えて下さい」
「あ……えと………」
口ごもる金髪の少年…アースの代わりに茶髪の少年が面白そうに話した。
「『あーすもおっきくなっちゃったねぇ。るーとおしょろいー!!』とか言ってすっごい力で抱きついて離れなかったんだよねー?ルナっちってお酒が入ると積極的になるんだー?」
「………成程、そういう事でしたか」
チビッ子ルナソルだったらやりかねないと納得すると、少年達はポカンとした顔でルナソルを眺めた。



「「納得しちゃうわけ?!」」
「あ………あぁ、えぇ……何と申しましょうか。普段表面に出てこない鬱積したモニャモニャが一気に溢れ出てしまったのでは………と思いまして。えぇと、えぇっと……頭がスッキリしないので少し身体を動かしてきますね」
適当な事を言うとイマイチ腑に落ちない2人を後に残し、ルナソルは壁に立てかけてあった剣を手に取り部屋を出て行った。
「相変わらず不思議ちゃんだなぁ。アーさんも苦労するねぇ?」
「別に苦労なんてしてないよ。ルナソルは普通の女の子だよ」
大剣を振り回し敵さんを無表情にぶった切っていく様を間近で見ていながら『普通の女の子』と言えるのだから愛って偉大である。



「アーさんがそう言うなら別にいいんだけどね?オレは2人の小さな恋の物語をニヤニヤ見守っているだけで楽しいし」
「ば……ばっかじゃないの?!べ、別に僕達は仲間だし、恋とかそういうんじゃないんだから。そういう事、ルナソルには絶対言わないでよ!」
「はいはい。ルナっちに会いに行くならそろそろ戻ろうって言っといて。愛しのハナちゃんと初詣の約束してるんだよねぇ、オ・レ♪」
怒って部屋を出て行ったアースの背中に声をかけると、茶髪の少年は窓に近づき外の様子を眺めた。







「………」
剣を握り軽く身体を動かしてみるが特に今までと何か大きく変わったという実感がなかった。
父はその後、子供時代の自分に剣を教えなかったのだろうか。
それとも『あんな事』が起きない世界…平行世界がもう1つ出来てしまったのだろうか。
色々と考えても正しい答えは出てきそうにない。
過去に戻った事は夢だと思った方がいいかもしれない。
そう考えルナソルは空を仰いだ。
下を向いた途端に涙が落ちてしまいそうな気がしたからだ。



幼いあの頃。
多くの人に守られ愛されていた幸福が当たり前だった頃。
それは確かにあった事なのに夢であったとしか思えない。
自分を取り巻く環境はあまりに変わり過ぎたのだ。



※ ※ ※ ※ ※




「剣の稽古はもういいの?」
「あ………はい」
目を擦って振り向くと、アースは眉をしかめた。
「どうしたの?大丈夫?」
「はい、大丈夫です。目に砂が入っただけですから」
「そう………あまり擦らない方がいいよ。眼球が傷付くかもしれないからね」
言い訳を深く追求せずにアースはルナソルに近づいた。



「どうしました?」
「あ、あぁ……あのね、稽古が終わったところを申し訳ないんだけど、両手で剣をしっかり握ってもらえるかな?」
「はい……こうですか?」
「うん、いいよ。そのままなるべくリラックスしていてね」
そう言うとアースはルナソルの手の上から剣を握り目を閉じた。



「あの……何を……?」
「剣に『時』以外の魔法の力を纏わせてみようと思うんだ」
「私は時魔法以外を使えないのは御存知ですよね?」
「でも、火と水の力も持っているでしょう。普通だったらどっちかの力が勝つかお互いに打ち消し合うところを、ルナソルの場合は上手く均衡を保っている。ルナソルの身体へ負担がかからないように無意識に調整しているんだろうけど、そのせいで力は持っていても発動が出来ないんだよね?」
「そうです」
時魔法以外の魔法を発動できないルナソルだったが、実は火と水の魔力も持っている。
本来ならば相反する能力であるため1つの身体に共存することが出来ないのだが、ルナソルの中では2つが融和しているかのように上手くバランスがとれているため問題が起きていない。
ただ、2つのバランスが崩れる事がないためにどちらかの力だけを取り出す事もできない。
だからルナソルは魔力はあっても魔法を発動できないのだ。



「『時』の能力に『冥』の能力を加えると『流れ』が生じるよね?」
「えぇ」
「ルナソルの時の能力に僕が冥の能力を送れば、火や水の魔力を剣に流して力を得られると思わない?」
「それはそうかもしれませんが……魔力のバランスが崩れれば多分私は動けなくなります」
無理だろうという思いを込めて言ってみても、アースはルナソルの手を離さず何かに集中しているようだった。
「………」
「………」



そういえば、とルナソルは昔の事を思い出した。
小さい頃も同じような事があった。
アースは誰よりもルナソルに魔法を使わせたいと思っていた。
体質的な問題で時魔法以外は使えないと分かっても何か方法があるはずだと探し続けた。
ーーールナソルの知る過去では結局、その頑張りは実を結ばなかったのだが。
「………」



今のアースはその事を知らないはずなのに、やっている事は変わらない。
今のアースは昔と違うはずなのに、それでもルナソルのために一生懸命になってくれる。
それはとても嬉しかったがルナソルは同時に罪悪感のようなものも感じていた。



「(どうやっても私はアースを巻き込んでしまう)」



「………いいよ、いける」
「はい?」
アースが目を開くと同時に、両腕から剣に向かって何かが流れ込んでいく感覚をルナソルは味わった。
「剣が火、ルナソルの身体が水、右手が時、左手が冥。練習をすれば火と水の魔力を入れ替えられると思うよ」
「は……あ……」
オレンジ色の光を纏った刀身は、ファルシエールが得意としていた魔法剣とよく似ていた。



「元に戻すには剣の柄から両手を外せばいいよ。一端こうなったら片手でも状態を保てるっていうのも憶えておいて」
「は……あ……」
「慣れればきっともっと強い力を使えるようになると思うよ。僕も力の発動に時間をかけないように練習するからさ、一緒に頑張ろう?」
「は……あ……ありがとうございます……でも、どうやって……??」
本人でも出来ない事を何故アースが力を加えただけで出来たのか、それがよく分からなかった。
小さい頃にはこんな風に試した事がなかったし、誰も思いつきもしなかったはず。



「正直言うと自分でもよく分からないんだけど、さっきふと思いついたんだ。やった事があるような気すらしたのはおかしいけど……うん、それはおかしいよね?」
「そうですか……」
ようやく合点がいった。
あの後、過去は少し変わったのだ。
ファルシエールはルナソルに魔法剣を使わせる為にアースと協力したのだろう。
記憶はなくても経験は身体に残っている。
だからアースはこの事を思いつけたに違いない。



「ど、どうしたの?!」
ルナソルの紫水晶のおおきな瞳からポロポロと大粒の涙が落ちてくるのを見てアースは焦ってしまった。
今の流れで泣くという結果には結びつかなかったのだから。
「……っ………っ……」
アースは躊躇いながら泣き続けるルナソルを抱き寄せると、安心するように背中を擦りながら言った。
「声出して泣いた方がスッキリするよ?泣くのは恥ずかしい事じゃないから我慢しないで」
すると、それまで黙って肩を震わせていたルナソルはアースの首に両手を回しワァワァと声を上げて泣き出した。



「(ぐ……ぐるじい……)」
ひょっとしたら自分よりも腕力がある相手の遠慮ない締め付けにアースはギブアップ寸前だったが、男の根性と自尊心とやらで平静を装いルナソルが気の済むまでやらせておいた。







「………すみませんでした、苦しかったですよね?」
「う……うぅん、全然っ!!全っ然平気!!」
ルナソルが身体を離して暫くすると、アースは我慢の限界を軽く突破し激しく咳き込んだ。
それを見たらいくら鈍感でも無理をしているのが分かるのは当然だ。



「あの………」
「あ、も、もう謝らないでね?本当に平気だから」
「いえ、あの………ありがとう、アース………」
「…………」
「…………さん」
ガクンッと前のめりに倒れたアースは地面に手を付き項垂れた。



「や………やっぱり「さん」が付くんだ………」
「え、えぇと………だい……じょうぶ……ですか、アース………」


『未来に戻ったら、僕の事をさん付けにして呼ばないで欲しいんだ』


ふと、過去のアースの言葉を思い出しルナソルは口をつぐんだ。
「…………」
「…………」
「…………」
「…………やっぱり不自然ですよね?」
「そ、そんな事ないない!!いいよ、呼び捨てで全然構わないよ!!」
「そうですか。では、これからはそう呼ばせて頂きますね。出来るだけ」
「うん………って、出来るだけなの?!」
その情けない顔にルナソルが思わず笑うと、アースもつられるように笑った。



「笑えるんじゃん。今みたいにもっと笑った方がいいよ。ルナソルの笑顔を見たら何だか安心する」
「では、そちらも努力してみます」
「はい、努力してみて下さい。それじゃさ、仕事も終わったしルナソルの体調もよくなったみたいだし、一度あっちの世界に戻ろう?アイツが初詣の約束をしてるとか五月蝿く言ってるんだよ」
「はつもうで……ですか」
言葉の意味を理解しようとルナソルが復唱すると、アースはハッと思いつき赤くなりながら言った。



「あ、よ、よかったら僕達も行こうよ、初詣。ほら、えぇと、縁起物だし」
「行く………いいですよ、行きましょう」
馴染みのない言葉だが『あの世界』では縁起のよい場所なのだろうと思い頷くと、アースは笑ってルナソルの手を引いた。
「初詣の後は家で新年のお祝いをしようね。お母さんがルナソルに和服着せたいって張り切ってるから戸惑うかもしれないけど……」
「わふくきせたい………わふく………」
わふく……輪服?
又もや聞きなれない言葉にぷわぷわと頭の中で疑問が浮かんで来たが、 「ドーナツみたいな服かも!!」という訳の分からない答えに行き着き、ルナソルは幸せそうに笑った。
根本にある不思議思考は健在のようだ。



「嬉しいの?」
「はい、楽しみにしています」
「そっか、じゃあ早く戻ろう」



アースとの繋がりを絶った時、ルナソルはもう2度と彼に会う事はないと覚悟していた。
しかし、大きな力が働いても世界が変わっても、2人はこうして共に同じ時間の上に生きている。



「ねぇ、ルナソル」
「はい」
「今年もよろしくね。お願いだから勝手にどっかに行ったりしないでね?」
「………努力します」



必要に迫られれば自分は再びアースの時を奪うかもしれない。
「努力じゃなくて約束して欲しいんだけど……まぁ、事情があるなら仕方ないか。いなくなったら探すから。こう言っちゃなんだけど見つけられる自信あるんだ」
それでもきっと自分達は出逢い、彼は笑って手を握ってくれるのだろう。



「そうですね、見つけてくれますよね。だって私とアースは1番仲良しでいつも一緒に居るんですから」
「…………え?」
困惑するアースにルナソルは小首を傾げて目線を逸らした。
「アーさん、ルナっち。もういーいー?」
「はい、すみません。お待たせしました」
「え?ちょ、ちょっと………えぇっ?!」
新しい年。
未来の2人の止まっていた時がほんの微かだが動き始めた。









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