いれかわリング・シイラ編 @





「うっ、うきゃぁぁ!!」
『 ゴンッ!! 』
魔道院に到着したシイラは、メールディアの懸念した通り勢い余って顔から床にバターンと滑って転んだ。
「い、痛たたた…………」
おっとりしているシイラは結構うっかりな所がある。
何もない所でつまづいたり転んだりは日常茶飯事であるため本人は至って普通に立ち上がった……が、現在の姿はメールディア。
幸いな事に魔道院の入り口には5,6人ウロウロしているだけだったが、全員が見てはいけない物を見てしまったかのように凍りついていた。
メールディアが突然転移してくるのは珍しい事ではないが、面白おかしい格好ですっ転ぶなんてありえない。
何かとんでもない天変地異が起こるのではないかと思っても仕方がないくらいだ。



「うー……たんこぶ出来ちゃったぁ……。早く冷やさないとなぁ……」
額を押さえて起き上がる途中、1人の凍りついている女性職員と目が合うと、シイラは彼女としてはいつものようにニッコリ笑って彼女に言った。
「お騒がせしてすみません」


転ぶより衝撃的な事件だった。


メールディアだって笑う事はある。
しかしそれは口角を僅かに上げて微笑む程度。
それでも『風聖神様に微笑まれ隊』という私設集団が存在してしまう位の効果を持っている。
今、当に今、彼らの目の前で発生したのは満面の笑み。



「え、えっ、えぇっ!?」
周囲の人々がバタバタと倒れていくのを見て、シイラは自分が何をしてしまったのか何となく分かってきた。
ファルシエールと同様の『老若男女究極メロメロオーラ』という奇天烈な物質を放出したのだと。
「(そ、そっか。メーデとファルは双子だもんね。同じような事が起きてもおかしくないよね。この人達には悪いけど………これから注意しよっと!)」
と、ここまで考えてからシイラは新たな問題に気がついた。



「流石にこのままにしてはおけないよねぇ……」
魔道院の入り口で人がこんなに失神していたら大問題だ。
しかし、シイラだけでは1人2人を動かすのがやっとだろう。
誰かを呼んで手伝って貰えばいいかもしれないが、後々メールディアに迷惑がかかるのも困る。
「どうしよう」と悩む事1分、シイラの頭上にピコーン!と電球が灯った。
「人に頼めないなら……アクエリア!!」


『なぁに?私の可愛い龍主……あらあら、今日は面白い遊びをしているのね?』


コットンキャンディのようにふわふわ柔らかくて甘い声。
シイラが見上げた天井付近から聞こえてきたその声の主は、慈愛の龍、天下無双のモテカワ龍、その名も水龍姫アクエリア。
シイラの事を溺愛するシイラの守護龍だ。



「あ、あのね、えーと……」
身ぶり手ぶりをいれながら今までの事を説明すると、アクエリアは鈴の音のように笑って言った。
『そうなのね。それじゃあ早くファルシエール様の所にお行きなさい。後の事は私達が何とかしておくから』
「私がやっちゃった事だもん。私も……」
『いいのよ、さぁ、早く』
「うん………じゃあ、お願いね。ありがとう!」
天井に向かってお辞儀をすると、シイラは倒れている人々にも「ごめんなさい」とお辞儀をし、ファルシエールの執務室へと急いだ。


その頃、竜界では……







「ちゃーんと魔道院の入り口には惑いの魔法がかかっているからね!ねぇねぇ、偉い?偉い?」
「えぇ、ありがとう、ジェイド」
「うわぁーい!アクエリアに褒められちゃった!!」
新緑の長い髪を頭頂部で1つに括った少年は飛び跳ねて喜ぶと、白に近い水色のふわふわとした髪を腰まで伸ばした少しシイラに似た雰囲気を持つ女性に抱きついた。
「あらあら、ジェイドは甘えん坊さんね?」
「まだ子供だもーん!」
「調子に乗るな」
「アクエリアに触るな、エロガキがぁ!!」
怒りの声と共に2つの大きな殺気を感じると、ジェイドはアクエリアに抱きついたまま殺気に向かって「あっかんべー!」と舌を出した。



「大人げないなぁ、子供に本気にならないでよねー」
「誰が子供だ。いい加減その姿でウロウロするのは止めろ。王として恥を知れ恥を」
「バカには言っても分からんよ、エアリー。こいつには拳で分からせるしかない」
緋色の髪をしたアストライトに似た青年と浅黒い肌をした目つきの鋭い女性は、不快感を隠さずジェイドに詰め寄った。
「待って」
2人がジェイドに触れようとした瞬間、アクエリアは優しい静かな……飢えた肉食獣でも頭を垂らし大人しくなるような声で場の雰囲気を一転させた。



「アクエリアは僕の事が好きなんだもんねー。ヤキモチ焼いてろ、バーカバーカバーカ!!」
「っ、コイツ……」
「2人とも、ちゃんと私のお話を聞いてくれる?」
「もっちろん!!」
「は………何でございましょう、アクエリア様」
水色の大きな瞳をウルウルっとさせ少し首を傾げてお願いをされたらならば、老若男女問わず誰でも何でも言う事聞きます!という状態になってしまう。
恐るべし、アクエリアのお願いパワー。



「今、私の可愛い龍主が困っているのは知っているわよね?」
「うん、だから魔道院の入り口に惑いの魔法をかけて誰も中に入れないようにしてるもん!」
龍達は自分の主の様子を水鏡を通して知る事が出来る。
実はシイラからお願いをされる前にアクエリア達は彼女に何が起きどうしてそうなってしまったのかを知っていた。
ただ、『主からの依頼がない限り他の世界に干渉してはならない』という制約がある為に、龍の方から勝手に手を出すわけにはいかない。
……というのは一応の建前で、シイラがすっ転んだ直後アクエリアはジェイドに魔道院の入り口を封鎖するように頼んでいたのだった。
「そうね」
「ア、アクエリア様。私も何かお手伝いをさせて下さい!!」
アクエリアの恋人であり忠実な僕であるエアリーは「何だか自分の存在が薄れていっている!」という危機感に襲われ必死になっていた。
冷静な目で見て気の毒になる程に。



「ありがとう、エアリー。それじゃぁね、これから私があの方達を起こすから乾かして頂戴ね?」
「乾かす………?」
「ちょっと待て、アクエリア。まさかと思うがその……」
何だかとてつもなく嫌な予感がしてサンクタムが尋ねると、アクエリアはいつものように穏やかに微笑んで答えた。
「えぇ。古来から、気を失っている人を起こすにはお決まりの方法よ?」
「ちょっ……」
サンクタムが制止するよりも早く「えいっ」と可愛らしい掛け声と共にアクエリアは両手をブンッと振り下ろした。
すると、



ザバーーー!!!



気を失っている人々の上から滝のような水が落ちてきた。
「あ、あ、アクエリア……」
大抵の事には動じないサンクタムだったがこれには額を押さえた。
「さぁ、早く。皆さんの意識が朦朧としている間に」
「は、はぁ……」
「ムチャ振りですやん」な状況にエアリーの頭の中は整理が追いつかないでいた。
「仕方ないなぁ、手伝ってあげるよ。これ貸しね」
「あ、あぁ、すまない」
ムチャ振りだろうが何だろうが始末はつけなければならない。
エアリーにとってアクエリアのお願いは絶対命令なのだから。
例え気に食わないエロガキに借りを作る事になっても、そんなのは些末な事。



「上手くタイミング合わせてよ」
「言われるまでもない」
ジェイドが右に、エアリーが左に両腕を振り下ろすと熱風が生じ、人々や床の水気を一瞬のうちに吹き飛ばしていった。
水気だけではなく色んな物も飛んでいったようだが…。
「………オマエらはやる事が大雑把過ぎる」
呆れ顔をしながらも、サンクタムは一部壊れてしまった建物を直したり物品の原状回復をしたりと地味に協力をし何気に一番役に立っていた。
何だかんだ言って彼女もアクエリアには甘いのだ。
「サンクタムもありがとう。さぁ、仕上げね」


※ ※ ※ ※ ※



水鏡の中、目を覚ました人々は怪訝な表情をしていた。
「何か……変な記憶が……」
「あの冷血鉄仮面が転んだり」
「笑ったり」
「謝ったり」
「皆、同じ夢を見てた……っていうか、あれって……」
「ごめんなさいですぅ〜!!」
人々が1つの結論に達しようとした時、甲高い少女の声が響いた。



「輸送中の幻覚魔法石を沢山割ってしまったですぅ。騒ぎになる前に皆さんを眠らせてしまったですぅ。ご迷惑をおかけしてごめんなさいでしたぁ!!」
「幻覚魔法石……?」
「幻覚?あぁ、やっぱりね」
「現実にあるわけがない」
「皆さん納得して頂いたという事で………さよならですぅ!!」
甲高い声の少女は、深く追求される前にとっとと魔道院から姿を消した。



「そういえば今の子って誰だ?」
「さぁ……運び屋の子でしょう?」
「見た事ないけど………新人かな。魔法石を大量に壊してクビだろうな」
なんやかんやと話しながら事故に巻き込まれた人々はそれぞれの日常に戻っていった。


※ ※ ※ ※ ※



「ただいまですぅ」
「ただいま帰りました」
背中に淡い桃色の半透明の羽根がある甲高い声の少女と鋼の翼を持つ落ち着いた声の少年は、ジェイドの前に跪き深く頭を垂れた。
「パールに気を引きつけて貰っている間に、少しだけあの方達の記憶を改ざんさせて頂きました」
「プラチナの魔法はいい仕事してるから副作用ないですぅ。完璧ですぅ」
「あっちの世界まで行ってくれてありがとう、パール、プラチナ。後で沢山クッキーを焼いてあげるわね」
アクエリアの言葉に2人は顔を上げて笑った。
アクエリアの特製クッキーは彼らの大好物なのだ。



「やったぁ!よかったねぇ、プラチナ」
「どうもありがとうございます、水龍姫さま。それでは、私達は持ち場に戻らせて頂きます」
「お疲れ〜」
一礼をして立ち去ろうとした2人は、ヒラヒラと手を振るジェイドに対し敬意を込めたポーズをとりながらも冷ややかな声で言った。
「風龍王さまもここのお仕事終わったらちゃんと来て下さいですぅ」
「お待ちしても来て頂けない場合、何処までも迎えに参りますので」
「あんまり酷いとメールディアさまに言いつけちゃうですよぉ」
「失礼いたします」
風龍王の4つの翼のうちの2つ、パールとプラチナ。
王の補佐が本来の仕事だが、すぐに仕事から逃亡する王を捕獲するのが主な仕事。



「さ、問題は解決したわね。私の可愛い龍主は今どうしているかしら?また困っていたりしないかしら?」
水鏡の中の場面を切り替えて様子を笑顔で見守るアクエリア。
彼女の中に「うふふっ、また何か事件を起こしちゃったりしないかしら??」と楽しんでる様子を読みとり、サンクタムは深い深いため息をついた。


その頃、シイラは……







「うーん……」
ファルシエールとメールディアの執務室の扉の前で立ち止まっていた。
「(今日はメーデはお休みの日なんだもんね。怪しまれるだろうから来た理由を考えなきゃ)」
扉の前まで来て今さらな感じもするが、何も考えずに扉をバーン!と開けなかったくらいは成長している。
「(忘れ物を取りに来た?いや、メーデは忘れ物なんてしないだろうし……)」
「シイラ?!」
悶々と考えているうちに、内側から興奮気味のファルシエールが扉をバーン!と開き周囲の様子を窺った。



「(ひぇぇぇぇぇ!!!)」
「シイラ!!…………何だ姉さんか」
キョロキョロと辺りを見渡し、シイラの姿がないと分かるとメールディア(の姿をしたシイラ)に目をやりファルシエールはガックリと肩を落とした。
「こ、コンニチハ〜」
「休みの日なのにわざわざ何?仕事してる僕をからかいに来たの?」
メールディアのぎこちない言葉や表情をファルシエールは気にしていない。
シイラとルナソル以外の人に大して興味を持たないのだから彼にとっては普通の対応だ。



「いや……からかうってわけじゃ……」
「だったら何でシイラの気配をだだ漏れさせてんのさ。僕が騙されるなんて相当巧妙だな……」
ファルシエールの対シイラセンサーは麻薬探知犬以上である。
「あ、あぁ、そう?えと、新しい魔法?みたいな?新しい魔法見せに来ちゃった?みたいな?」
「ふぅん」
「あれ?今、すごく尤もらしい事を言ったかも!」と思いホッとすると、ファルシエールは訝しむような目でメールディアを見つめた。
「な、何デショウカシラ……」
「本当に、姉さん?」
「そ、そうですともそうですとも!!」
明らかに怪しい態度を取っていたが、それでもファルシエールは本当に気にしていなかった。



「………まぁいいや。折角来たんだから仕事手伝ってよ………あー、やっぱ手伝わなくてもいいや、借りを作るの嫌だし。その魔法を解かないで傍に座っててくれる?姿を見なけりゃシイラが居るって勘違い出来るし。いいよね?」
「え?あ、うん。いいわよ」
迷走した割にはアッサリとシイラは目的を果たせそうだった。
このまま何事も起きなければ、の話だが。




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