約束 1つ



この手で出来ることはあまりに少なすぎた。



痩せた小さな身体をまるめて苦しそうに呼吸する側で、俺が出来た事はただ手を握ってあげる事だけだった。
普通の人よりも少し頭の成長が早いからって、何でも出来るわけじゃない。
何が起きているのかどうすればいいのか頭の中では分かっているのに、身体がついていかないっていうのは酷く辛かった。


早く大きくなりたかった。


手を握るだけじゃなくて、呼吸を楽にしてあげたい。
少しでも長い間苦しまないで済むように、不自由な身体を治してあげたい。
小さい頃から、そんな事ばかり考えていた。


「なるべく早く帰ってくるから」
「うん・・・・・行ってらっしゃい」


これからのために必要なことだから、暫くの別れは仕方がない。
今は寂しくてもこれはお互いのためだから・・・・・







「何だ、少年、ここにいたのかぁ」
「あ、はい、何ですか?」
10歳になった時、俺は大学の医学部に入学した。
机上の勉強は早々に取得単位を満たせたけれど、実技は経験を積むしかない。
空いた時間は実技演習と現場実習・・・・・そんな毎日が2年半。
家にも帰らないで頑張ったかいがあって、半年後には医師の試験の受験資格を得られる事になった。


「少年は急いでるなぁ?」
「はい・・・・?」
ぼんやりとした口調の助手が尋ねてくる。
「いやぁ〜、俺はノンビリ過ぎる程ノンビリだからさぁ。少年の歳の頃なんて、明日の事も大して考えてなかったんだよねぇ。だからさぁ、なーんか急いでるように見えるんだよねぇ」
急ぐ・・・・・か。
「・・・・・・・もっと、急ぎたいくらいですよ」
「???」
「それより、俺を探していたんじゃないんですか?」
「あぁ〜、そうそう。寮にお客さんが来てたんだよぉ。かわいいお客さん」
かわいいお客・・・?
・・・・・・・・・まさか。





「風眞!?」
「創ちゃん・・・・・・」
寮の面会室で読書をしていた風眞は、顔を上げると柔らかく微笑んだ。
「1人・・・・じゃないよな?」
「梨紅さんは教授に挨拶に行くって、天さんも当然一緒に。5分くらい前・・・かしら」
「あ・・・・そう」


1日も早く資格を得るため、大学に入ってから家に帰っていない。
最近は電話もしてないし手紙も書いてなかった。
「背のびたね。白衣着てると本当のお医者さんみたい」
確かにこの2年で急成長したんだよな。
身長の面では母さんに似ないでよかったと思う・・・・
まぁ、俺の事は置いておいて。


「こんな遠くまで来るの初めてだろ?身体、何ともない?」
「ええ、梨紅さんと一緒だったから。心配しなくても平気よ」
「ん・・・・・・まぁ・・・・そうなんだけど」
隣に座るとふんわりと甘い花の香りがする。
元々整った顔をしてたけど、綺麗になった。
2年で・・・・・変わるもんだなぁ・・・・・
「なぁに?」
「いや・・・・うん・・・・すごく綺麗になってて・・・・・何だか照れる」
「・・・・・・・・」
無言で風眞は真っ赤になって俯いた。


「どしたの?」
赤い頬に触れるとビクッと肩を震わせ、急に泣きそうな顔になった。
「え?え?え?お、俺・・・・何か・・・した・・・?」
「ううん・・・・大丈夫・・・」
急にどうしたんだろう。
大丈夫とか言ってるけど、顔を上げてくれないし・・・
理由が分からないから冷たくて細い手を握って暫く黙っていると、風眞は静かに翠の瞳から涙を流した。
「ごめんなさい・・・・・・・・・・」
「ええと・・・・・俺は今、隣に居て・・・・・いいのかな?」
無言で頷くと、握った手の力が少しだけ強くなった。
うーん・・・・どうしたものか・・・・





◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆





そのままの状態で10分くらい黙っていると、風眞は静かに話し始めた。
「創ちゃんは頑張ってるのに、私ってダメね」
「何でそんな事言うんだよ。ダメなんかじゃない、風眞の方がうんと頑張ってるよ。生きる事を頑張ってる、それってすごく大切な事なんだよ?」
本当にどうしたんだ??
「創ちゃんは、私のためにお医者さんになってくれるんでしょ?」
「そうだよ」
資格取らなきゃ正規に治療出来ないし。
技術面を学ぶにも必要だし。


「それなのに・・・・会いたくて・・・・・梨紅さんに無理を言って来てしまったの。帰って来られないのは勉強してるからなのに・・・・・私のためなのに・・・・・」
「・・・・・・・ありがと。来てくれて、嬉しかったよ」
「創ちゃん・・・・・」
ようやく顔を上げてくれた。
少し涙で潤んだ目で上目づかいに見られると、おっそろしく可愛いのですが・・・・・
一応、空気読んで言いませんがね、ええ。
「ごめん、急がなきゃって気持ちが先行して・・・・・風眞に寂しい思いをさせてるのに気がつかなくて・・・・・」
「ちがうの、創ちゃんは・・・・・・」




「久しぶりに会ったのに、もっと楽しい話をした方がいいんじゃないですか?」
「か、母さん!!」
「風眞ちゃん、ここに来て創司に言いたかった事はちゃんと言えましたか?私たちよりも先に言いたいでしょう?」
「あ・・・・・まだ・・・・です」
「?????」
言いたいこと?
ま、まさか愛の告白ですか?!
いやいや、それはちゃんと医者になってから俺の方から・・・・・・・
・・・・・・って、母さんよりも先にって言ってんだからそりゃないか。
ん・・・・・じゃあ、何だ??



「おたんじょうび、おめでとう」



「おたんじょうび?・・・・・・・・あ、あぁっっ!!!」
プレゼントらしき袋を手渡され、頭の中のモヤモヤがはっきりしてくる。
もう5月か!!
全然すーっかり忘れてた。
・・・・・って、あれ?
俺ってば、忘れちゃいけない事を忘れてるような・・・・・・
「まーさか、惚れたオンナの誕生日忘れてんじゃねーだろうな?」
「風眞ちゃん、誕生日のプレゼントはいらないから此処に来たいって言ってたんですよ」



がーん!!!



「その様子じゃ、忘れてやがったな。なっさけねー」
父さんに頭をウリウリといじられても抵抗する気になれません。
はい、そうですよ。
忘れてましたよ。
「気にしないでいいのよ?創ちゃん、自分の誕生日も忘れてたみたいだし・・・・」
懸命にフォローしてくれようとしてくれてる風眞。
あぁ、もう、本っ当にスミマセン・・・・・



「ありがとう、それと、誕生日おめでとう」
「うん・・・・・」
そう、俺と風眞は同じ誕生日だ。
だから、俺が誕生日って事は風眞も誕生日って事。
自分の誕生日を忘れても忘れんなよ、俺〜!!
「それで、その・・・・・プレゼント、用意してなくて・・・・・」
「梨紅さんが言ってたでしょう?創ちゃんに会うだけでいいの。プレゼントなんていらないわ」



な、何て健気で可愛いんだ、コンチクショー!!



「じゃ、じゃあさ。約束するよ。これから毎年、誕生日は俺の方から直接おめでとうって言いに行くから。父さんと母さんが証人って事で、いい?」
「いいですよ」
「毎年って事は・・・・・まぁ、そういう事か。ふーん、言うねー」
にやにや笑う父さんが非常にウザいわけですが。
まぁ、それは置いておいて。
「な、風眞。約束」
「うん・・・・・約束、ありがとう」





◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆◇◇◇◇◆◆◆◆





ホテルに着くと長旅で疲れていた風眞は眠ってしまった。
久しぶりの親子の会話か・・・・・。
「風眞ちゃんが家に来て10年になりますけど、何かをお願いされたのは初めてです」
おっとりとした口調で母さんが話す。
「親としては、もっと我儘を言って欲しいんですけどね。風眞ちゃんも貴方も」
「俺は別に・・・・・」
「ちょーっと頭がいいからって何でも自分でどうにかしようとか思ってんじゃねーよ、バーカ」
・・・・・・・・・ガキっぽい。
人をイライラさせる天才じゃないだろうか、この人は。


「大事な人のために頑張るのはステキな事です。でもね、貴方は未だ自分で考えてるよりも小さな手をしているの」
ぶ厚いメガネを外して母さんが優しく微笑む。
「だからね、その掌からこぼれ落ちるものを拾う手伝いはさせてくれませんか?お母さんは不器用だから、拾い損なってしまうかもしれないけれど、そうしたらお父さんが拾いますから。ね、天?」
「勿論だよ、リク!!」
お願いです、父さん。
真面目な話してる時は黙っててクダサイ・・・・


「まぁ、そういう事です。ふふふ、親らしい事を話すと照れちゃいますね」
「あ・・・・ありがとう」
「どういたしまして。天も何か可愛い息子に話しておく事、あるんじゃないですか?」
ないでしょうよ。
父さんが父さんらしい事言うわけ・・・・・
「んーーーー、惚れた女にした約束はちゃんと守れよ」
「は・・・・・い」
うっそん!
父親らしい事じゃないけど、何かアドバイス的な事をしましたよ!!
天変地異の前触れか?!


ボー然とする俺の頭をぐりぐりっと撫でると父さんは太陽の光のように笑った。
そして。
「んじゃ!」
ぺいっと俺をホテルの部屋から追い出してくださった・・・・・
「はぁ?!」
「これからは夫婦の時間を楽しむのでお子ちゃまは帰って勉強してろっつーの!」
「すみません、自分勝手にも程があるんですが」
「ねぇ、リクぅー。久しぶりの外泊なんだからもっとイチャイチャしよぉー」
聞いちゃいねぇ・・・
まぁ、あの人はああいう人だから仕方ないっちゃ仕方ないか。




「泣かせちゃったなぁ・・・・」
大学への帰り道。
今日の事を思い出して呟いた。


風眞は我慢強い。
昔っから痛くても苦しくても口に出さないで、それがおさまるまでただじっとしている。
泣いた所もほとんど見たことがない。
だから、今日、急に泣かれて本当にどうしたらいいのか分からなくなってしまったんだ。


「約束、守らないとな」
これは子供同士の小さな約束なんだけど。
1年に1回、俺達を繋ぐ約束だから。







「あら、早いお帰りね」
「えー、そんな言い方されたら泣いちゃうわ」
「はいはい、お帰りなさい。ジャスミンティーでいい?」
「風眞さんが淹れてくれるものなら何でも大歓迎デッス!」
「・・・・・・・」
軽い溜息をついてポットに茶葉を入れ、お湯をさす。
ふわぁっと部屋にお茶の香りが広がって心地いい。



「おたんじょうび、おめでとう」
「おめでとう。今年も一緒におめでとうって言えて、ありがとう」



「律儀よねぇ、本当に自分の方から言いに来るんだもの」
「男は惚れた女にした約束は守るものなのですよ」
「さらっとそういう事を言うんじゃないの!!」
「いひゃい、いひゃい!!」
両方の頬をぎゅうぎゅうと引っ張ると、風眞は楽しそうに笑った。
Sですか?!
Sですね??


「ご、ごめんなさい。何だかすごく面白い顔だったの・・・・」
「風眞が好きならこの顔のままでいましょうか?」
「結構です」
きっぱりと断られました。
普段の顔のままでいいって事なんでしょうかね??



「・・・・ねぇ、『彼女』を置いてきて大丈夫だったの?」
「征さんには5月上旬は日本に居られないっていうのは連絡しておいたから、手は打ってあるよ。それに、信用できる人にお願いしてきたから」
「そう・・・・・。それで、どんな子なの?」
「え、やっだ気になっちゃう?浮気なんてしてないですよぉ」
「・・・・・・・もう1度聞くわね。どんな子なの?」
イラッとした様子で同じ質問を繰り返す風眞。
静かな殺気が・・・・・オソロシイ。
「え、えーと。ちっちゃくて可愛くてお菓子に例えると「いちごみるく」みたいな子。風眞の好みのタイプだと思われます」
「いちごみるく・・・・・うふふっ、期待しちゃおっと」
ステキな想像をしたらしく、さっきまでの殺気がキレイサッパリ消えてなくなりました。
よかったよかった!!



「えーっと。検査結果も特に問題ないし、今月中には女子高生デビューですな」
「何かオヤジくさい言い方ね・・・。夢みたい、普通に学校に通えるなんて」
「少しずつ頑張ってきたおかげだよ。これからも別の意味で頑張らないといけないかもしれないけど・・・・」
「私なら大丈夫よ。西神の事も・・・・・何とかするわ」
ゆらりと翠の瞳が揺れる。
もう少し頼ってくれてもいいのになぁ・・・
「あのさ・・・・・」
「大丈夫・・・・・・何かあっても創ちゃんが助けてくれるもの。私達、毎年おめでとうって言うだけの仲じゃないものね?」
「も、もちろんでございますよ!!」



約束を1つ。


2人を繋ぐ約束を。









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