ゆめ








3の月、緑の月の4日、朝。


「メールディアしゃん」
「・・・・・何?」
「何か、隠してるでショ」
「何も隠してないわよ」
「・・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」
濁りのない黒玉の瞳がじーーーーーっと緑柱石の瞳を覗きこむ。
「やっぱり、隠し事してる」
「してません」
「・・・・・してるって」
ふぅっと息を吐いてメールディアの身体を抱き上げベッドへ向かうサイ。



「なっ・・・・」
「今日はお仕事休みなさいな。いくら普通の人よりも回復力の高い身体っていっても、無理はいけませんよ」
「大丈・・・」
「休みなさい」
普段のへらへらっとした笑顔はどこへやら。
絶対に逆らえない妙な迫力がある笑顔。
「・・・・・・分かったわよ。じゃあ、アストライト様に連絡してから・・・」
「オッサンには俺が連絡しておく」
「アースの事は・・・」
「お願いして、寝てていただきマス」
「は・・・はぁ・・・」
乳児にお願いとは如何なものか。
「兎に角、仕事の事なんて忘れて今日は1日休むこと。仕事の依頼が来るようなら・・・・」
「・・・・・・来るようなら・・・・・」
嫌〜な予感。
「消しちゃう★」
てへっという笑いが付くような可愛らしい返答だが、ものすごく寒々しい。




ナニヲデスカー!?




世の平和のために大人しく横になるメールディア。
緊張を解いたせいか段々と身体がダルくなっていく。


―これは一種の特技よねぇ・・・


自分の事・・・気持ちや体調・・・を隠すのが得意な彼女。
それを見破るのが得意な彼。


―悔しいけど・・・救われる・・・


目を閉じると、ふぅっと眠気に襲われる。


―あぁ・・・きっと、夢を見るわ・・・







メールディアは体調が悪くても決して表面には出さない。
竜の血が濃い身体だから普通の人よりも早く体調が回復するという事とメールディアの性分を考えて、普段のサイならば気づいていても何も言わない。
だが、今回は安静にしていないと回復に時間がかかりそうだと判断した為に無理矢理休養を勧めたのだった。




「・・・・という訳で、アース。おかあさんが元気になるまで眠ってていただきたいのですが」
「・・・・・・・・・・」
納得したのかしていないのかは分からないが、アースは緑柱石の瞳をゆっくりと閉じ眠りについた。
「よろしくお願いしマス」
「・・・・・・・・・・」


お願いをしなくても彼らの息子はよく寝る。
周囲の大人たちが心配になるほど寝る。
エネルギー源が欲しくなったら起きるが、無ければ無いで再び寝る。
全くと言っていい程に手の掛からない息子さん。


「よっし、息子さんはオッケ。次は・・・
親孝行?な息子さんを家に残し、おとうさんはおかあさんの職場へ移動した。



※※※※※※※※※※※※




3の月、緑の月の4日、魔道院。
院の中に入るとふんわりと甘いバラの香りが鼻をくすぐった。


―今年も相変わらずやってんだ・・・あのオッサン・・・


香りの原因は、火聖司長のホワイトデーのプレゼント。
魔道院の女性に適当に声をかければ、ほぼ確実に同じ品を持っている。
年齢不詳の永遠の20代は冗談みたいにモテモテなのだ。



「失礼しまーす」
声をかけて重厚なドアの執務室に入ると、似たような雰囲気の2人の美青年が多量の書類の山を処理していた。
特に栗色の髪(前髪は緋色)の美青年からは殺気に近いイライラっとしたオーラが発生されている。
「・・・・・・・何でこうなんですか、今日が何の日だか分かってんですか?」
「はいはい、分かったから。次の書類回せ」
「な、何っ、その言い方?!」
怒りレベルの上昇に比例して、ぐあっと室内の気温が上昇する。


「スミマセーン、ちょっといいですかー?」
「何っ!?」
「何だ?」
とりあえず話が進まないので火災発生地に足を踏み入れると、容赦のない殺意の波動がサイを襲う。


― ヤ・ラ・レ・ルvv

「悪ぃ、メーデが居なくてオッサンの仕事がアリエナイコトになってる所を申し訳ないんだけど、提案に来ましたよ」
「提案・・・?」
どうでもいい事だったら放送禁止用語自主規制だという空気を発する栗色の髪の美青年・・・ファルシエール。
「提案を実現するに当たり、オッサンとファルの協力が必要なわけなのですが」
「・・・・・で、その提案の内容は何だ。ご覧の通り、お前も充分理解してる通り、現在ものすっごい立て込んでいるわけなんだが」
「立て込む原因を作ったのは、アンタで・・・・」
「はいはいはいはいはい、とりあえず、話を、聞け
爆発寸前のファルシエールの魔力を強引に抑え込むサイ。
何気に一番怖いのは、この男。
「いいから聞け。アンタらにも悪い話じゃない」







夢の中、世界は時々、色を失う。



そこには何もなかった。
正しく言えば、1つのドアしかなかった。


1つのドアしかない狭い部屋。
それが私の全ての世界。
その世界の空は、いつも灰色だった。


ドアの向こうには何があるんだろう?
ドアの向こうにも何もないのだろうか?


そんな事すら考えないで、私はただ生きていた。


今日は昨日の延長で、
明日は今日の延長。


永遠に続く今。
変わらない時。


寝ているのか起きているのか曖昧で、
自分の存在というものが分からなかった。



※※※※※※※※※※※※




ある日、世界は壊れてしまった。
ううん。
世界は生まれ変わったんだ。



溢れる光と色と音の世界。
新しい世界の中に放りだされた1つの制約以外は何もない・・・過去の記憶すらない私。
そして私は貴方に出会った。



それは、きっと奇跡。



大きな世界で小さな私は貴方に守られて、自分自身を作っていった。



泣く。
笑う。
哀しい。
嬉しい。
寂しい。
愛しい。





数年が経って、更に世界は変わってしまった。
私は大人になって、制約の中で私の役割を果たさなければならなくなった。
私は大人になって、私を隠して生きていかなくてはならなくなった。




貴方の腕の中が全ての世界であればいいのに。




窓の外に見える灰色の空。
貴方と会えない暫くの時、何度私はこう思っただろう。



いつか別れなくてはならないから望んではいけない。
だけど、私は貴方がいなければ空の青さえ分からない程に貴方を求めてしまう。



※※※※※※※※※※※※




長い夢の中、私の世界は次々と変わっていく。


閉ざされた世界。
光のある世界。
私を隠した世界。
闇の世界。
冥の世界。
そして・・・・・
沢山の世界があったけど、結局は2つの世界しかない。


貴方が居る世界と居ない世界。


夢だから、夢だって分かってるから素直に言える。
本当に私は貴方が必要で、貴方を愛しているの。
貴方を想っていられるから、私は私の存在が分かるようになったのよ。







「ん・・・・・」
「お目覚めですか?体は・・・・・うん、もう大丈夫そうだな」
目をゆっくりと開けると、ベッドの横に座っていたサイは私の額に手をのせてニッコリと笑った。
「すごくよく寝た気がするんだけど・・・」
「うん、よく寝てた。丸1日、ぐっすりデス」
「丸1日・・・って、え・・・と・・・」
長く寝たとは思っていたけれど、流石にそれは・・・
「あ、お仕事は今日もお休みデス。ファルとオッサンの協力によってバッチリ昨日のうちに終わらせました」
「ど・・・・どういう事・・・?」
あのアストライト様とあの子が協力?
しかも、ホワイトデーという日に次の日の分まで・・・?


「協力してくれたら、今日は確実に休めるって提案をしたんだ。今日が休みなら、ホワイトデーを存分にイチャコラ出来るデショ?って言ったら快く引き受けてくれマシタ」
あのアホ男どもが・・・
シイラと母様、大丈夫かしら・・・
「それで、どうやって?」
「オッサンとファルの権限で過去の魔道院のデータを集められるだけ集めてもらって、予想データを作ってみました。10年分くらい見た辺りで大体のデータバランスが分かったから、それはあんまり大変じゃなかったんだけど」
「は、はぁ・・・」
「後は、作業スケジュールを見て今日必要になりそうなデータの精度を上げて、俺が書類作成、ファルがチェック、オッサンが承認・・・で終了デス」
「そ、そう・・・」
時々忘れてしまうけど・・・この人、冗談みたいに頭がいいんだったっけ・・・


「そういう事で、今日もゆっくり休んでくださいな。俺も今日はずっと傍に居るから」
「貴方の仕事は?」
「俺はオッサンと違って計画的なので、ちゃーんと昨日今日は休んでも大丈夫なように急ぎの案件は済ませてあったのですよ。ま、明日からは又いつも通りだけど」
研究院は他の院と違う部分が多い。
治療院のように突発的な仕事よりも時間をかけた仕事が多いし、
魔道院のように段階的に承認を得ていく仕事よりも個人やチームで出した結果を院長まで一気に上げてしまう仕事の方が多い。
全ての仕事の結果は個人の能力次第というシビアな現場。
いくら優秀とはいえ、営業日を2日も休めるだけの仕事を片付けてきたというのは本当にすごい。
すごい・・・けど、それだけ頑張ってくれたのよね。
私の・・・ために・・・


「・・・・・・ありがとう」
「やだなぁ、そんな目でお礼されたら報酬が欲しくなっちゃう」
「・・・・・・いいわよ」
私の言葉に驚いて一瞬固まった後、ふわぁっという暖かい目でサイは私に口づけた。
お日さまのにおいが、閉じた目の奥に青い青い空の色を映す。
私の世界の色。
貴方が居ればこんなに綺麗なの。



「来年のホワイトデーは一緒に居られる時間を増やせるようにするよ。今年も一緒に居たけど、俺が一方的に傍に居ただけだから・・・って、メーデがゆっくり休めればそれでいいから、えーと・・・」
「今年も一緒に居たわよ。夢の中で、だけど」
プレゼントはいらない。
何もしなくていい。
ただ、出来るだけ長い時間を一緒に過ごす。
私たちのホワイトデーは、そう決まっている。
夢の中、今まで過ごした沢山の世界で、私は貴方と沢山の時間を過ごした。
今年はそれで充分だと思う。


「夢の中・・・か、流石に俺の能力でも夢の世界までは実際に行けないからなぁ・・・でも、メーデがいいと思ってくれるならそれでもいいよ。俺は俺で奇麗な寝顔を心ゆくまで堪能させていただきましたし」
「・・・・・余計な事は言わなくてよろしい」
「はい・・・・・」
少しショボンとした顔。
う・・・今の言い方はちょっと悪かった・・・かしら



「・・・・・・耳を塞いで」
「?」
こう?という顔をして両耳を掌でふさぐ。
ま、こうしても分かると思うけど。
「いつも、本当にありがとう。貴方と居られる世界だから、私はこうして生きていけるの」
本当よ?と言って私の中で精一杯の努力で笑ってみる。
慣れない筋肉使ったから、ひきつってないかしら。
「・・・・・それは俺も同じ。俺の世界を彩る全てのものは、メーデが居なけりゃ成り立たない」
そして、貴方も笑う。
お日さまのように暖かく、空のように清々しく。



「これからも一緒ね?」
「はい、これからもよろしくおねがいしマス」


私が笑って、貴方も笑う。
世界は色と音に溢れ、光が満ちる。


それは夢のような現実。


今日という日が昨日の延長であり、
明日への通過地点である事には変わりはないけれど、
貴方と一緒に並んで居られるから
今日を生きる自分の存在を感じられる。









全くさっぱりホワイトデー?な話なわけですが・・・
執筆中に偶然知った曲でぐぁっと妄想力が発生し、こうなりました。

奥華子さまの「魔法の人」
うわぁぁ、これってばメ−ルディアしゃんの曲だ!!と勝手に解釈をしてしまいました。

聴いたことのない方には一度是非聴いて頂きたいです。
ステキな曲ですよ!!




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