カカオ 70%(後編)








2月14日(水)午後 調理室。
特別講習の時間。
1人で調理室に来ると後ろから声をかけられた。
「シュウちゃん」
「はい」
ミクさんだ。
彼が調理室に来るのは不思議な事ではない。
「どうしたの?」
「・・・・・・忘れ物を取りに来たんです」
「その忘れ物は誰の為の物?」
「・・・・・・・・・」
黙って俯くとミクさんは調理室の奥へと私の手を引いた。
「和泉とスイちゃんが心配してた。お茶淹れるよ、話したい事があったら話して。今は誰かに聞いて貰った方がスッキリするんじゃないかな」



濃い目の緑茶を私の前に置くと、ミクさんは向かいの席に座った。
「冷めても美味しいお茶だから。ゆっくり飲んでね」
「ありがとうございます」
猫舌の私に配慮してくれたのだろう。
温めのお茶を1口飲むと、強い渋みの後にじんわりと甘さが広がってきて段々と心が落ち着いてきた。



「・・・・・・・」
「・・・・・・・私は、酷い事をしました」
「・・・・・・・」
言葉を切ってじっと自分の手元を見る。
ミクさんは黙って私の言葉を待ってくれている。



「私は卑怯で汚い事をしました。あんな言い方をしたら、冥はチョコレートを返しに行くって分かっていたのに」
返しに行くといっても誰がチョコをくれたのかなんて冥が憶えているわけがない。
だから、手元のチョコレートが無くなるまで授業中なんて構わずに1つ1つ教室を回って聞いていったはずだ。
「僕にチョコをくれた人、返すから出てきて!」って。
チョコレートをあげた人は恥ずかしい思いをしただろうし、返されて嫌な思いをしたはず。
だけど、私は、それを望んだ。
何て私はずるくて酷い女なんだろう。



「いくら2人の気持ちが通じていても、不安は付きまとうって僕は思う。メイはシュウちゃんを裏切らないって分かっているけど、でも、心の揺らぎがほんの一瞬でも起きる可能性をシュウちゃんは完全には否定できない。それは仕方ない事だよね、シュウちゃんはシュウちゃんであってメイはメイだから。思考や感情がシンクロ出来るわけじゃないもの」
ゆったりとしたミクさんの声は優しい海の波のようだ。
静かに打ち寄せて汚いモノを包み込んで流していく。
「シュウちゃんはいつだって自分よりも先ず人の事を考えて、沢山我慢をしてしまう。僕を含めて皆、そんなシュウちゃんにいつも助けられてるし感謝してる。だけどね、メイにまで我慢をしなくていいんじゃないかな?メイにはシュウちゃんの素直な気持ちをぶつけちゃった方がいいし、聞きたい事は聞いた方がいい。メイは本当に本当にシュウちゃんの事が大切で大好きだから、シュウちゃんに何を言われたからって絶対嫌いになったりしないよ」
「・・・・・・・ありがとうございます、ミクさん」
「はい、これ。大事な忘れ物。ちゃんと届けるべき人に届けてあげてね」
棚にしまってあった緑色のリボンが結んである箱を私に手渡すと、ミクさんは少しだけ厳しい顔になった。
何だろう?



「ミクさん・・・・・?」
「今日の事でシュウちゃんが悩んだのと同じくらい、メイも学んだかな?いや、学ばないと男として許せないんだけど・・・・・メイは常にシュウちゃんが何を思っているのかを考えてあげなくちゃならない。いくら付き合いが長いからって、メイはシュウちゃんに甘え過ぎだよ」
ねぇ?と言われて思わず頷いて、2人で笑ってしまった。
もしかしたら、今日笑ったのは初めてかもしれない。
「本当にありがとうございます、話を聞いてくれて話をしてくれて・・・・・・何だかスッキリしました。これからは少し・・・・・何ていうんでしょう・・・・・そうですね、「ぶっちゃけて」みようと思います」
「うん、それがいいよ。メイがショックで泣いちゃったら僕が慰めてあげるから安心して」
「はい、その時は宜しくお願い致します」







2月13日(火)午後 調理室。
「小さいアルミカップにチョコを流して固めるっていう簡単な手作りチョコなんだけどね・・・・・」
「あ・・・・・あの、いくら簡単でもチョコを溶かす時に火傷をする可能性があるので出来ません」
言ってて恥ずかしい。
小学生でも・・・・・いえ、もしかしたら幼児でも大人と一緒に作れるのに私には出来ないなんて。
それに、折角何かを考えてくれた2人に申し訳ない・・・・・



「違う違う。チョコを溶かすのもチョコをアルミカップに流すのも私がやるんだよ。柊さんには、チョコの種類を選ぶのとラッピングをして欲しいの」
「は・・・・・い・・・・・?」
水波さんの言葉を頭の中で整理していると、当麻さんが台の上に持ってきた紙袋の中身を広げた。
「ミクのお母さんってパティシエールじゃない?話をしたら製菓用のチョコとナッツとか乾燥フルーツとかを色々とくれたんだ。ラッピンググッズはウチとウチのお母さんからね。これだけあったら土浦ちゃんの好みに合うのあると思うんだけど」
「そんな・・・・・」
ミクさんと当麻さんのお母様まで?
お仕事でお忙しいのに・・・・・



「例え柊さんが直接手を触れてはいなくても柊さんが土浦くんの為に選んだ味、心を込めて包装したチョコはこの世にたった1つしかない物になると思うの。あの・・・・・柊さんの気持ちをちゃんと聞かないで勝手に用意しちゃってごめんなさい」
「ウチも水波ちゃんもお節介だよね、自分達もそれは分かってる。でも・・・・・」
あぁ・・・・・私は何て素敵なお友達を持ったのだろう。
「柊さん?」
「冥はカカオ70%くらいの苦めのものが好きです」
「えっ?!あ・・・・・そういえば、リクエストされたチョコってカカオの割合が何種類か入ったヤツだったね」
「カカオの割合が低いのは二朗くんに分けてあげるんですよ」
見た目とか話し方で誤解されるけど、冥はセミスウィートくらいが好きだ。
多分、私と二朗くんしか知らないけれど・・・・・



「ナッツ類とかで好きなものはある?」
「カシューナッツが好きです。後、レーズンが好きです」
ぱぁぁっと2人の顔が明るくなっていく。
「何種類かチョコを作ってみるから味見してもらえる?その中で1番、土浦くんの好みの味を選んで」
「う、ウチは何しよっか?んと、とりあえず包装グッズを色分けしとく!」
「はい・・・・・・・あ、あの、ありがとうございます」







2月14日(水)放課後 桜組。
「帰ろ?」
日誌を書き終わった所で冥が声をかけてきた。
今日は皆、帰りが早い。
教室にはもう私と冥の2人だけになっていた。
「少し待って下さいね」
帰り仕度にカバンを開くと緑色のリボンが目に入る。
冥はこのチョコレートの存在を知らない。
昼休みの段階ではこっちのチョコレートをあげるつもりがなかったから、既製品を渡してしまったのだもの。



どうしよう。



他の女の子からのを返させておいて、自分だけ2つもチョコレートをあげるのはおかしい気がする。
あげるチョコレートを間違えたと言って交換してもらえばいい?
でも、それで納得してくれるかしら。
だったら間違えたチョコレートは誰のだ?ってなるような・・・・・



「柊」
「あ、すみません。直ぐに・・・・・」
「頂戴」
「はい・・・?」
正面に立った冥は両手を私に差し出した。
「当麻と水波は家に着くまでに柊が2つ目のチョコをくれなかったら聞いてみろって言ってたんだけど、僕、我慢するの苦手だから。柊がくれるものだったら幾つだって欲しい」
2人共・・・・・私が悩むと見越してた?



「あの・・・・・こ・・・・・・これです」
おずおずと箱を取り出してそっと冥の手の上に乗せると、冥はウキウキとしながらリボンを解き始めた。
「此処で開けるんですか?!」
「うん。だって、柊が包んでくれたチョコってどういうのかなぁって思うから」
「私が包んだって分かるんですか?」
「分かるよ。包み方に特徴あるんだよね、それにこの包装、僕の好みの色とか柄とかぜーんぶ満たしてるもん」
「あ、あぁ・・・・・」
ふぁっと口元が緩む。
気付いて貰えて嬉しい。



「え・・・・・嘘・・・・・」
「はい?」
箱を開けた瞬間、冥の動きが止まった。
じっと中身を見ている。
「手作りだ・・・・・柊が作ってくれたの・・・・・??」
「私はチョコレートの上にレーズンやナッツを置いただけです。ほとんど全て水波さんが作ってくれたんです」
「柊が作ってくれたんだ!!」
「いえ、ですから私は・・・・・」
ちゃんと話を聞いてくれてたんだろうか?
私は子供がするお手伝いよりも作業をしていないというのに。



「作業の量なんて関係ないよ。だって、柊が僕のために考えて僕のために手をかけてくれたんだもの。嬉しいなぁ、すっごく嬉しい。ありがとう!!」
「あ・・・・・・はい・・・・・・喜んで頂けて嬉しい・・・・・です・・・・・」
嬉しくて笑ったはずなのに涙がポトリと落ちて、落ちて・・・・・落ちて止まらなくなってしまった。
「柊?!」
私が泣く理由が分からずにオロオロとする冥。
それはそうだろう。
私だって涙の理由を現在分析中という状態なのだから。



「ごめんなさい」
3分くらい経ってようやく落ち着いた私は、先ず謝った。
「どうして謝るの?柊が僕に謝る理由なんて思いつかないんだけど」
「貰ったチョコレート、返しに行かせてごめんなさい。本当は返された女の子にも謝らなくてはいけないんです。冥の為にって用意したのにその気持ちを踏みにじるような事をしてしまったから・・・・・」
「柊、あのさ・・・・・」
「取り返しのつかない悪い事をしてしまったけど・・・・・でも嫌なんです、冥が女の子にチョコレートを貰うの・・・・・嫌。冥はただのチョコレートだって貰ってても、それにはあげた人の気持ちが入ってるもの・・・・・だから・・・・・」
言ってる事が支離滅裂。
謝りたいのか自己主張をしたいのか。
我慢をしないで話すというのは意外に難しい。



「僕がコドモで無神経だった」
一通りの思っていた事を吐きだすと、ふぁっと冥の柔らかい髪が頬をくすぐった。
「冥・・・・・?」
「ゴメンね。もっと早く柊の気持ちを分かってあげてれば、柊を泣かせたり嫌な思いをさせなかったのに」
耳元で低く囁く声はいつもの冥ではないみたい。
それに、涙目でよく見えないけれど冥ってこんなに大人っぽい顔が出来たかしら?
「私も正直に自分の気持ちを言っていればよかったんです。ごめ・・・・・・・む?」
突然、話の途中で口の中にチョコレートが押し込まれた。
カカオ70%のほろ苦いチョコレート。



「おいし?」
「・・・・・・・・はい」
「じゃ、僕も食べよっと。レーズンのヤツを頂戴?」
あーんと言っている口の中にチョコレートを入れてあげると、モグモグと幸せそうに口を動かした。
「美味しいですか?」
「もっちろん!」
そう返事をされるとやっぱり嬉しい。
後押ししてくれた当麻さんと水波さんとミクさんには感謝しなくては。



「もう謝らないで。あのね、僕は自分がクラスの誰よりもコドモだって自覚してる。そりゃ、実際年下だけどさ・・・・・でもね、我がまま言って柊を留年させてまで一緒に居る時間を長くしたのに、柊の気持ちとか理解出来てないのはコドモだからっていうのは理由にならない。だって、僕は柊の彼氏なんだもの」
「冥・・・・・」
「柊、大好きだから僕に何でも言って。我がままだって文句だって全部聞いてあげる・・・・・ううん、聞かせて?僕は柊の為に成長する、オトナになる、もう泣かせたりしない・・・・・あ、いやいや、僕の前でなら泣いて?柊は泣いた顔も可愛いもん」
「可愛くなんてありません。目とか鼻とか赤くなりますし・・・・・って、今、その状態ですよね?嫌だ、見ないで下さい」
今さら遅いけれど、眼鏡を外して顔を拭く。
最悪。
すごく恥ずかしい。



「ねぇ、そのまま、メガネ外したままでチョコが入るくらいに口を開けて?」
「私はもういいですよ。冥の為に用意したチョコレートなのですから、冥に食べて欲しいです」
「うん、僕も食べるよ?だから、あーんして?」
だから?
接続詞が違う気がするのだけれど。
小さい頃から気に入ったおやつは2人で分けて食べていたから、そんな感覚なのかしら?
そういう所は変わらないのね。



「口の中にチョコレートを入れて下さるのでしたら眼鏡を外している必要はないですよね?よく見えないのでかけてもいいですか?」
「多分、外している方がいいと思うよ?お互いにね」
お互いその方がいい?
意味がよく分からないけれど、言われた通りに口を開ける。
「はい」
「はいっ!」



「ん、んんっ?!」



口の中にチョコが入ったと同時に冥の顔が急接近して。
あ、睫毛長い・・・・・
いや、気にするべきはそこではない!!
確かにこれは眼鏡が邪魔ですねそうですね。
いやいや、何を納得してるのですか、私?
「だから」の意味は分かりましたけど、分かりましたけどっ・・・・・!!!



しばらくお待ちください



「レーズンもカシューナッツも美味しいけど、柊がイッチバン美味しいカカオ70%でもあまーくなるんだね?こういう甘さだったら何個でも食べられるなぁ〜」
「・・・・・・・・」
ぺろっと舌を出してニコニコ笑っている。
脱力。
やる事が子供なのか大人なのか・・・・・
「柊は?美味しくなかった?」
ず、ズルい・・・・・
そのキュンとした目で聞きますか?
「わ・・・・・・私も・・・・・大人になります・・・・・・」
「えー?答えになってないんだけどー??」







2月14日(水)放課後 高等部校門。
「あ、来た!柊ちゃん!!」
「遅かったじゃないですか、心配・・・・・」
校門で愛する妹を待ち構えていたイケメン兄2人。
待ちに待ってた愛妹の姿を見つけるやいなや、両手に持っていたプレゼント入の袋をボトリと地面に落とした。



「兄さん」
「何してんの?」
固まる兄2人の前で立ち止まる柊と冥。
「手・・・・・・」
ガタガタと震えながら愛妹の右手を指差す。
「あ、あぁ・・・・・ちょっと子供の頃に戻ったつもりだったんですけど、今やってみると恥ずかしいものですね」
「子供の時と違うよ?手を繋いでるんじゃなくて指を組んでるんだもの」
いわゆる恋人繋ぎというやつ。
ぽっと頬を赤く染める柊を見て青ざめていく兄2人。



「私、今晩は冥のお宅でお夕飯を頂いて帰ります。家にはもう連絡してありますので」
「帰りは迎えいらないよ。僕がちゃーんと送っていくもんねー」
「はい、お願いします。兄さん、こんな所でぼーっとしていないで早く帰った方がいいですよ?」
震えるわ青くなるわで病人のような兄2人。
その耳元に何かを囁くと、冥は柊の手をぎゅっと握って走りだした。



「柊ちゃん、行っちゃダメだよ!!」
「待ちなさい、小僧!!」



兄2人の絶叫に近い声を背中に走る冥と柊。
「め、冥?!何を言ったんですか??」
「んー?」



『ご・ち・そ・う・さ・ま♪』



「何をご馳走になったんだよ?!」
「ちゃんと説明しなさいっ!!」
「兄さん、あんまりしつこいと口きいてあげませんからねっ!」
追いかけて来ようとする兄達に止めの言葉。
生ける屍2体誕生。



「全く、訳が分かりません。冥もどうして兄さんに「ご馳走様」なんて言ったんですか?」
「ニィ達は柊が1番大事だからさ、チョコのお礼を言いたかったんだよ」
「そうなんですか、冥は律儀ですね」
「・・・・・そういう柊の子供っぽい所も大好き・・・・・」
「はい?」
ポソリと呟いた冥の顔を覗きこむと、冥は軽く柊に頬を寄せて明るい声で言った。
「行こ、ジロが待ってる」
「はい!」
一層強く、強く手を握って。
2人は子供のように無邪気に笑いながら走り続けた。














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