12の月 黄の月の5日。 研究院 サイの研究室。 「くりすますおめでとごじゃます、ホリーしゃん」 「クリスマスおめでとうございます」 「はい、おめでとうございます。お2人共、今日はお揃いの服を着てるんですね。とても可愛いですよ」 仕事形式や就業時間が変則的な研究院だが、クリスマスは休みになっている。 サイとホリーは出勤しているが、それほど切羽詰まった仕事はないようで研究室の中はいつも以上にノンビリとした雰囲気だった。 「雪の花、どうもありがとうございました」 「ママしゃんもめるしゃんもよろこんでくれました」 「それはよかったです、お2人の役に立てて私も嬉しいです」 ふわふわしてて白くてキラキラの不思議な花、雪の花。 ノースガルド・・・ホリーの実家がある地域にのみ生息する珍しい植物。 ホリーにお願いして採取の申請をしてもらった所、可愛い可愛い妹の為にとホリーの2人の兄達がノースガルドの入口まで大きさや形を厳選した雪の花を持って来てくれたのだ。 「お兄さん達にもよろしくお伝え下さい」 「おつたえくだしゃい」 「はい、伝えておきます。さぁさぁ、入口に立ったままでは寒いでしょう。ミルクを温めますから椅子に座って待っていて下さい。実家から送られてきた美味しいジャムが在るのでビスケットにつけて食べましょうね」 「うわぁぁい!ありがとごじゃます〜〜」 「ルー、走ったら危な・・・・・うん、そう、気をつけるんだよ」 トトト・・・・と中に入っていくルナソルの後を追わず、アースはキッチンへ。 「アースさんも座ってていいんですよ、こっちは大丈夫ですから」 「運ぶだけでも手伝います。4人分は大変でしょう?」 てきぱきとカップやお砂糖の準備をする赤いケープを着た幼児。 「・・・・・・アースさんはセンセイに似てますね」 その様子を見ていたホリーが呟くと、 「似てませんよ」 アースはやや早口に即答した。 「似てませんか?」 「はい、似てません。髪の色も質も違います。目の色も肌の色もどこもかしこも同じ所がありません。目の色はお母さんと同じですけど・・・・・お母さんにも似てないと思います。あ、ミルクが沸いてますね」 火を止め慎重に2つのカップにミルクを分けると、アースは眠そうな目を普段よりも少し開いてホリーを見上げた。 「すみません、僕って子供らしい可愛げがないですよね」 困ったように眉を寄せて微かに笑う表情は確かに子供らしいものではない。 だが・・・・・ 「ルーもおてつだいするよ」 「大丈夫。ルーは座ってて・・・・・あ、先に運んでます」 トレーに乗せられるだけのモノを乗せてルナソルの元へと向かうアース。 その後ろ姿が見えなくなると、ホリーはかぁぁっと顔を赤らめた。 「かわゆいよねぇ?」 「きゃぁ!?」 誰も居るはずのない場所からの突然の声に驚き体勢を崩しそうになった所を支えられ、その状況に更に顔が赤くなっていく。 「ごめんごめん」 「いいえ・・・・・すみません、ありがとうございます、センセイ」 ホリーがスススッ・・・と体を離すと声の主・・・・・サイは悪気のない顔で笑った。 「あんなにハッキリ『似てない』って言われたら、お父さんチョット傷ついちゃうなぁ」 どこから聞いていたんですか、とはあえて聞かない。 多分、最初から最後まで分かっているのだろうから。 「私は似てらっしゃると思いますよ。見た目というか中身の方が主に、ですが」 面倒見がよ過ぎるくらいよくて、人から迷惑を掛けられても怒ったりしないで解決の方へと動く。 天賦の才能を驕らず、出し惜しみをしない。 彼女の敬愛する上司にソックリだ。 「見た目は似てない?」 「・・・・・・仕草は似てるかもしれません」 「仕草?うーん、ビミョー」 ひょいっとビスケットの並べられた皿と砂糖入れを持ってサイはお子様達の待つテーブルへ。 その場に残ったホリーは・・・ ― 謝る時の表情が同じって、反則です・・・・・ 小さく溜め息をつきテーブルへと向かった。 「しょれでね、しょれでね!!」 「・・・・・・」 クリスマスの準備にどんな事をしたのかを一生懸命話すルナソルと、静かにホットミルクを飲んでルナソルの様子をうかがうアース。 「でね、ときのまほーがぐるぐる・・・・・あれぇ?なんでぐるぐるするんだっけ??」 「時を取り出して頭とシッポを繋ぐからだよ。時と冥の主要能力「1から0、0から1」を繰り返しているって言えばお父さんには分かりますよね?」 ルナソルの記憶が混乱して訳が分からなくなるとフォローして話を本筋に戻す重要な役割。 「よく思いついたなぁ。改めてオマエさん達ってスゴイって感心しちゃったよ」 「しょなのよ、アースはすごいの!!ルーよりもいっぱいかんがえてていっぱいすごいのよ」 「一緒に考えて一緒に頑張ったんだから、どっちがスゴイって事はないよ。大体、ルーがいなくちゃ時の能力が使えないじゃないか」 「一緒に」と言われてルナソルはほわほわと幸せそうに笑う。 「一緒に」と言ってアースは少し照れたように下を向く。 「かわゆいよねぇ?」 「そうですね」 さっきの話の続きと解釈し頷くホリー。 表情や反応が薄い分、余計に少しの仕草が可愛い。 「んとね、ホリーしゃんにぷれじぇんとなのです」 ごそごそと白い大きな袋からルナソルの腕に抱えるくらいの包みを取り出し、ホリーへ手渡す。 「私にもですか?!あ、ありがとうございます。開けても宜しいですか?」 まさか自分にもプレゼントがあるだなんて思ってもいなかったため、受け取っただけでちょっぴりウルっときている。 「どうぞ」 「どじょ」 丁寧に丁寧に包みを開いて中を取り出す。 「これは・・・・・」 ◆ホリーさんは・・・・・◆ 「膝かけってどうかな」 「ひじゃかけって、んーと・・・・なぁに?ひじゃにかけるの?」 名前からどんな物だかを想像しているルナソルの口から何故かヨダレが落ちそうになった。 何処でどう想像が迷走したのかは本人にしか分からないが、最終的に食べ物に行きついたらしい。 「・・・・・食べ物じゃないよ。椅子に座っている時とかに膝にかけるちっちゃい毛布みたいなヤツだよ」 「しょうなんだぁ」 ヨダレを拭いてあげながら間違えのないように説明をする。 ルナソルは少々思考がオモシロなので注意が必要。 毎度この苦労をするアースは保育士レベルMAXである。 「書庫って寒いんだよ。ホリーさん、調べ物が多い時は書庫に長い時間居るから、そういうのがあったらいいんじゃないかなって思うんだ」 「しゃむいのやーよね。ルーのもうふ、ふぁふぁであったかいのね、はんぶんあげるのよ?」 シャキーン!!とハサミを取り出すルナソル。 意外に行動派。 ・・・・・思うがままに行動するだけともいう。 「いやいや、毛布じゃないから。それに、半分にしちゃったらルーが寒くなっちゃうからお母さん心配するよ」 「んーー、おかしゃましんぱいしゃしぇちゃめーね。じゃあどうしよ?」 大人しくハサミをしまって首を傾げる。 「ちょっと難しいんだけど、マフラーみたいに編んでみたらどうかな」 「うわぁ〜〜、あみものむずかしいねぇ。おかしゃまもできないのよ?」 料理が得意なシイラは残念な事にお裁縫技術が非常に低い。 編み物を挑戦してみた事はあるものの、どうしてもモニョモニョの塊になってしまい断念。 「僕のお母さんに教えてもらおうよ。お母さんなら出来ると思うから」 「めるしゃんなんでもできるもんね!ルーとおかしゃまのおようふくいっぱいつくってくれるもん」 何でも卒なくこなすメールディアはお裁縫が得意だ。 カワユイ母娘に自分好みのカワユイ格好をさせるという欲望を満たすため技術を磨いた結果、その腕前は職人の域に達してしまっている。 「それじゃあ、お母さんの所に行ってみよう」 その日の昼。 「毛糸は沢山あるから好きなのを選んでちょうだい」 編み物を教えて欲しいという言葉に即OKを出したメールディアはお子様達を家に連れていき、どっさりと毛糸を出してきた。 「おとしゃま、めるしゃんおしごとぬけていーい?」との言葉に爽やか笑顔で「いいよ!」と答えたのをいい事に、午後の仕事はファルシエールに全て押しつけてきたようだ。 「軽い毛糸がいいよね」 「ふぁふぁでぴんくのがいーよ!」 2人が選んだのは軽くてふわふわとしたピンク色の毛糸。 「可愛い色でいいんじゃないかしら。それじゃあ、早速編んでみましょう」 そう言って取り出したのは銀色のかぎ針。 「あれぇ?にほんのぼうでこうやってあむんじゃないの?」 針を持って何やら編むような手つきで手首をクイクイと動かし首を傾げる。 「棒針編みは未だ難しいと思うの。あのね、これはこうやってみるのよ」 お子様2人の目の前で毛糸を持って針をゆっくりと動かす。 「この部分にね、こうやって毛糸をかけて引っ張るの。これの繰り返し」 同じ動作を数回繰り返すと驚異的な速さで手を動かし始めた。 「すごーーーーーい!」 「ここで返して同じように・・・・・」 「・・・・・・」 ある程度の長さを編んで返しての繰り返し。 10センチくらい編んだところでメールディアは手を止めた。 「それじゃあ、ルナちゃんやってみましょうか」 メールディアはルナソルの背中にまわると小さな左手に毛糸をかけ右手に針を持たせ、上からそっと握った。 「一緒にやりましょう。ゆっくりでいいのよ」 「アースは?」 「憶えたから大丈夫、こっちで別にやってるから最後にくっつけよう。編み目は変わっちゃうけど、それはそれで手作りっぽくていいですよね、お母さん」 「そうね。そうだ、アースには注意しておかないと。夢中になるときっとキレイに編み過ぎてしまうと思うから、あまりキッチリとは編まないようにね」 「はい、気をつけます」 アースには一度注意しておけば心配はないだろうと、ルナソルの方へ目を向ける。 「めるしゃん、おねがいします」 「こちらこそ」 ルナソルは不器用だが物覚えは悪くない。 教える人が根気を持って時間をかけて丁寧に教えてあげれば、ちゃんと一人前の事が出来る。 アースの面倒見のよさは両親由来。 つまり、メールディアも物凄く面倒見がいいということ。 「あぁ・・・・ほどけちゃった・・・・・」 「大丈夫よ、もう一回やってみましょうね」 「・・・・・・・」 3歩進んで2,3歩後退でノロノロと編むルナソルの横で黙々と編み続けるアース。 編む 編む 編む・・・・・ 「ありがとうございました、お母さん」 「どういたしまして」 自分の編んでいる分の編みかけのモノと毛糸を持ったルナソルを家に送り、自宅へ帰った母と息子。 「あんなに短時間にルーが編み物が出来るようになるとは正直思っていませんでした」 「いい生徒さんだったのよ」 サイの帰りが遅くなるとの事で先に夕飯を食べた2人は、並んで座って時々会話をしながらそれぞれの事をしていた。 「ルーみたいな子じゃなくてごめんなさい」 「どうしてそんな事を言うの?」 本から目を離し、黙々と編み物を続ける息子を見つめる。 「僕は子供らしく出来なくて可愛げがないでしょう。お母さんもお父さんも本当は・・・・・もっと普通の子供にするみたいに色々と教えてあげたいんじゃありませんか?」 「・・・・・・そうねぇ」 「・・・・・・ごめんなさい」 母の同意の言葉を聞くと、アースはほんの僅かに肩を落とした。 「お父さんにはナイショよ?」 アースを膝の上に乗せると、メールディアは後ろから抱きかかえるようにして一緒に編み物をし始めた。 「あ、あの、僕、1人で出来ますから・・・」 「そうねぇ、出来るわねぇ」 何だか恥ずかしいからジタバタして逃れたい・・・けれどジタバタしたらかぎ針が外れてしまうかもしれない・・・だから結局されるがまま。 流石の天才児も母親の考えが分からない。 ただ、自分がこの状況では逃げられないと分かっててやっているという事は分かる。 「嫌?」 「いえ、あの、その・・・・・・・ううん、嫌じゃない・・・・・」 恥ずかしいだけで、嫌なわけじゃない。 分かっててそう聞いてくる。 「じゃあ、お父さんが帰ってくるまでこうしてましょう」 「はい・・・・・・」 「ひじゃかけなのです」 「よかったら使ってください」 「お2人が編んで下さったんですか?」 ピンク色のほわほわとした毛糸の膝かけは、よくよく見ると3分の1くらいの編み目が伸びてたり詰まり過ぎてたりするのが混ざっているためガタガタになっている。 「あのね、めるしゃんがいっしょあんでおしえてくれたのです。あとね、ルーがおうちであんでたらおかしゃまとおとしゃまもあんでくれたのです」 編み目が伸び伸びな部分はシイラ作。 詰まり過ぎな部分はファルシエール作。 仲良し親子が3人で交替しながら編んでいる様子を想像すると微笑ましい。 「俺も編んだんだよ」 「せ、センセイって編み物も出来るんですか?!」 どの辺りを編んだのかと見てみるが、アースが担当したと思われる部分は編み目が綺麗に揃っていて複数の人が編んだとはとても思えない。 「出来あがってみたら2家族総出の作品になったって事?こりゃスゴイもんだな」 「は、はい。あぁ・・・・・どうしましょう。本当に嬉しいです、有難うございます」 目をウルウルさせながら喜んでくれる様子を見て、お子様達は満足そうに頷いた。 「おとしゃんにもぷれじぇんとです」 「はい、クリスマスおめでとうございます」 「ありがとう」 手渡されたのは封筒。 中身は白い紙。 何も書かれていない白い厚紙。 流石のサイも意味が分からず首をひねる。 「あのね、しょれはおとしゃんとルーたちしかつかえないのよ」 「つかう・・・?」 ただの白い紙だったらチョッピリ落ち込んでしまう所だったが、そうではないらしくホッとする。 「上位能力の『天・時・冥』に反応して画像が呼びだされるようになってます。音の時を捕まえる事は出来たんですが、画像は難しくて使える人が制限されてしまいました」 「あぁ・・・じゃあ、この紙に天の能力を流せば何か絵が出てくるのかな」 「しょだよ。やってみて、やってみて!!あのね、ちっちゃいア・・・・・・」 「一人で見て下さい。絶対絶対、一人で見て下さい!!」 バッとルナソルの口を塞ぎ立ち上がると、彼女を引きずるように早足に出口へと向かった。 「む、む、むーむーむーむー!!」 「僕達、次の人にプレゼントを渡さなくてはいけないので失礼します。行こう、ルー」 「むぅぅぅーーーー!!ぷは・・・・しゃよなら、おとしゃん、ホリーしゃん」 パタパタと駆け足で出て行くお子様達を見送り、改めて白い紙を注意して見る。 「何・・・・なんでしょうね?」 「うん・・・・・・あ、ごめん。息子さんのお願いなので・・・・・」 「1人でご覧になって下さい。でも、多分・・・・・多分なんですけど、メールディアさんと2人でご覧になった方がいいんじゃないかと思います」 「女の勘というヤツ?それじゃあ、後での楽しみにしますかね」 「ごめんね、痛くしなかった?」 「だいじょぶだよぉ。ルーもごめんね?あれはひみつのほうがおとしゃんうれしいんでしょ?」 「あ・・・・・うん・・・・・あの・・・・・」 「ルー、おしゃべりでめーなのよ」 秘密の方が嬉しいからじゃないんだけど・・・・・とは言えずに手を繋いで歩く。 本当は・・・・・ 「カイラしゃん、こんにちは。くりすますおめでとごじゃます」 「おめでとうございます」 「あぁ、おめでとう」 竜堂で読書していたカイラは静かに顔を上げるとお子様2人に近づいた。 「頼まれていた物はネオ達に渡しておいた。2人とも喜んでいた」 「よろこんでくれたってー。よかったねぇ」 「うん・・・・・」 「後、これを」 アースの手の上に小さな箱を乗せる。 「ありがとうございます、助かりました」 「ありがとごじゃます」 一緒にぺこりと下げた2人の頭を撫で撫で。 冷たく鋭い氷のような表情が僅かに溶ける。 「はい、カイラしゃんにぷれじぇんとです」 「私にもあるのか・・・・・ありがとう」 手渡されたのは長方形の箱。 「蓋の裏に画像が出るので箱を開けて冥の能力を送ってください。え・・・・・と、僕達はこの箱を届けに行くので失礼します、行こうルー」 「うん?あ、しょかしょか、カイラしゃんにもひみつのぷれじぇんとなのね?」 「秘密・・・?」 パタパタとお子様達が出て行った後、箱を開いて冥の能力を送ってみる。 すると・・・・ 「カイラしゃん、よろこんでくれたかなぁ?」 「たぶん・・・・・」 冥の能力を暫く送っていると箱の蓋の裏にモヤモヤと2つの人影が浮かんできた。 人影が誰か分かるようになり、画像にモヤモヤがなくなると2人の女性の声が流れた。 『 心配するからさ、もっと頻繁に帰って来てよ 』 『 ・・・・との事です。たまには親子3人でお茶でもしましょう 』 ガタンと音を立てて椅子に座り、口をおさえて下を向くカイラ。 誰も・・・・・彼の弟すら見たことがない表情で顔を赤らめている。 「あの子たちは・・・・・」 自分と同じ能力を持ったあの子供達の可能性が楽しみでもあり怖くも思いながら、蓋の裏で静かに微笑む2人をじっと見つめた。 「おまたしぇしました〜!!」 「お待たせしました、シイラさん」 「ふふっ、そんなに急がなくても大丈夫よ」 部屋に駆け込んできた子供達の真っ赤な頬を擦ってあげるシイラ。 「あのね、おかしゃまのおかしゃまとおとしゃまね、ぷれじぇんとよろこんでくれたって!」 「そう、それはよかったね」 ネオとイオシスへのプレゼントはシイラとルナソルの歌が入った箱。 昔、シイラが母親のイオシスと一緒によく歌った歌だった為、イオシスがボロボロと泣いてしまいネオをオロオロさせたとか。 「それでは、シイラさんへのプレゼント。ルー、始めよう」 「あい!」 アースは先ほどカイラから貰った箱を取り出し、ゆっくりとその蓋を開けた。 中から出てきたのは・・・・・ 「ピアノの音・・・・」 有名なクリスマスの曲。 そして、何処か懐かしい音。 「あ・・・・・」 前奏が終わって歌が始まる。 シイラの手を握って一生懸命歌う娘と、透きとおるように美しい女性の声・・・イオシスの声が重なる。 「おとうさん・・・・・おかあさん・・・・・」 自分が娘と同じくらいの頃、親子3人で暮らしていた頃、毎日のようにネオはピアノを弾きイオシスとシイラは歌を歌っていた。 遠い遠い記憶は真綿にくるまれているように柔らかく優しい。 「おかしゃま・・・・・ないてるの?かなしいの?いやだったの?」 藍玉の瞳からスーッと透明の雫が落ちてくるのを見て、ルナソルはショックを受けてしまった。 笑って喜んでくれると思っていた。 「上手に歌えたね」って褒めてくれると思っていた。 それなのにどうして、どうして涙を流しているのだろう? 小さいルナソルにはその理由が分からない。 「ルー、オトナになると涙が出るのは痛い時とか哀しい時だけじゃなくなるんだよ。心が強く震えた時、嬉しくても涙は出るようになるんだ」 「しょれじゃ、おかしゃまうれしいの?」 涙を拭いながらシイラが頷く。 「うん、嬉しい。すごく嬉しい。ありがとう、ルナソル。ありがとう、アース」 「あのね、ルー、いつでもおかしゃまにうたってあげるのよ。だからね、おかしゃま、ルーといっしょにいっぱいうたってね?」 「おつかれさん」 「疲れたわ・・・・・アースは?」 「飯も食わずに寝てしまいました。今日は能力使いまくったから仕方ないでしょ」 「ふふっ」 すやすやと眠っている息子の顔を見て、サイとメールディアは顔を合わせて微笑んだ。 「さてと、メーデが帰ってきたからプレゼントを見てみましょうかね」 プレゼントに貰った白い厚紙を取り出して、天の能力を解放する。 「いつまでも見慣れないわねぇ、そっちの姿」 「派手だもんね、俺も慣れないし」 金の髪と瞳になったサイは、軽く笑って白い紙に天の能力を送った。 「・・・・・」 「・・・・・・・・・・・」 ◆お父さんが欲しいもの◆ 12の月 青の月の7日 夜。 「お母さん、お願いがあるのですが」 「何?」 改まった様子でアースがしたお願いは・・・ 「実は、お父さんが欲しいものを教えて欲しいんです」 「サイが欲しいもの・・・・・・?」 サイは何でもできるから特に何をして欲しいということが分からない。 物に対する欲があまりないから何が欲しいかが分からない。 自分の父親が好きなもの、欲しいものの見当が全くつかなかったアースは、父親のことなら何でも知っているであろう母親に聞くことにしたのだった。 「ある事はあるのよ、欲しいであろう物。でも、難しいの」 「難しくてもいいです、教えてください」 「・・・・・・そうねぇ、貴方達だったらもしかしたら出来るかもしれないわね」 「おとしゃんのほしいものわかった?」 「うん・・・・・・」 メールディアに言われた事は難しかった。 だが、ルナソルの能力をちゃんと使えれば実現が出来そうなものでもあった。 サイの欲しいもの。 それは、『いつまでも憶えておきたい素敵な記憶』。 「記憶っていっても、お父さんの記憶力は半端じゃない程いいからどんな昔の事だって思いだせるんじゃないですか?」 「確かにその通りよ。だからね、どんなに思いだしたくない記憶でも忘れる事が出来ないの。どんな事でも些細な部分まで憶えている」 心に出来た傷は『忘却』というカサブタで隠して『時』が癒していくものだ。 思い出したくない記憶でも忘れる事が出来ないという事は、心の傷が剥き出しのままだという事。 「・・・・・・・それは、辛いですね」 「ええ、辛いわ。だから、お父さんは自分自身に暗示をかけたの。お母さんの近くに居れば、怖い夢・・・昔の記憶を見ないで眠れるっていう暗示」 「・・・・・・」 ― そういえば、お父さんはお母さんの傍でしか眠っていない。 仕事がものすごく忙しくて本当に少しの間だけ仮眠をとる時、わざわざお母さんが来るのはそういう事だったんだ。 ― 何でも出来るからってずっと順調な人生を歩んできたとは限らない。 今を生きているっていったって過去に囚われる事がないとはいえない。 「ずっとまえのときをよびだすの?」 「時の能力を上手く使えば出来ると思うんだ」 「しょなの?しょれじゃルーがんばるのよ、ゆーごーしよっ」 「うん・・・・・・・ありがとう」 融合をした2人は能力も記憶も共有できる。 ― いつのきおくをよびだすかはきまってるんだね。 ― 5年前の12の月 黄の月の5日。僕の家の庭での記憶だよ。 アースの家の庭に移動した白竜は再び脳内会議を始める。 ― きおくをよびだすってことは、だれかがみてなくちゃめーなのよね? ― そう。5年前にここであった事を見てた人の記憶を呼び出さなくちゃいけないと思う。 ― むーーーーーー 腕を組んで考える。 5年前に何があったのかを見てた人。 そんな偶然って・・・・・ ― あ。 ― いるよねぇ!! 白竜の目が1本の木に向けられる。 5年前・・・それ以上前からここに生えている木。 「お願いです、記憶を見せていただけませんか」 白い紙に浮かび上がったのは、雪が降っている庭でサイに抱っこされて笑っている赤ん坊のアースと、ふくふくの頬に顔を近づけて笑うサイとメールディア・・・・・家族3人の姿だった。 「この時ってさ、アースがあんまりに雪に興味を示すから外に連れていったんだよな」 「それで、顔に雪がついてクシャミしたから心配になって顔を近づけたら、何故か笑ったのよね」 「そうそう、アースが初めて笑ったんだよ、あの時」 赤ん坊のアースは、泣きも笑いもしない子だった。 ルナソルと融合している時は笑うのに、単体の時はボーっとしているか眠っているかのどちらか。 だから、アースが初めて笑った時の記憶はサイにとって嬉しくて掛け替えのない素敵な記憶。 「プレゼントはどうだった?」 「これってメーデのアイディアでしょ」 「ヒント程度よ」 「・・・・・・・・・サイコーに決まってんじゃん」 「それはよかった」 サイが見慣れた姿に戻ると同時に紙は元の白い紙に戻った。 「思い出は消せない、それが良くても悪くても。だから、もし嫌な記憶に流されそうな時はこれを見て欲しいの。貴方には新しい素敵な思い出を作る家族がいるんだって、思い出して」 「・・・・・・・うん」 疲れて眠っている息子の髪を撫でて、聞こえてないとは分かっていても話しかける。 「ありがとう、俺達の可愛い息子さん」 静かに部屋から両親が出て行くと、薄く目を開いて誰にも聞こえないようにアースは小声で呟いた。 「・・・・・・・・・かわいくなんてないです」 寝返りをうって再び眠りについたその顔は穏やかに微笑んでいた。 |
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