とりっく・おあ・とりーと! ★前編★





月の綺麗な夜だった。
彼だか彼女だか分からない……とりあえず呼び方を決めるとすれば「それ」は宙に浮かび、少し調子外れな歌を歌い始めた。
「トリック・オア・トリート♪」


トリック・オア・トリート

トリック・オア・トリート


マァルイ月ガノボッタラ

魔法ノ呪文ヲトナエテゴラン


トリック・オア・トリート

トリック・オア・トリート









10の月、緑の月の8日 朝
魔道院 ファルシエール&メールディア執務室

「これで何件目?」
「12件目。多くも少なくもないわね」
手に持っていた書類を机に置くと、ファルシエールは頬をついてゲンナリとした顔になった。
「こんなにショボい事件、僕達の所まで上がってくるのがマジアリエナイんだけど」
「ショボいけど原因が分からないから上がってきてるんでしょ」
何枚かの書類に目を通しながら、メールディアは形のいい眉を顰めた。



朝になったら右足の靴だけが全て外に出ていた。

朝になったら砂糖と塩の瓶の中身が入れ替わっていた。

朝になったら生タマゴが茹でタマゴになっていた。

朝になったら……




どれもこれも朝になったら発見される小さな事件。
全てが子供の居る家庭で起きている事から、当初は子供のイタズラと思われた。
だが、子供たちは「やっていない」と言い疑われた事で泣きだす子も出る始末。



「人に被害は出ていないからいいけれど、子供が居る家ばかり……って事は、私達も危ないのかしらねぇ」
メールディアにはアースという息子が、ファルシエールにはルナソルという娘がそれぞれいる。
どちらもかわゆい盛りの5歳児。
「気を付けるにしても原因が分からないから防ぎようもないけれど……シイラとルナソルに何かしようっていうんならムニャムニャモニャモニャ……」
妻と娘に過剰というか異常な愛情を注いでいるファルシエールは、ブツブツと恐ろしげな事を呟いた。
非常に美しい見た目の彼の頭の中は、かなりゲンナリするほどドロドロだったりする。



「はいはい、まぁ……私にイタズラを仕掛けるアホが居るならちょっと見てみたい気もするけど」
「見るだけじゃ済まないのに」
「お互い様でしょ?それじゃあ、少し真面目に調査をしましょうか」
パパパっと空に印を描き、現れた光る無数の球体にメールディアは小さな声で話しかけた。



「何を頼んだの?」
「事件が起きた家の子供たちの身辺調査よ。疑っているわけじゃないけど、事件に全く関与してないとは思えないから」
「それはそうだろうね。じゃあ、僕は何をしようかなぁ」
「………」
何もする気なんてないくせに、と思いながら積み上げられた書類を整理し始めるメールディア。
今日も彼女の1日は忙しくなりそうだ。









「どんぐりころころどんぐりしゃーん、おいけにはまってしゃーたいへん♪」
ご機嫌に歌いながらポカポカお天気の中を歩く銀髪の幼い女の子。
幸いな事に人通りの少ない道で聴衆が居ないからいいものの、類稀な呪歌の才能を持った彼女のご機嫌状態の歌声は、歌詞がちょっぴり間違っている童謡だろうと人々の心に感動を与え、拍手喝采スタンディングオベーションで涙ながらにブラボーブラボーと叫び出してしまう程の影響力を持っている。



「どじょーがでてきてこんにちはー!!」
そんな彼女を木陰からコッソリと観察していた「それ」は、常にニヤけているような顔を更にニンマリとさせて呟いた。
「次ハ、アノ子ダ」



「ぼっちゃんいっしょにあしょびましょー♪」
「オ嬢チャン」
フヨフヨと出てきた「それ」は、赤ずきんちゃんに登場する狼さんの如く女の子に優しく声をかけた。



「どんぐりころころどんぐりしゃーん♪」
「オジョ……」
どんぐりしゃんエンドレス。
「それ」の声なんぞ気にせず歌いながらズンズンと歩き続ける女の子。
イッツ・ゴー・マイ・ウェイ!
「………………」
ポツーンと道の真ん中に取り残された「それ」は愕然とした。
「それ」が自分で言うのも何だが、超目立つ姿をしているちょっと変な人?をチラリと見もせずに華麗にスルーしていく子なんて初めてだったからだ。



「……次の子、待トウ……」
ションボリと肩を落として「それ」はトボトボと木陰に戻って行った。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「こんにちはー!!」
女の子が入って行ったのは研究院の一室。
「はい、いらっしゃい」
中から出てきた濃灰色の髪の女性は、笑顔で女の子を歓迎した。



「アース、こんにちはー」
「あぁ……こんにちは、ルー」
パタンと分厚い本を閉じると、アースと呼ばれた男の子はルー……ルナソルの方へ身体を向けた。
「きょうはどんなほんよんでるの?」
「世界の風習……」
……と答えて、アースは即座に次に来るであろう質問の答えを考えた。



「ふーしゅーってなぁに?」
「その世界に伝わっている生活の習慣とか行事とか……」
……という答えで分かってくれれば苦労はしない。
案の定ルナソルの顔は分かっているんだか分かっていないんだかポヤーンとしている。



「そうだなぁ、12の月に街や家を綺麗に飾って、皆でパーティをしたりするのも風習の1つだよ」
白衣を着た長身の男性は湯呑みが乗ったトレーをテーブルに置くと、子供たちに目線を合わせるように屈んでニッコリと笑った。
その笑顔は清涼飲料水のCMでも通用するくらい爽やかテイスティで、一般的な趣味嗜好を持った女性のハートをむんずと鷲づかみにする勢いだったりする。
「お父さん……」
爽やか好青年はアースの父親、サイ。
研究院であれやこれや何やかんやしてる実はスゴイ人。



「ノースガルドでは、9と10の月の黄の月の夜にお団子を食べるというのが風習なのですよ」
先ほどルナソルを迎えた女性は紙に包んであったお菓子を丁寧に皿に並べ、お茶を湯呑みに注いだ。
女性の名前はホリー。
研究院の植物・薬学部門の主任という役職持ちでありながら、長年サイの助手を務めている優秀な才女。
清楚で可憐な研究院のマドンナ的存在である。



「しょなのですかー。ふーしゅーはおいしいのですねー?」
例えが悪かったのか、理解がオモシロなのか。
ルナソルの中で風習なるものは美味しいものにほぼ確定されつつあった。
「いや、食べ物関連に限ってないから」
「しょなのー?」
かくんと首を傾げるルナソル。
「うん、まぁ……段々分かるから。ルーは急いで分かろうとしないでいいよ……」
アースの対ルナソル教育は小さな事からコツコツと、がモットー。



「偶然なのですが、今日のおやつはお団子です。お夕飯に響くといけませんから、食べ過ぎないように注意して下さいね?」
あんことゴマとみたらしの3種類のお団子。
まぁるくてぷくぷくしたお団子。
ルナソルの目はキラッキラに輝きお団子に釘付けになった。
「あい!!ちゅういしますっ!!」
「……気をつけて見てます」
食べ始めたらその事に夢中になってしまうスーパー食いしん坊が注意なんてするはずがなく。
注意をするのはアースの役割だというのは言わずもがなである。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





「それで、何か面白い風習ってあった?」
「面白いというか、意味が分からないものがありました」
湯呑みを置いて一息つくと、アースは少し眉を寄せた。
「どういうの?」
「子供たちが仮装をして『お菓子をくれなきゃイタズラするぞ』と言いながら家を訪ね歩き、お菓子を貰うという行事です」
「それは…………何とコメントしてよいものか」
色々な世界があって、沢山の民族がいて、それぞれ特有の風習があるから一概に「おかしい」と否定する事は出来ない。
とはいえ、子供が人を脅してお菓子を貰うというのは道徳的にどうなのか、と真面目なアースやホリーは思ってしまうのだった。



「うーん……イタズラの種類にもよるかな。悪意のないものだったら可愛いけど」
「あくいのないのはかわいいのですか?」
それまで夢中になってお団子を食べ続けていたルナソルは、何を思ったか突然、話の輪に入ってきた。
口の周りのあんこやゴマを拭いてあげながら、アースは何となく嫌な予感をヒシヒシっと感じていた。
ルナソルが興味を持って質問してくる事は、ちゃんと理解させてあげないと事件に発展するからだ。



「傷つけようとか困らせてやろうっていうイタズラじゃなくて、相手の興味を引こうとしてするイタズラ……好きな子にちょっかいをかける感じ?って、ルナには未だちょっと難しいかな」
「ほぇぇ……ルーがアースにいたずらしたらかわいいのですか?」
ズコーっと音がする勢いでテーブルに滑り込むアース。
「ち、違うと思う……」
「えー、だって、ルーはアースがすきだもん。ルーがアースにいたずらしたらかわいいよねぇ?」
最早、原型を留めていない理解の仕方である。
しかし、ここで間違いを正さなければアースの身が危ない。
必死さがガンガン伝わってくる息子の助けてオーラに悪い事したなぁと思いながら、サイはルナソルの頭をポンポンと撫でてフォローに努めた。



「イタズラなんかしなくてもアースはいつもルナを気にしているよ。それに、ルナはイタズラなんかしなくても可愛いってアースは知ってるよ。アースとルナは好き同士なんだもの」
ルナソルはアースに構って貰えればそれでよし。
アースが好きでいてくれれば、それに勝るごきげんな事なんてない。
「しょだねー。ルーとアースはすきどうしだもんねーっ!!」
「うんうん、それじゃあ、アースにイタズラなんてしないよな?」
「あい。ルーはアースとなかよしします」
最終的に何の話をしていたのか分からない結末。
とりあえずアースの身の安全が守られただけでもよしとすべきなのか。




◆ ◇ ◆ ◇ ◆ ◇ ◆





その晩。
ブレイズ家 仲良し親子の団らん室

「ねぇ、おかしゃま」
「なぁに?」
「おかしゃまとおとしゃまは、ずぅっとすきどうし?」
「え…………っと、」
娘の問いに答えようとしている妻シイラの横で優雅に微笑むファルシエール。


『そうよ、ずっと好き同士なのよ』
『お父さんとお母さんは、ずぅっと好き同士で仲良しなんだよ』
『あぁん、もう、ファルったら!子供の前で恥ずかしいよぅ……』

いちゃいちゃいちゃいちゃいちゃ………



桃色劇場開幕。
純真無垢にすら見える美しい彼の脳内は、シイラが絡むと常に年齢制限がかかる。



「えっとね、」
『よし、来い!!』
既に特殊効果の薔薇だってバッチリ背後で開花している。
準備万端。
いつでもオッケイ、どんと恋!!



「ずっとは好き同士じゃなかったのよ?」



がーーーーーーーーん!!!!



「しょなのー?」
「お母さんが鈍すぎて……って、あ、あれ???ど、どどどど、どうしたの、ファル?!」
ずぅぅんと鈍い音がするくらい落ち込んで悲しげに項垂れた旦那様を見て、普段はのほーんとしているシイラも流石に慌てた。
因みに彼女は自分の言葉で落ち込んだと分かっていない。
「おとしゃま、どしたの?」
ぽややんなルナソルも父親の様子がおかしいと気付き、ぺたぺたと小さな手でファルシエールの陶器のように白くてすべすべな頬を撫で、心配そうに尋ねた。



「ううん……何でも……ないよ……」
「何でもなくないよ?そんなに元気ないなんておかしいもん」
ウルウルっとした目でファルシエールを見つめるシイラ。
人妻だろうが子供がいようが治療院のトップアイドルは、野獣の前でさえ無防備に愛らしい表情を惜しげもなく披露する。
「おとしゃま、おなかいたいの?ルー、いたいのいたいのとんでけするー」
とんでけとんでけと言いながらお腹にぎゅうぎゅうと抱きつくルナソル。
本当に痛かったらトンデモな行動である。



「…………あのね……」
「なぁに?どうしたの?」
薄く目を開けて少し苦しそうな声で話すファルシエール。
そんな様子を見たら、シイラもルナソルも大慌て。
ハラハラドキドキで次の言葉を待った。
「シイラとルナソルがギュっとして一緒に寝てくれたら……治る気がする……」



冷静に聞けば「マジアリエネー」だが、素直でピュアピュアな母と娘はすっかり騙された。
「うん、分かったよ。ルナソル、歯は磨いた?」
「みがいた!」
「じゃあ、おトイレ行って、アストライトさんにお休み言いに行こう。ファル、なるべく早く戻ってくるからね?」
「おとしゃま、まっててね!」
「うん……先にベッドに入ってるから……」



パタパタと部屋を出て行った妻と娘を見送ると、ファルシエールは満足そうに微笑んだ。
「愛の力って素晴らしいネ」
ルナソルが何故あんな事を聞いたのか。
シイラは何を言おうとしていたのか。
ファルシエール的にはとりあえずそれは置いておいて、これから先の就寝タイムを満喫する事が確定した。



この日も仲良し親子の1日はそれなりに平和に過ぎて行ったということで。
この先事件が発生するのか不透明なまま、次回へ続くのだった。










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