私が貴方にできること 



私はいつからって覚えてないくらい小さい頃から『オトナの事情』で創ちゃんのお家に住んでいる。
お母さんには会った事ないしお父さんには年に何回かしか会えないけど、リクお母さんもアマネさんも私の事をとても可愛がってくれるし、何よりいつも創ちゃんが傍に居てくれるからそんなに寂しいとは思わない。



創ちゃんは私と同じ日に生まれた男の子。
とっても頭がよくて何でも知ってる。
リクお母さんが読んでる難しい本も英語の本も読める。
「創ちゃんってすごいのね」って言ったら「ホクトの血は知の血だから」って答えてくれた。
「ほくとって何?」って聞いたら「大きくなったら教えてあげる」だって。
大きくなったら?
大きくなったらってどれくらいかな?
苦手な牛乳を沢山飲んだら、早く大きくなれるのかな?







「ただいま」
「おかえりなさい!!」
立ち上がって駆け寄ると、創ちゃんは私をぎゅっと抱きしめてくれた。
首筋に鼻を近づけると消毒液の匂いがする。
「今日は何もなかった?息が苦しかったりしない?」
「大丈夫よ。創ちゃんは?今日もいっぱい注射したの?」



創ちゃんは年に2回、病院で検査をしている。
毎回、朝早くから夜まで1日かかっている。
両腕の内側が紫色になるくらいいっぱい注射の痕があるし、検査が終わると顔色がよくない。
検査をして体調が悪くなるなんてあるのかしら?
「うん、まぁ・・・・・まぁ、かな」
創ちゃんはいつもニコニコ笑って誤魔化してしまう。
詳しい事は何も教えてくれない。



「そうだ。あのね、明日のお誕生会ね、お父さんも来てくれるんだって」
「そうなんだ、よかったね?」
「うん」
明日は5月1日。
私と創ちゃんは10歳になる。
「それじゃあ、明日いっぱい楽しめるようにもう寝た方がいいよ。俺は少し遅くまで起きているから・・・・・」
「うん・・・・・」
「風眞が寝るまで手を握っててあげる」
「ありがと」
検査の日、創ちゃんは夜遅くまで起きている。
何をしているのかは教えてくれない。
教えたくないみたい。
だから私は聞かない。
創ちゃんを困らせたくないもの。
でも・・・・・・
でも、知らないままでいいのかなぁ・・・・・?



◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆



「・・・・・・・」
夜中。
珍しく目が覚めてしまった。
寝る時に手を握ってくれていた創ちゃんは居ない。
時計を見ると1時。


創ちゃんは未だ起きているのかしら。
遅くまで起きて何をしているのかしら?


寝る前に考えてた疑問がふと頭に浮かんだ。
こっそり見れば創ちゃんには分からないし、もしかしたらもう寝てるかもしれない。
自分に都合がいいように思い込んでそっと部屋を出ると、どこからか水が流れる音と何かを叩くような音が聞こえた。
『・・・・・げほっ・・・・・・っ・・・・・・・』
音と一緒に苦しそうな創ちゃんの声がする。
どうしたんだろう?
創ちゃん・・・・・
「そ・・・・・」



声を出そうとした瞬間、後ろから柔らかい手が私の口をふさいだ。
振り返るとリクお母さんが人差し指を口に当てて、私を部屋へと連れ戻した。
どうして?
創ちゃん、苦しそうな声だったのよ?
「創司が心配なのですね?」
「創ちゃんは?苦しいの?私、手を握ってあげるよ?そうしたら、苦しいの治るのよ?」
リクお母さんは少し眉を寄せて優しく微笑んだ。
「ありがとうございます、風眞ちゃんは優しいですね」
「創ちゃんは私が苦しい時はいつも傍に来てくれるもの。苦しいのなくなるまで手を握っててくれるもの。だから・・・・・」
ぎゅうっと強く、強くリクお母さんは私の事を抱きしめた。
そして、少し声を震わせて話し始めた。



「ありがとうございます・・・・・でもね、創司は今・・・・・苦しい姿を風眞ちゃんに見られたくないの・・・・・ごめんなさい・・・・・分からないで心配するのも・・・・・苦しいのに・・・・・」
「リクおかあさん・・・・・私、知らないでいた方がいいのね?」
「はい・・・・・」
創ちゃんは苦しくても、それを私に知られたくない。
私に心配をさせたくないから?
その方が心配なのに・・・・・でも、それが理由なら・・・・・
「じゃあ、知らないでいる。朝になったらいつも通りおはようって言うわ」
「ありがとう・・・・・ありがとうございます、風眞ちゃん・・・・・」
創ちゃんもリクお母さんも何かを隠している。
きっと、それが私のためなんだろう。
気になるけれど知らないでいるのが今の私に出来ること。



でもね、私、もっと創ちゃんのために何かしてあげたいと思うのよ。







「お誕生日おめでとうございます、風眞ちゃん、創司」
「おめでとう、俺のリクの次に可愛いフウマちゃんと俺のリクと俺の愛の結晶のソーシ!!!」
「おめでとう、風眞」
「おめでとう、創ちゃん」



10回目の誕生日。
テーブルの上には10本のローソクのささったケーキとご馳走。
笑顔でお祝いを言ってくれる梨紅さんと天さんと創ちゃん。
でも・・・・・
「しっかし、ヒジリのアホは本当にアホだよなぁ。可愛い娘の誕生日に来られないなんてよぉ」
「天っ!」
「あ・・・・・あ、大丈夫!お父さんがいないの慣れてるもの、気にしてないわ。それより、早くケーキを切って欲しいな?」
お父さんは急な仕事が入ってしまって誕生会に来られなくなってしまった。
本当はすごく残念だけど、皆に気にして貰うのは申し訳なくて話を変える。
折角の誕生会だもの。
皆が楽しい気分じゃないと。



「そうだよねぇ、誕生会はケーキを食べないと始まった気がしないもん。はい、風眞の」
創ちゃんは上手に切った私の分のケーキにチョコレートのプレートを乗せてくれた。
「ありがとう。はい、半分こ」
「ありがと」
私はそのプレートを半分に割って創ちゃんのケーキに乗せてあげる。
多分、半分にするなら最初からしておけばいいのだと思う。
だけど私が半分にしたのをあげると、創ちゃんはとても嬉しそうに笑うからこれからもそうする。
私が創ちゃんを喜ばせることができる数少ない事の1つだから。



「はい、風眞ちゃん」
「俺とリクから、開けてみて!」
「ありがとう!!」
リクお母さんとアマネさんからのプレゼントは若草色のワンピースだった。
「知り合いに風眞ちゃんのイメージを伝えてデザインしてもらったんですよ」
「早速着てみてよ。絶対に似合うから」
「そ、そうかな・・・・・じゃあ、着替えてくる・・・・・」
「ちょっと待って下さい。これを・・・・・聖さん・・・・・お父さんからのプレゼントです」
ワンピースを持って立ちあがった私に、リクお母さんは大きい茶色の封筒を手渡してくれた。



「お父さんから?」
「プレゼントだけ預かっていたんです。本当は自分で渡したかったと思うのですが・・・・・」
封筒の中身は写真だった。
綺麗な花や鳥の写真。
可愛い動物の写真。
お父さんはカメラマンで世界中の色々な場所に行く。
家の近所と病院以外をあまり知らない私の代わりに、私が見たいと思う物を写真で見せてくれる。
お父さんはあまり話さなくて怖そうに見えるけど、とても優しい人なんだと思う。
お父さんの写真はとても綺麗で優しい。
お父さんの目は綺麗で優しい物を見ることが出来るから、そういう写真を撮れるんだわ。



「・・・・・・あれ?」
最後の1枚だけが人・・・・・若い女の人の写真。
真っ直ぐの栗色の長い髪。
優しく微笑んだ緑色の目。
見ててドキドキするくらい綺麗な人。
アマネさんと同じくらい綺麗な人なんて初めて見た。



「あ・・・・・」
「・・・・・・」
リクお母さんとアマネさんが写真を見た後に私の手元を見た。
ワンピース?
「あ・・・・・・あれ?この服・・・・・」
写真の女の人が着てる服と私が貰ったワンピースは、色も形もそっくりだった。
そんな偶然って・・・・・ない。
どうして?
この女の人は・・・・・??



「ヒジリもコウも何を考えてやがるんだ・・・・・」
イライラとした様子でアマネさんはケーキを食べ始めてしまった。
リクお母さんは困った顔をしている。
どうしよう・・・・・
この女の人の事を聞きたいのに、そんな雰囲気じゃない。



この女の人は・・・・・誰なの?



◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆



「着替えに行こう。早くその服を着て見せて」
「え?あ、うん・・・・・」
ぼんやり考えていると、創ちゃんが手を引いてくれた。
創ちゃんは何か知ってるのかしら・・・・・
「風眞」
「なぁに?」
「あの写真の人、誰だか分かる?」
「・・・・・分からない」
「誰だか・・・・・知りたい?」
ダイニングを出ると創ちゃんは小さい声で私にたずねた。


『 知りたい? 』


知りたい。


うなづくと創ちゃんは早足に私を部屋に連れていって、プレゼントしてもらったワンピースを着せて鏡の前に立たせた。
「写真と見比べてみて」
「・・・・・・」
私の方が痩せてて小さくて、髪の色も違うけど。
それに、こんなに綺麗な人と比べるなんて失礼だけど・・・・・
「似てるでしょ?」
「そ、そんなこと・・・・・」
思い上がりかもしれない。
だけど、「そんなことない」って言いきれない。
否定しきれない程、私とこの人の目は似ている。



「似てるよ。風眞は空さんに似てる」
「そらさん?この人、そらさんっていう名前なの?この人・・・・・私と関係あるの?」
「風眞の・・・・・・・・・お母さんだよ」
「おかあさん・・・・・あ・・・・・・」
へなっと腰の力が抜けてしまった。
おかあさん・・・・・
「大丈夫?」
事情があって会えないだけじゃなくて、今まで写真すら見せてもらった事がなかった。
だから、夢に出て来ても顔がなくて・・・・・本当はすごく悲しかった。
「おかあさん・・・・・私のおかあさん・・・・・」
生まれて初めて見たお母さん。
すごく綺麗なお母さん。
これからは夢では会うことが出来るんだ・・・・・



「風眞のお父さんは、きっと、風眞がもう10歳だから知っておいた方がいいと思ったんだよ」
「・・・・・」
「今までお母さんに会えないのを我慢できたのは、お母さんがどういう人なのかを全然知らなかったからじゃないかな。もしも小さい時からお母さんの顔を知っていたら、少しでも似た雰囲気の人に面影を追って哀しい思いをしたと思うよ」
「うん・・・・・そう・・・・だと思う」
きっとそうだ。
お父さんも、リクお母さんもアマネさんも、今までお母さんの事を隠し続けてきたのは私のためだったんだ。



「まぁ・・・・・でもさ、寂しいとか哀しいとか思ってもいいんだよ。だって「もう10歳」じゃなくて世間一般には「まだ10歳」なんだもん。甘えられるうちにうんと大人に甘えておいた方がいい。俺の父さんも母さんも風眞に甘えられるのは大歓迎だよ。勿論、俺には大きくなってもずっと甘えていいからね」
「創ちゃんも私と同じ歳よ?」
生まれた日だって一緒なのにね。
大人みたいな事を言うんだもの。



「俺は・・・・・いいんだよ。甘えるの・・・・・苦手だし・・・・・」
「じゃあ、創ちゃんは私に甘えて」
「え?!」
目を丸くさせて、創ちゃんは固まってしまった。
そんなに意外な事を言ったかしら?
「創ちゃんはいつも私を助けてくれるから、私も創ちゃんに何かできたらいいなってずっと思ってたの。あのね・・・・・創ちゃんは私に心配させたくなくて隠してることとかあるでしょ?」
「え・・・・・いや、そんな事・・・・・」
「答えなくていいよ。創ちゃんが私のために隠すなら、私は創ちゃんのために知らないでいるから」
「・・・・・」
夜中の事を思い出して胸がチクリと痛む。
今は何ともない顔をしているけれど、確かに創ちゃんは苦しんでいた。
今までも検査のあった日の夜中はきっといつも苦しんでいたんだ。



「創ちゃんは1人で頑張っちゃうんだもん。1人で何でも出来ちゃうんだもん。私は身体が弱いし、小さくて力もなくてマトモに出来ることなんて数えるくらいしかないけれど・・・・・だけど、創ちゃんのために何かしたいの。ね、だから、私に甘えてよ」
「う・・・・・・」
「嫌なの?」
「い・・・・・やじゃない・・・・・けど・・・・・うん、わかった。ありがとう」
「よかった!」
「あ、でも・・・・・さ、その・・・・・恥ずかしいから、甘えるのは2人で居る時だけでいい?」
「恥ずかしいの?うん、じゃあ、2人でいる時はいっぱい甘えていいからね、約束」
「約束」
指きりげんまんで約束。


こうして、私が創ちゃんに出来ることが1つ増えた。









6年後。


「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・何?」
「風眞、大きくなったよねぇ」
「今さら、何?」
10歳を境に急成長した私が、170を越えたのは3年前。
171で落ち着いたようだけど・・・・・いつを基準に言ってるのかしら、この人。



「ううん、何か急に思っただけ」
「ふーん・・・・・それより創ちゃん、貴方、お昼寝したいから膝貸してって言ったのよね?」
「うん」
「・・・・・全然寝ないじゃない」
「寝たら勿体ない気がして」
「・・・・・・」
本末転倒。
珍しく疲れた顔してたから許してあげたのに!



「あのね、膝枕って疲れるのよ?足が痺れるのよ?寝ないなら起きなさい」
「嫌〜〜、今は甘えたい時なのですよ〜」
小さい頃に甘えるのが苦手だった創ちゃんは、成長する毎に甘えるのが上手になった。
今では2人で居る時は徹底的に甘えてくる。
皆に見せてる「爽やか好青年」とか「未来有望な外科医」のイメージは欠片も微塵も見当たらない。
でも、まぁ・・・・・いいんだけど。
私の前だけだから、うん。



「仕方ないわねぇ、あと30分だけよ?」
「ありがと」
私の足が痛くならないように頭を乗っけているから、余計疲れると思うんだけど・・・・・
とりあえず気がつかないフリをして硬めの黒髪を撫でてあげる。
創ちゃんは襟足の部分を撫でられるのが好きで、目を閉じて気持ちよさそうな顔をする。
こうしていると可愛いのよね。
182もある男に可愛いはないけど・・・・・



「風眞もさぁ、もっと俺に甘えていいんだよぉ?」
「甘えてるわよ?」
「そうかなぁ・・・・?」
「え?あ・・・・ちょ・・・・・??」
突然起き上がった創ちゃんは、私の頭を自分の膝の上に乗せて撫で始めた。
意味が・・・・・分からない・・・・・
「俺と同じ髪の色なのに全然触り心地が違うなぁ。サラサラだ・・・・・」
「それはどうも」
「俺さ、風眞が好きだよ」
「知ってるわ」
「風眞は?」


何なんですか、一体・・・・・


「答えるの?」
「答えてよ」
「好きだから、この状況で大人しくしてるんでしょ?」
「だよね」
額に軽く口付けると、創ちゃんもソファの上に寝転がった。



「小さい頃の風眞は、自分に出来ることはあまりないって言ってたよね」
「えぇ、だって本当に何も出来ない子だったもの」
創ちゃんに頼りきりで、生きていくことだけで精一杯だった頃。
それでも、私は創ちゃんのために何かをしたかった。
今となって思えば無茶な話だわ。
「俺にとってはね、そんなことなかったんだよ。風眞が居なかったら医者になろうとも思わなかったし、もっとずっと早くに人生を諦めてたと思う」
「そうなの?」
「そうだよ。あっちの世界での繋がりもあるかもしれないけどさ、それはそれ。今の俺になるための道を導いてくれたのは風眞だ。検査の度に苦しくて気持ち悪くて、それでも耐えられたのは風眞が家で待ってるって思ってたから。守ってあげなくちゃならないって思い込んでたけど、実際には風眞に守られてた。守りたい気持ちがあったから俺は俺を諦めないでいられたんだもの」



創ちゃんが苦しんでいた理由を知ったのは、あの時の一か月後。
意外な人の口から聞いて、「検査」の映像を見て、私はショックで酷い発作を起こした。
創ちゃんが「検査」という名の人体試験をされていたのは、私のせいだった。
私が西神の家に連れ戻されそうになった時、未だ5歳だった創ちゃんは自分を犠牲に差し出した。
そして、10年間・・・・・15歳まで年2回の「検査」を契約させられた。
ホクトの能力者は希少だからといって沢山無理をさせられたらしい。
私のせいで酷い目に合っていたのに、私には知られたくないって我慢してくれていた。
私のせいで酷い目に合っていたのに、私の事を好きでいてくれた。



「創ちゃんって・・・・・・」
「うん?」
「ドMな上におバカさんよねぇ」
「Mなのは第3者が居る時の風眞限定です」
「計算してるんだ?」
「頭いいですから」
「あら、おバカさんは否定?」
「バカじゃないと必死になれないでしょ。俺は天才とバカを切り替えられる人なのです」
ニッコリと余裕の微笑み。
悔しいくらいにカッコイイ人。



「創ちゃん」
「はいはい?」
「私が貴方に出来ることは、何?」
「俺をぎゅーっと抱きしめられますよ」
― それじゃあ、ぎゅーっと抱きしめてあげましょう。
「うん、他には?」
「俺の頭の中を風眞でいっぱいにできますよ」
― それじゃあ、優しくキスをしてあげましょう。
「うん・・・・・他には?」
「一緒の夢を見せてくれますよ」
― それじゃあ、一緒に眠りましょう。



私が貴方にできることは、何?


私はずっと、貴方に問い続けるでしょう。









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