いれかわリング・ホリー編





「それで?どんなお土産を探しているのですか?」
「んー、中央で流行ってる食べ物とかかなぁ」
「………ミーハーですね」
「だっ、だーって、ノースガルドってド田舎だからそういうのって流通してこないじゃん!」
「ただのブームで流行っただけのものは流通してこないからいいじゃないですか」
「まぁ……そうだけど……」
「お土産って地元に売ってない珍しい物とか買うのが醍醐味なんじゃ……」と思ってみても口には出さないプルート。
彼としてはホリーと余計な口論を望んでいないのだ。



「では、本屋さんに行きましょうか」
「へ?何で??」
食べ物と言っているのに何故「では」で本屋に向かおうとしているのか。
プルートがポカンとした顔をするとホリーは少し顔を赤くして言った。
「流行り物が欲しいんでしょう?私は詳しくないので情報誌を調べようと思ったんです」
「あぁ………そっか」
いくら都会に住んでいてもホリーが流行り物に疎いのは変わっていない。
自分は大して興味がないのに調べようと動いてくれた事をプルートは嬉しく思った。



「な、何ですか笑ったりして失礼ですね!私は………」
「待った待った手を上げないでよ。分かってるって、ありがと!」
どんなに厳しく当たられようと、思いに気付いて貰えなくても、それでもホリーに一途な思いを持ち続けるのはプルートがドMなわけではなく彼女の性格や行動の全てに惚れているからなのだ。
「全く、昔は従順で可愛かったのに」
「可愛くなくてもいいけど、かなり従順だと思うけどなー」
「あ、見た目は今でも可愛いですよ?その点は安心してください」
「いやいや、そこは安心しなくていい所だから」
ちょっといい雰囲気で2人は本屋へと向かった。







「タコが入ってない!新感覚!ドキ★ドキ★ミラクルタコ焼き!!」
「それでも、どうしてタコ焼きなんでしょうねぇ?」
「プルプル冷たい?!新食感!揚げないドーナッツ!!」
「これってリング型のババロアですよねぇ?」
「ひょっとして都会の人って騙され易い?」
「そうなのかもしれませんね。しかし、本当にこんなものが流行っているのでしょうか……」
額を寄せあって雑誌を覗きこむ2人。
表紙には『これ食べ!話題のフード特集!!』と目立つ装飾で書かれている。



「何かお土産って感じじゃないかも」
「そうですね。どちらかというと食べに行くとか個人で楽しむ感じかもしれません。この謎のタコ焼き、食べに行ってみますか?」
「え?!い、今??」
「よかったら、ですが」
「い、いいよ。いいに決まってるじゃん!!」
プルートにとっては願ってもない申し出なのだから断るはずもない。
ただ、2人とも1つ失念していた。
ホリーの見た目が違う事で他人からどう見られているか、という事を。


※ ※ ※ ※ ※



「これは……ウィンナー?」
「僕のはナスだ」
店の外のベンチに並んで腰かけた2人は、舟形の皿に並んだ一口大の球体を交互に味見していた。
「今度はチーズです」
「トマト」
「アサリ?」
「マメ………」
「何だか偏りがありますね」
「僕は動物性たんぱく質に避けられているんだろうか……」
そう言って少しションボリした様子をしたプルートを見ると、ホリーは自分が選んだタコ(なし)焼きを彼の口元に差し出した。



「…………」
「どうぞ。私が選んだ物なら動物性たんぱく質が入っているかもしれません」
「…………」
「何ですかボーっとして。ほら、落ちる前に早く食べて下さい。あーんですよ」
まさかの「あーん」に純情プルートが硬直してしまうのは仕方のないこと。
それでも「今、当に今、口を開けなきゃ一生後悔するってばよ!」という内なる声に従い頑張って口を開けると、そんな彼の気持ちなんぞ欠片も分かっていないホリーは「やれやれ」といった表情でタコ(なし)焼きを口の中に押し込んだ。
すると、



「………ふ………あっふーっっ!!!」
少し時間は経っているとはいえ、タコ焼きの中は冷めにくい。
それを1個丸ごと口の中に入れたものだから熱いのは当然。
折角の「あーん」タコ(なし)焼きを吐き出してなるものかと口を両手で塞ぎ、プルートは涙を浮かべ悶えた。
「すみません。少し冷ました方がよかったようですね」
そう言うとホリーはもう1つタコ(なし)焼きを取り、「ふーふー」と息を吹きかけ再び「あーん」とプルートの口元に差し出した。



「えっ………」
「どうぞ。ふーふーしたから今度は大丈夫ですよ?」
ふーふーしたからこそ対プルート殺傷力は格段にパワーアップしてしまったのだが、当然の事ながらホリーはそれに気がついていない。
「う、うん……あの……」
「どうしました?」
見た目はシイラだがプルートの目にはホリーの顔がダブって見えている。
小動物のようにきょとんとした表情をされたら彼としてはたまったものじゃない。
「じ、じぶ、自分で、たべ、食べられるから、だ、ダイジョブ」
いくら幸せ大爆発な状況であってもそれを受け止められる度胸のないプルート。
何ともヘタレだが、それが彼の命を救った。


※ ※ ※ ※ ※



「な〜ん〜じゃ〜あ〜りゃ〜!!」
「わー!!わわわ!!ダメ、その姿で暴れちゃダメだってば!!」
元の姿じゃ流石に目立つだろうとファルシエールが幻覚魔法で化けたのはルナソル。
故、他人が見ればメールディアが暴れ出しそうな勢いのルナソルを必死に抑え込んでいるようにしか見えない。
「どうしたのかしら?(ヒソヒソ)」
「もしかして、水聖神様の不倫現場にショックを受けているのかしら(ヒソヒソ)」
本人達は気にしていないが、ファルシエール一家は有名な上に見た目が目立つ。
「(うわぁぁ〜ん!!何か変な事になってる〜!!)」
いらぬ誤解で辺りにヒソヒソが広がろうがファルシエールは気にも留めていない。
だから彼が態度を改めようはずもなくシイラだけが頑張るしかないのだった。



「シイラに「あーん」されるとかじょうだんじゃないしたべものがはいるまえにそのくちをぬいつけてやったほうがいいよねきっと★(訳:シイラに「あーん」されるとか冗談じゃないし。食べ物が入る前にその口を縫い付けてやった方がいいよねきっと★)」
暴走が加速するファルシエールを何とかしなければ(多分)巻き込まれたプルートが災難とか不幸という言葉では収まらない程の被害を受けてしまう。
「うーーー」
この状況で何とかできるのは自分しかいない!……多分、と思いシイラは何とか事が起きる前に抑えられる方法を考えていた。
「やる、やる、やる、やる……」
最早残された時間はないようだ。



「うーーーあーーー分かった!分かったから!後でファルにもやってあげるから今は何もしちゃダメ!」
その言葉に反応し、ファルシエールは急に静かになった。
そして、愛らしいルナソルの笑顔でシイラにたずねた。
「………後って今日の夕飯?」
普通ならおやつのケーキを「あーん」程度で済みそうなところを、ファルシエールの要求はぶっ飛んでいた。
「ゆ、夕飯は……ムリかなぁ……ルナソルもアストライトさんも居るし……ね、ねぇ?」
食品目数が一番多い食事を指定され、シイラは「ムリムリ」と一応言ってみた。
一応は。
「ルナソルは気にしないよぉ。父さんは母さんと外食に行かせるから大丈夫」
「う……」
「あ、そうだ!ルナソルとシイラには僕から「あーん」ってしてあげればいいよね、超名案!!」
「う…………はい、そうしてくださいです」
これ以上「名案」が増える前に妥協しておいた方が懸命。
そして、新たな事件を発生させる前にこの場から離れた方がいいと判断した。



「えーあーうーあー……お食事に行く話、アストライトさんとファルミディアさんにしてきたらいいんじゃないかしらねと思うんだけど。アストライトさんならともかくファルミディアさんに用事が入っていたらなかなか変更出来ないだろうしーーーーね、ね?」
アストライトに対して失礼極まりない事を言っているようだが実際問題その通り。
彼は息子同様に物事の優先順位を自分の好きなモノで決める為、予定なんてあってないようなものなのだ。
「そういえばそうだね。それじゃあ早速行こう。その姿のシイラを見たら母さんきっと驚くよ」
「おっけー」
一体全体何をしに此処に来たのやら……などとは考えないようにして、シイラはファルシエールに手を引かれ場を後にした。


※ ※ ※ ※ ※



「うわぁぁ!超寒気きた!!」
「風邪ですか?」
誰も某独占欲男からの殺意の波動による悪寒だとは夢にも思うまい。
「都会の空気は田舎者には合わないのかなー」
「そんな事ありませんよ。お医者さんの貴方に言うのも変ですが風邪はひき始めが肝心です。気を付けて下さいね」
「う、うん」
今日のホリーは(見た目が違うけど)何だかとっても優しい。
今の感じだったら本当に風邪をひいたら看病だってしてくれちゃうかも!と淡い期待を抱き、プルートは夢見心地になっていた。



「どうしました?だらしない顔になってますけど……熱が出てきましたか?」
ひんやりとした手が額に触れるとプルートの顔は一気に真っ赤になった。
「熱はないようですが顔が赤くなってきましたね。どうしたものでしょう」
「…………」
額から手をどけてくれれば直ぐにでも顔の色は元に戻るだろうが、そんな勿体ないことはしたくない。
純情青年が微動だにせず黙っているとホリーは額に触れている手をゆっくり上下に動かし始めた。
その動きはまるで「いたいのいたいの、とんでけー」のようだ。
「………な、何?」
「以前、聞いた事があるんです。シイラさんは呪文の詠唱を必要とせずどのように魔法を発動させているのかを」
「そういえば、慈愛の聖女様は手をかざすだけで怪我を治療出来るんだっけ。あれって、身体の属性の問題じゃないの?」
シイラは水の能力者の最高位に在るが身体の属性は「水」ではない。
魔法の発動に呪文詠唱を必要としない「無」の属性という稀少な能力者なのだ。



「そう言ってしまえばそうなんですけれどね。シイラさんはこう言っていたんです。「その人に早く笑顔が戻りますようにって強く願うことが力になる」って」
「強く願う……か。治療魔法の効果は術者の気質や感情が影響するっていうからなぁ」
治療魔法はランクが高くても上位の治療魔法を使えるとは限らない。
「治療魔法は術者に酷い精神疲労を起こさせるそうです。上位魔法なら余計に。だから、術者が治療を拒んだとしてもそれを責める事は誰も出来ません。それが当たり前です。でも………」
「シイラさんは決して拒まない。あの人ってさ、どっか抜けててボケっとした見た目のくせに骨太な自分のポリシー持ってんだよね。偽善と言われようが何だろうが、自分の持っている力を求めているモノに惜しみなく与える。自分の痛みよりも他人の痛みの方がよっぽどツライんだよ、きっとね……ん?何か変な事言った?」
「いえ、意外に見てるんだと思いまして………あ、一部失礼な所がありましたよ!シイラさんはボケっとした顔なんてしてません!」
どちらかといえばのほほんとした顔……と言おうとしてホリーは口をつぐんだ。
言い方が違うだけで言っている事はあまり違わないからだ。



「い、いやいや。悪気があって言ったわけじゃないよ。何て言えばいいのかな………緊張感がないって言ったらマズイし」
「マズイですね」
「んーーーーどんな状況にあっても周りの人に安心感を与えるオーラが出てる、こう言えばいい?」
「それならば分かります。最初からそう言いなさい」
「はい………」
シイラの姿をしてダメ出しされればヘコみ度も倍増である。



「そういえば顔色が戻りましたね。シイラさんの力が少しでも出たのでしょうか。よかったですね、プルート」
「え?あ、うん??」
何の事だと一瞬ポカンとすると、ホリーは笑って言った。
「早くよくなるようにって撫でていたでしょう?」
「あ、あぁ………そゆこと?ありがとう、ホリー」
ホリーが勝手に勘違いしていただけで体調が悪かったわけではないし体調がよくなったわけでもない。
それでも彼女が自分のために行動してくれた事が嬉しくて、プルートは少し意味が違うが感謝の言葉を口にした。



「どういたしまして。あら、意外に時間が経ってしまいましたね。私、そろそろ戻らないと……」
「そっか、元の身体に戻るんだっけ。………あ、えと、元に戻ったらさ、一緒に夕飯食べない?」
「…………」
「…………」
「…………」
「…………」
沈黙。
そして、
「タコ(なし)焼きを食べながら夕食の話をしますか。どれだけ食いしん坊なんですか、貴方」
撃沈。
心の涙を滝のように流すプルートを気にせずホリーは話を続けた。



「今日は冷蔵庫の整理をしようと思っていたので外食はしません。私の料理でいいなら家に来て下さい。一緒に夕飯を食べましょう」
「へ?いいの?」
何がどうしてこうなったのか。
そっちの方が寧ろ願ったり叶ったりである。
「ええ。それより帰る時間が遅くなってしまっても大丈夫ですか?泊っていっても構いませんけど明日の朝は早く出勤するので一緒に早起きして貰う事になります」
「と、とまっ、ダメ!嫁入り前の女の人が男を泊めたりしちゃダメッ!!」
ホリー的には唯のお泊りであっても純情青年にとっては階段だとか段階だとかを一気にすっ飛ばしてしまった感がなきにしもあらず。



「男って………プルートでしょう?」
ドスッと胸に槍が刺さる衝撃を受けても頑張るプルート、我慢の子。
「ホリーは鈍感過ぎるよ。気付いた時には遅すぎるんだからね?」
「気付くって……貴方の性別が男だという事くらい昔から知っています」
「そういう事じゃない。僕達はもう子供じゃないんだよ」
「それでは、貴方が私に何かするとでも?」
「そんなっ………しないけど、しないけど僕が言いたいのは………」
やや興奮してきたプルートを落ち着いた表情で見つめると、ホリーは小さく溜息をついて言った。



「時間もあまりありませんし、今、此処で話さない方がいいようですね。元に戻ったら改めて話しましょうか。午後6時に私の家まで来て下さい」
「………分かった。ごめん、キツイ話し方したね」
「いいえ。貴方が何かを訴えたいというのは分かりましたから。それが何か分からないのは私のせいなのでしょう、きっと」
「………」
何やら今までとは違う展開になりそうでドキドキとし始めた胸を押さえ、プルートは立ち去ったホリーの後ろ姿を黙って見送った。



「(…………そういえば、お土産はどうするのでしょう?)」
ホリーがプルートの思いを理解し得るかは未だもって謎。




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