夏の終わりに










「風眞」
「・・・・・なぁに?」
「散歩に行こうか」
「うん」



2ヶ月前に発作を起こして入院をしていた風眞は3日前に退院してきた。
ようやく外出の許可がおりた今日、俺は風眞を連れて近くの公園まで散歩に出ることにした。



残暑と呼ばれる時期。
日差しは未だ強くて普通に体力がある人にも辛い。
だけど、風眞の周りには涼しくて気持ちのいい風がふいている。
能力も記憶も未だ目覚めていないけど、風眞はいつも風に愛されているんだ。



「来週からアメリカに住む事になっちゃったけど、心配?」
「ううん」



痩せた手を少し強めに握る。
10歳にしては成長の遅い身体。
全ては幼少時代に劣悪な環境で育てられたのが原因だ。



約8年前、風眞が家に来た日の事を鮮明に覚えている。
重度の栄養失調で、身長も体重も標準を大きく下回った痩せた小さな身体。
俺と同じ日に生まれたその女の子は、青白い肌を埋め尽くすように火傷や打ち身の痕があり中でも顔は・・・
・・・・・あまりの酷さに思い出すのが辛い。



「日本もアメリカも空は青くて風は優しいのよ」
「うん」
「だから、心配ないの。空も風も変わらないから、人と違って変わらないから」
「・・・・・」



物ごころつく前に受けた心と身体の暴力。
それは風眞の心の深い部分を酷く傷つけ、人と上手く関われなくさせてしまった。
カウンセリングで昔よりは大分よくなったけれど、それでも慣れない人の前では硬直したり軽い呼吸困難になってしまう。
だから普通の学校に通うこともできない。



風眞の人生をメチャクチャにしたあの家を俺は一生許せないと思う。









「ねぇ、創ちゃん」
「ん?」
「私に隠していることがあるの?」
「え・・・・・あ・・・・・」



この夏が終わったら俺は外科医の資格を取る為にアメリカの大学に通い始める。
だから皆もアメリカに来る事になったんだけど、資格を取るまでは俺は皆と離れて暮らすっていうのを風眞は未だ知らない。



話さなきゃダメだって分かっているけど、風眞に哀しい顔をさせたくなくて話せないでいる。
・・・・・いや、それだけが理由じゃない。
頭では分かっているのに、心の奥が風眞と離れなければいけない事を納得できていないんだ。



「やっぱり、あるのね」
「・・・・・うん」



暫く黙って歩き続ける。
風眞の身体のためには空気が綺麗で設備の整った病院が近くにある町がいい。
俺が通う大学のある町は、病院はあるけれど環境があまりよくない。
それに、例え近くに住んでいたとしても家には帰れないだろう。
1日も早く資格をとるためには少しの時間も自分の為に裂くわけにはいかないから。



「私、創ちゃんに心配させてばかりね」
「え?」
「どうすれば創ちゃんが私の事を心配しないで済むのかな・・・」
「俺は風眞の心配をするのは全然苦にならないよ。寧ろ、風眞の事いっぱい考えてられるから幸せなんだけど・・・」



口先だけで言ってるんじゃない。
俺は自分の事は大して気にならない。
年に2回の「検査」は痛いし不快だけど我慢できる。
普通に生きていく術も何となく身に付いている。
何とかなる自分の事を考えるよりも、風眞の心配をしてる方がよっぽど有益ってもんだ。



「私の事をいっぱい考えてくれて心配してくれるから話せないんでしょう?
でもね、私も心配してるのよ。
創ちゃんだけが悩んで溜息をついてるのが心配。
私じゃ創ちゃんの助けにならないと思うけれど、何も出来ないって諦めるよりも何か出来ないかって考えたいの」



溜息ついちゃってたか・・・
うわぁ・・・大失態。
それにしても、風眞ってば気がついたら随分カッコイイ女の子に育ってたんだ。
やばい・・・感動した。



「わかったよ、ありがとう、風眞」
「あ、で、でもね・・・あの、本当に秘密にしておかなくちゃいけない事だったらいいの。
話して創ちゃんが困るんだったら・・・」
「ううん、ちゃんと話す」


進む道にある困難から目を反らしていても何もならない。
風眞に哀しい顔をさせてしまうなら、1秒でも早く笑顔になるように頑張ればいい。
だから・・・・・









「暑い〜!!」
「はいはい」
「日本の夏って今くらいの時期が一番暑い〜」
「はいはい」



窓際の椅子に座って読書を続ける風眞の横でぽやーんとする俺。
ううーん、やっぱり風眞の傍は涼しくていいなぁ・・・



「あのね、創ちゃん」
「はいはい?」
「暑っくるしい」
「ぐがーーーーん!!!」



暑いじゃなくて、暑っ苦しいですか?!
原因は100%俺って事ですか・・・



「粋ちゃんみたいに可愛い女の子とかユウちゃんやノゾムちゃんみたいに可愛い子供達だったら構わないけど」
「はい」
「平均身長以上で立ってても座ってても存在感あり過ぎな男が近くに居るのは暑っ苦しい以外の何でもないわ」
「はい・・・」



そうですよね。
俺って縦にスクスクスクスク育ちましたものね。
場所をとって邪魔ですよね。
風眞さんはちっちゃくて可愛いモノが好きですものね。



「まぁ・・・1人くらいなら我慢できるけど。私、我慢強いから」
「・・・・・じゃあ、我慢していて下さいな」
「分かってると思うけど・・・」
「俺より先に風眞の隣に座る男はいません。そんな事させません」



夏の終わりは何処か寂しい。
少しずつ少なくなっていく蝉の声。
少しずつ早くなっていく夕暮れ。



「もうすぐ夏が終わるわね」
「そうだな」
「今だから言えるけど、この時期になると「あぁ、今年は創ちゃんが居るんだな」って安心するの」
「風眞・・・」
「創ちゃんを責めてるわけじゃないの。創ちゃんが傍に居なかった時間は、全部私のための時間だったんだもの」



細いけれど柔らかい身体を両腕で包みこむと、さらさらとした髪が頬をくすぐる。
2人で居る時だけ動作の全てが甘くて優しい。
それが本当の風眞だと知っているから愛しくてたまらなくなる。



「もう遠くには行かないよ。来年も再来年も、夏が終わって秋が来て冬になって新しい年を迎えても、ずっと一生一緒にいよう」
「それってプロポーズみたいよ」
「そう?じゃあ、風眞さんのお返事は?」
「私の返事は・・・・・」





ふわっと2人の間をふき抜ける夏の終わりの風。
「妬かれてる?」と笑って尋ねると、
「妬かせてる」という答えの後、触れた唇が重なった。









戻る



[★高収入が可能!WEBデザインのプロになってみない?! Click Here! 自宅で仕事がしたい人必見! Click Here!]
[ CGIレンタルサービス | 100MBの無料HPスペース | 検索エンジン登録代行サービス ]
[ 初心者でも安心なレンタルサーバー。50MBで250円から。CGI・SSI・PHPが使えます。 ]


FC2 キャッシング 出会い 無料アクセス解析