3の月、緑の月の4日。 ホワイトデー。 一般的には主に男性がバレンタインデーのおかえしの品を女性に贈る日となっている。 バレンタインデーに大量の菓子類や贈り物を受け取るブレイズ家当主アストライト(永遠に20代の見た目の美青年)は、ホワイトデーになると1人1人にお返しをする。 その数は100を超えるのだが・・・ 「律儀ですよねぇ」 呆れと感心の混ざった声で一人息子が呟く。 「1年に1回の祭りみたいなものだからな」 お返しの品は小さなバラの形のホワイトチョコレートとバラの花びらの砂糖漬けを1枚。 毎年同じモノだが、女性陣には味、見た目、香り全てにおいて非常に好評な品である。 「その熱心さを仕事にまわして頂けると、私としても非常に有難いのですが。っていうか・・・・・今すぐやるコトやりやがれ」 長年アストライトの秘書を務めている新緑の髪の美女、メールディア。 無表情だが怒りのオーラを具現化したような雷に全身が包まれている。 お返しの準備で3日もフラフラと出かけていたせいで、火聖司長の承認書類が「冗談でしょ、あっはっはー」と笑いたくなる程に溜まってしまったのが主な原因。 こんなになる前にとっ捕まえて椅子に拘束してやる事をやらせたかったのだが、逃げられてしまいこの結果。 就業時間中のみとはいえ、最高ランクの追跡探索能力を持つ彼女の手を逃れられるというのは奇跡的才能。 無駄な所でのみ発揮される才能。 「まぁまぁ、何とかなるって。それより、これはメールディアの分のお返し」 その他大勢向けのお返しとは明らかに違う包み。 「私はアストライト様に何か差し上げた覚えはありませんが」 「バレンタインの日にコーヒーを淹れてくれただろ」 「・・・・・仕事ですから。アストライト様のプレゼントにハズレはありませんから頂いてはおきますけどね、ありがとうございます。・・・・・・・・っと、そろそろ本気でさっさとやりやがれ★」 ズゥンっという音と共にアストライトの仕事机の横に小さな雷が落ちた。 直撃したら間違いなく全身大火傷。 明らかな殺意が見え隠れ。 「・・・・・はい」 背中に滝のような悪い汗をかきながらアストライトは仕事に没頭し始めた。 「わぁ・・・綺麗・・・」 「・・・・・・・・・・」 「シイラちゃんはこういうの好きでしょ。ルナソルちゃんと一緒に食べてね」 「ありがとうございます。ほら、ルナソル、綺麗だねぇー」 「うー」 シイラとルナソルがキラキラとした目で見ているのは、クリスタルガラスの器に入ったフルーツゼリー。 底に食用花が沈められており、水中花のように美しい。 地獄の番人のようなメールディアの監視の元、驚異的速度で仕事を就業時間内に終わらせ帰宅。 すぐさま息子の嫁の元に向かいお返しを手渡し。 「食べるのが勿体ないです」 「ふふっ、気に入ったら又取り寄せてあげるから大丈夫だよ」 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 「うー、あー」 「あ、ルナソル、手を突っ込んじゃダメ〜!!」 「ははは、ルナソルちゃんも気に入ってくれたのかな?」 うふふ、あははと和やかに笑うシイラとアストライト。 そして。 「いい加減にシイラとルナソルから離れて下さい、エロオヤジ」 和やかな空気を断ち切ってエロオヤジと愛する妻子の間に割り込むファルシエール。 「ケチだな。シイラちゃんは私と一緒にお話するの嫌じゃないよねぇ?」 「え、あ、はい、勿論・・・・・」 ・・・・・と、笑顔で言葉を返そうとして目に入ったのは捨てられた子犬のような瞳をした愛する旦那さま。 「最近、仕事でシイラとルナソルと一緒に居られる時間があまりなかったから・・・一緒に居られる時は1秒でも長く一緒に居たいのに・・・。シイラは父さんと一緒に居る時間の方がいいの?」 うるうるキラキラ・・・ この瞳を無視できるのは鬼か余程の冷酷無情な人のみ。 「そ、そんなことないよっ!!私もファルと一緒に居たいよっ!!す、すみません、アストライトさん・・・あの・・・お菓子、ありがとうございました!!」 ぺこりとお辞儀をして、娘を抱いた旦那さまと一緒に部屋を出ていくシイラ。 「じゃ、僕たちはこれからゆっくりイチャベタするんで。父さんも本命の方とごゆっくりどーぞ」 仕事で一緒に居られる時間があまりない・・・・・・わけない。 例え残業決定な量の仕事があったとしても神速で就業時間内に終わらせるし、例え遠方へ出張になったとしても日帰りするし、休日は確実に休むし・・・・・・まぁ、要するに今回もシイラが上手いことダマされたわけで。 ぺろっと小さく舌を出して素晴らしい笑顔で自分に背を向ける息子に苦笑し、アストライトは家の裏にある自分の庭園へ向かった。 月明かりの下で咲く白い花、星恋花。 風が運ぶ甘く優しい香りは、自分の息子と秘書とそして世の中で最も愛する女性が身に纏うそれと同じ。 「ごめん、遅れた?」 ふわっと目の前に転移してきた絶世の美女、ファルミディア。 長い栗色の髪はさらさらと風に揺れ、緑柱石の瞳は高価な宝石のように透きとおり星のように輝き、染み1つない白い肌は上質な陶器のように滑らか。 小さめの顔にバランスの取れた目鼻立ち、ふっくらとした唇に薄くひいた紅が艶やかで大人の女性の色気を出している。 「君が遅れるわけないだろう。それに、女性を待たせる男じゃないって事くらい知ってると思っていたけど?」 「はいはい、相変わらずだね、アンタは」 2人は長年の習慣のように、白い花の下に並んで座った。 「今年も大変だったんじゃないか?」 「大変・・・ああ、大変だったよ・・・」 ふうっと形のよい眉を寄せて溜め息をつくファルミディア。 「貰えるモノは貰っておけばいいのに」 「あげた覚えのないモノのお返しなんて貰えないよ。どうせ返されるのに、何で懲りないのかねぇ・・・」 ―そりゃ、君のせいだろうよ・・・ 心の中でポツリと呟くアストライト。 ホワイトデーに山のように手元に届く「お返し」の品々。 普通のプレゼントとして受け取ればいいものを、 直接渡されたモノならその場で返却、職場に送られてきたモノは送り主の所まで行って返却する。 返却の際にファルミディアに声をかけて貰える、あわよくば手が触れちゃうかもネ! ・・・・・・ってな具合で、身に覚えのないホワイトデーのお返しは年々増えていく。 ファルミディアがキッチリと返却作業を続ける限り・・・ 「律儀だよなぁ・・・」 「・・・・・・・アンタもね」 僅かに棘のある口調。 「もしかして、私のお礼の事を言ってる?」 「・・・・・言ってますが、何か?仕事をアホみたいに溜めてまでやるかい、フツー?」 老若あらゆる年齢層の女性に人気のあるアストライトだが、特にファンが多いのが魔道院。 ホワイトデーの魔道院は毎年バラの香りで満たされる。 原因はアストライトのお返し。 小さなお返しも多量になれば凄まじい存在感になってしまうのだ。 「私が女性からの贈り物にお返しをしない男じゃないって事は知ってるだろ。それに、全っ然気持ちは入ってないんだから・・・・・」 「じゃあ、最初っから受け取らなけりゃいいだろ?」 「君だって、贈る相手は私だけじゃないじゃないか」 「アンタもカイラも好きなんだから仕方ないじゃないかっ!!」 「・・・・・・・・」 「・・・・・・・・」 はぁっと同時に脱力する2人。 「言い合いをする為に今日会ったわけじゃないだろ」 「ホントにね、いい歳して何してんだか」 「まだまだ若いな、私たちも」 目を合わせ情けない顔をして苦笑。 「すっかり遅くなってしまったが・・・・・はい、先月はありがとう」 「どういたしまして。今年はどんな花かね・・・って、うわぁ・・・」 アストライトはホワイトデーになると毎年、花の鉢植えをファルミディアに贈る。 今年の花は・・・ 「綺麗な青いバラの苗を探すのに思ったより時間がかかってしまってね。でも、ぎりぎりまで探したかいはあっただろ?・・・・・やはり君には、空の青が似合うな」 「ええと・・・ここ3日くらいフラフラしてたのは・・・」 「その他大勢のなんて毎年同じだし、メールディアとシイラちゃんのは信用のおける店のだから見本を見て注文しただけだよ。直接私が出向いたのはこれだけ。君に贈るのだけは、本物を見る目で最高の物にしたかったから・・・・・って、顔赤くして、可愛い」 「可愛いとか言うな、バカ。・・・・・・ありがとう、本当に綺麗だね」 雲1つない晴天の空のような潔い青。 「青いバラが咲かない世界での花言葉って知ってる?」 「いや、知らないよ。物がないのに花言葉だけはあるのかい?」 『不可能』 「不可能・・・・・?」 「存在しないから、決して作り出すことが出来ないからだろう。見込みのない恋の表現にも使われるみたいだ」 「見込みのない恋・・・か」 「ま、人の心に不可能なんてないと思うがね。私たちの息子が証明したみたいに」 純粋な火の民の血を重んじる家に産まれ、火の民と水の民が結ばれる事はないという世の常識の中で、彼らの息子は水の民を愛し、様々な障害を越えて結ばれる事が出来たのだ。 「ごめん、アストライト。それでも私は・・・」 「分かってる。君の心を縛るつもりなんてない。この世界での青いバラの花言葉のように、『自由』であって欲しいから」 アストライトは知っている。 ファルミディアの心が決して自分だけのものはならないという事を。 彼女は2人の男を愛してしまったから。 どちらにも偽りのない100%の愛を向けているから。 「・・・・・・ごめん」 「謝るなって」 アストライトの能力を使えば彼女の心を操るのは簡単だ。 恋敵の記憶を心の奥に閉じ込めてしまえば、自分の事だけを迷わず愛してくれるだろう。 だが、そうしてしまったら彼女は彼女ではなくなってしまう。 風のように自由な心を縛ることは出来ない。 「アンタもカイラも・・・優しいね」 「君にだけだがね、少なくとも私は」 ふわりと2人の間をふいた風が、甘く優しい香りを運ぶ。 緑の月の光と白い花の下、言葉もなくただ座り込む2人。 静かに静かに時間が過ぎていく。 そして。 「なぁ、ファルミディア」 「ん?」 「君には青い花も似合うが、赤い花も似合うと思う」 「そうかい?そりゃどうも、じゃあ今度は赤い花を・・・」 「咲かせてあげよう」 「・・・・・・・・・今?」 「今」 嫌な予感がファルミディアの頭をよぎる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・此処で?」 「此処で」 にっこりと微笑むアストライトの顔は、背中に悪い汗をかかせる。 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・何処に?」 「勿論、君の身体に」 嫌な予感的中。 だぁぁぁぁーーーーーーーーっと悪い汗が一気に噴き出す。 「だ、だだだだだだめ!!此処は星恋花の精霊がわんさか居るし!!」 「私には見えないから関係ない」 しらっと言い切るアストライト。 精霊に見られようと誰に見られようと無問題、知ったこっちゃない。 「アンタには関係なくても私には大アリだっつーの!!」 ずざざざざざっと後ずさる身体を笑顔の優男は簡単に捕えてしまう。 「君にしか贈れない花・・・いっぱい咲かせてあげる」 「だ、だから、ね?此処じゃダメだっ・・・・って、あっ・・・ちょ、ま、待てって・・・」 「エロオヤジ・・・・」 「・・・・・・・・・ちっ」 お代官様と町娘状態の2人の間に割り込む銀髪の男。 「カイラぁ・・・」 うぇぇぇんと抱きついてくるファルミディアの頭をよしよしと撫でてあげる様子を面白くなさそうに見るアストライト。 姉御肌で自分に厳しい彼女が、甘えることが出来て「オンナノコ」になってしまう唯一の男。 長年の・・・永遠の恋敵。 「貴方は遠慮ってものを知らないんですか」 「お前は節操というものがないのか」 「嫌よ嫌よも好きのうちです。あのままやっちゃえたのに・・・・・」 「本気で嫌がってたぞ・・・」 バチバチとリアルに火花を散らす2人。 竜と虎の幻まで登場する勢い。 「いっつもいっつもいい所で邪魔して。私たちの動向を常に監視してるんですか、覗き趣味があるんですか貴方」 「邪な気に敏感なだけだ」 「邪じゃありません。純粋な愛です、愛。貴方のようにムッツリとは違うんです」 「・・・・・俺は何もしていない。甘えてくるから相手をしている」 「無口で影がある雰囲気出して、女心を利用してるだけです!!理由もなく甘えてきますか?!・・・・・って何ですか、その勝ち誇った笑い」 「いや・・・」 「ムカつきますねぇ、本気でやってしまいたくなりました」 「ほう・・・俺とやるか、人が・・・」 火花が炎に変わっていく。 数分前までの穏やかな庭園に百鬼夜行が訪れる勢い。 「えーと・・・精霊たちが怖がってるんで・・・余所でやっていただきたいんだけど・・・」 ぽつーんと立って呆然と状況を見守る・・・というか見送るファルミディア。 状況の中心人物だったはずなのにすっかり蚊帳の外。 「・・・・・竜堂へ行こう、先月の礼をしたい」 「え、あ、ありがとう」 手を握られ、極希にしか見られない微笑を向けられ、かっと顔を赤らめモジモジするオンナノコな彼女を見るのは当然面白くない。 「私も行っていいですか?」 空いている片手を握り、息子同様のうるうるキラキラお願い熱視線。 「・・・・・お前こそ遠慮ってものを知らないのか」 「ええ。忘れました、そんなもの」 呆れた物言いにケロッとした口調で答えるいい歳したオトナ。 社会的地位やら役職やら威厳やらオール無視。 「わかったよ、一緒に行こう。2人ともお茶淹れてやるから、仲良くしろって!」 自分を間に挟んで睨み合う2人の腕をとって、きゅっと引きよせ笑うファルミディア。 「不本意だが・・・」 「・・・・・貴女の為です」 転移魔法で姿を消した3人の居た場所には、甘く優しい花の香りだけが残った。 |
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